第11話 ストライダー家当主

 ストライダー伯爵家当主、ファーベル・ストライダー。

 彼の特徴を一言で言い表すなら、"苦労人"という言葉が相応しいだろう。


 腐っても伯爵の肩書きを持つ当主として、それなりの贅沢をして見栄を張らなければ、周囲の貴族から容赦ない侮蔑と搾取に晒されてしまう。


 かといって、そういった見栄は貧乏領地で苦しい毎日を過ごす領民達の目からどう映るかといえば、それはもう当然の如く"民を放置して自分だけ無駄金を使うクソ領主"である。


 そんな評価が一度付けば、何か新しい事業を始めようにも良い悪いを問わず領民達の反発が生まれ、非協力的な態度を取られ、加速度的に状況が悪化していくという悪循環。


 領地も狭く、ただ歴史が古いというだけで与えられた"伯爵"の地位など返上して、男爵あたりにして欲しい。

 そんな切実な願いを抱きながらも、一度与えられた爵位を返すなどという前例のない不名誉が認められるわけもなく……あまりのストレスに、まだ三十代という若さでありながら、早くもちらほらと白髪が生え始めていた。


 このままではまずいと危機感を抱きながらも、具体的に何をすることも出来ない状況に頭を悩ませ続けていたファーベル。


 そこに誕生した救世主こそ、王国始まって以来の大天才にして美の女神、愛する娘ウェルミである。


 ただでさえ可愛い娘が、何を教えることもなく自力で魔道具について学び、今までにない革新的な魔道具を次々と生み出し、窮地にあった伯爵家の……そして領地全体の財政と暮らしを立て直してみせたのだ、たとえどれだけ子供嫌いのクズ男だろうと、親バカにならざるを得ないだろう。


 ファーベルは元より子煩悩な男だったので、その情緒は余計にぐっちゃぐちゃである。


「ああ、今日も可愛いよウェルミ……我が愛しの娘よ……!」


「もうお父様~、そんなにぎゅってされたら苦しいよ~」


 今日も今日とて、溢れんばかりの愛情をスキンシップという形で表現し、ウェルミに少しばかりウザがられていた。


 前世の家族との別れを経験した記憶があるため、ウェルミとしても父の愛情を感じられることは子の上なく嬉しい。

 が、流石にそろそろ寝ようかという時間帯に、こうも長々と構い倒されるのは少し辛かった。当たり前である。


「ああごめんよ、天使を前にしたら逃がさないようにしっかり抱き締めろと、父に教わっていたものでね」


「もー……おやすみ、お父様」


「ああ、おやすみ、ウェルミ」


 文句を言いながらも、ウェルミは父の頬にキスを残し、部屋を後にする。

 娘の愛情を感じ、それはもう情けないほどにデレッデレになったファーベル。


 ウェルミがいなくなった後も、しばらくは娘のことを想って陶酔した表情を浮かべ続け……ふと。


 その表情を引き締めて、背筋を伸ばした。


「誰だ。そこにいるのは分かっている」


 部屋の片隅をじっと見つめ、確信を持って告げる。

 その瞬間、目を向けたその場所が黒い魔力で塗り潰され──そこから放り出されるように、一人の男が倒れ込んだ。


 一体何事かと警戒する間に魔力が消え、その場に男だけが残される。


 纏っているのは、騎士の鎧。

 ただし、どこの所属か分からないように、本来なら自身の身元を明らかにするために彫り込んであるはずの家紋がない。


 手足を縛られ、猿轡を噛まされ……胸のあたりには、『私達がストライダー家の輸送馬車を襲撃しました』と書かれた紙が貼り付けられている。


 ……字が汚いため、距離を置きながらでは読むのに苦労したが。


「何者だ、お前は」


 近付くことなく、ファーベルは風の魔法で猿轡を解き、男に問い掛ける。


 ようやく自由に口を動かせるようになった男は、必死の形相で訴えた。


「た、頼む、殺さないでくれ! 知ってることはなんでも話すから!」


「いいから、まずは私の質問に答えろ」


「わ、分かった……!」


 そこから、男はベラベラと包み隠さず話せるだけの情報を話し始めた。


 自分の名前、年齢、所属から始まり、ルーデンドルフ子爵の命令で動いていたこと、その狙いが水路工事のために開発した新しい大型魔道具の奪取にあったということも。


「だけど、まさかあんな恐ろしい化け物が護衛についてるなんて思わなかった……!! 十人以上で囲んで不意打ちすれば余裕だって言われてたのに、たった一人で全滅させられるなんて……!!」


「待て、そいつはどういう奴だ? 本当にストライダー家の騎士だったのか?」


「い、いや、騎士の格好はしてなかった。真っ黒なローブと変なマスクで顔を隠した、小さなガキみたいな奴で、黒い糸みたいな魔法を操ってた。……あ、あんたらが雇った傭兵かなんかじゃないのか? 俺をここまで連行してきたのも、ストライダー家の当主に包み隠さず全部話せって言ったのも、そいつなんだが……」


「……ふむ」


 嘘を吐いている様子はない。

 嘘の情報でストライダー家を騙し、その注意をルーデンドルフ家に向けさせる何らかの作戦……という可能性もあるが、それならば“十人以上を相手に無双する子供”などという荒唐無稽な話はしないだろう。


 ルーデンドルフ家からの襲撃は、事実あったと考えるべきだ。

 その上で、わざわざ情報源を一人残してストライダー家に運び込んだ“謎の子供”が何を企んでいるのか、背後にどのような思惑があるのか……それが問題だろう。


「……君の処遇は、こちらで情報の精査が終了次第、追って伝える。それまでは、地下牢に入って貰うが……王国法に基づき、捕虜として適切な境遇は約束する」


「あ、ありがとう、感謝するよ……!」


 一旦、とはいえ処刑を免れたことで、ホッと息を吐く騎士の男。


 そんな彼を横目に、ファーベルは内心で密かに頭を抱えていた。


(やれやれ、次から次へと問題が……我々はただ、貧乏に喘ぐ領民を救いたいだけだというのに。金持ち貴族どもは少しくらい傍観しておいてくれ)


 ファーベルの中で、クロの行いはどこかしらの貴族家の策謀だろうということでほぼ確定していた。


 この辺りはクロの立ち回りが悪いのだが……“一度目”に関する事情を話せないことから、正体を明かすわけにもいかないこと、元より貴族社会に疎い奴隷だったことから、自分がどういう風に見られるかまでは頭が回らなかったことが原因だった。


 故に、ファーベルは存在しない“敵”に対処しようとして、その胃痛が加速していく。


(ああ……早く爵位を返上して隠居したい)


 今日も今日とて、そう嘆かざるを得ないファーベルだった。

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