第9話 ルーデンドルフ家の策謀

「……何? 失敗しただと?」


「はい。多少ストライダー家の計画を遅延させることは出来たかもしれませんが……こちらが払ったコストとリスクに見合うかと言われれば……」


 執事からの報告に、ルーデンドルフ家当主……ゲレロ・ルーデンドルフは顔を顰める。

 ストライダー伯爵家の北側に領地を構える彼らは、山脈から流れ出る豊富な水源で大規模な農業を営んでおり、裕福とは言わないまでもそこそこに栄えていた。


 そんな彼らにとって、湖の水源はそれほど重要なものではない。

 にも拘わらず、なぜストライダー家の領有を頑なに認めなかったかといえば……たとえ無用の長物であろうと、自分達の権利を簡単に手放すわけにはいかなかったから。


 そしてもう一つ、水源を手に入れたストライダー家に農業を始められると、自分達の産業の価値が下がるというのがある。


 自領であまり食料を生産出来ないストライダー家は、ルーデンドルフ領で生産した食料を高値で売りつけるのに最適な相手。それを失いたくないのである。


 そんな考えを曲げてまで水源を差し出した理由こそ、ここ数年の間にストライダー家が開発した、革新的な魔道具の数々だ。


 子爵としては、付け焼き刃の魔道具技術など欲しくはなかったが……子爵を通して、ストライダー家の技術を買いたいと申し出た相手がいる。


 断るに断れない相手だったため、せめてもの嫌がらせとして魔物を放ったのだが……それをいとも容易く突破されると、どうしても苛立ちが募った。


「加えて……ストライダー家から提供された技術が核心部分に触れていないと、"例の方"から苦情も届いております」


「ちっ、古狸が……そんなに欲しければ自分で取引すればいいだろうに」


「あくまでストライダー家とは無関係な技術だと言い張るために、間に一枚噛ませたいのでしょうな」


「そんなことは分かっている、だから気に入らん」


 要するに、自分達の新開発した魔道具に関してストライダー家から文句を言われたら、ルーデンドルフ家から譲られた技術だと言い張って誤魔化すつもりなのだ。


 確実に自分達が批難されると分かっている状況で、平静を保てというのも難しい。


「……いっそ、我がルーデンドルフ家で堂々と魔道具技術を使うか? 我が領にも職人はいるだろう」


「居ますが……流石に、取引で得た技術だけで魔道具を再現するのは難しいでしょう。仮に再現出来ても、それは既にストライダー家が市場を席捲しているものばかりで、大きな利益は見込めません」


 執事の意見は、ゲレロも理解している。

 大きな利益を見込むのであれば、ストライダー家の技術を再現するのみならず、それを利用してストライダー家よりも先んじて新たな魔道具を開発しなければならない。


 だが、ストライダー家を一躍魔道具開発の聖地と呼べるほどに押し上げた原動力は、その技術だけでなく斬新な発想力が大部分を占める。


 二番煎じではなく、先を行く新たな魔道具……口で言うのは簡単だが、それが出来るならばルーデンドルフ領はとっくに魔道具の生産地になっているだろう。


 だからこそ、ゲレロも無策で言っているわけではなかった。


「湖の件が順調に進むのなら、水路を敷くために何かしらの工事を行うのは確実だろう。……そこで、まだ未公開の新たな魔道具を導入する可能性が高い。それを奪うというのはどうだ?」


 それは単なる妄想ではなく、ゲレロなりの根拠があった。


 湖の水源はストライダー家にとって貴重だが、そこから周囲の農村に水路を敷くためのコストがかかり過ぎる。

 これまでどちらの領有かがなかなか決まらず、あやふやのまま来ていたのは、ストライダー家としても開発に踏み切るだけの資金と技術がなかったからだ。


 にも拘わらず、ここに来て突然の領有権の主張。

 水路工事に際して、まだ未公開の斬新な魔道具を生み出した可能性は高いだろう。


「……奪うとなれば、かなりのリスクを覚悟しなければなりません。仮にうまく奪えたとしても、それを公表などしようものなら、確実に関与を疑われます」


「分かっている。だが、このまま手をこまねいていたところで、"例の方"が同じことをすれば批難の矛先はこちらに向く……なら、リターンが見込める方に賭けるのは当然だろう?」


 ニヤリと、ゲレロは笑みを浮かべる。

 その瞳に浮かぶのは、侮蔑の色。


 所詮、貧乏貴族のストライダー家など、どうとでもなると。


「ストライダー家がそれほど大きな戦力を護衛として張り付けられるはずもない。輸送ルートを調べ上げ、賊の仕業に見せかけて皆殺しにしろ」


「承知しました」


 ゲレロの言葉に、執事が頷く。


 こうして、クロの予想通りというべきか。ルーデンドルフ家の魔の手が、再びストライダー家へ伸びようとしていた。

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