第6話 学校に行こう
学校の給食を作っているのは、どの種類の動物なのか。
それが一番の興味関心だった。
だから、普段は朝寝坊の私も珍しくスッキリ目覚めることができた。
「おはようございます」
「あら、早いわね」
私とジョンは、翌朝、ポールとシェリルの家へ揃って訪れた。
朝ご飯を運ぶよりは、一緒に食べてしまったほうが、何かと手間が掛からないと判断したからだ。
スープが冷めない距離、と言っていたのは本当で、歩いて5分とかからない場所だった。
小さな庭があって、植え込まれた草花が朝露に濡れて光り輝いている。
「おう、おはよう」
勝手知ったるジョンに続いて部屋に入ると、眠そうなポールが現れた。
ポールとジョンは顔を見合わせるなり、大きなあくびをする。昔から仲が良かった2人らしい光景に、思わず口元が緩む。
2人は警察犬……もとい、警察署で働く同僚だった。だから、出勤時間も同じ。おそらくは、帰ってくる時間も同じなんだろう。
「あのぉ……シェリルさん」
「なぁに?」
小さな台所に立つ、ぽやんとした顔のシェリルも眠そうではある。それよりも、なによりも。
「ブラッシング、させてください」
「ん?」
「あの、だから、ブラッシングです。シェリルさん、ここ、寝癖がついてます」
「やだわ。私、こういうの気づかなくて」
よく職場である学校で、生徒たちにからかわれるのだと続けた。
「大丈夫です、これぐらいならブラッシングでなんとかなります」
「あらぁ、エイミーはそういうの得意だったかしら……でも、やってくれるっていうならお願いしようかな」
「任せてください」
早速恩返しができる。私はウキウキと洗面台へ移動してブラシを手にした。
最初はブラシの隙間が広いものを使って表面の毛流れを整える。その後、隙間の狭いブラシを使って無駄なアンダーコートを取るようにブラッシングをすると良い。ブラッシングの基本だ。
ちゃんとトリマーの勉強をしておいて良かった。
あっという間に寝癖がなくなり、輝きを増した毛並みになった。
「え? うそ、こんなに綺麗になるの?」
シェリルは、鏡越しに私を見てにっこり笑った。
「今までは自分でやってたんですか?」
「そうよ。こういうのは自分でやるしかないから」
やはり、この世界にはトリマーは居ないらしい。
美容室や理容室はあるのかな? 後で確認しなければいけない。
右へ左へと、顔の向きを変えて鏡を見るシェリルの姿は楽しそうで、少しだけ恩返しできた気がした。
「ありがとう、エイミー。魔法みたいだわ。こんなに素敵になるなんて」
「いえいえ、そんな……」
褒められ慣れていないので、否定することしかできない。
もう少し自信満々な態度で返事をしたほうがいいのかしら。エイミーは向こう見ずで活発な妹だったと、ジョンも言っていたし。
「さぁ、朝ご飯食べちゃいましょう」
「そうですね」
「ポールもジョンも、もう食べ終わってるかもしれないわ」
「ちなみに、今日の朝ご飯は……?」
ドッグフードだけは勘弁して欲しい、という私の願いは叶えられた。
「鶏肉とお野菜の蒸したものよ」
シェリルは毛艶の良いふわふわした毛をなびかせて、私の横を歩く。
聞けばすぐに答えてくれそうだけれど、なんとなく楽しみにとっておきたい気持ちもあって、給食を作る獣人について詳しく聞くのは止めて、黙って歩いた。
学校は家から歩いて15分ぐらいのところにあった。
小高い丘の上に、大きくて無骨だけれど、子どもたちを優しく見守るような建物が見えた。運動場は広く、遊具も少し。土から半分顔を覗かせたタイヤを見つけて、人間界とほぼ同じだと少し安心した。
給食室は学校とは別棟になっていて、渡り廊下で繋がっている。
給食が出来上がれば、生徒たちが給食を運ぶのだろう。そんな光景を想像して、胸が高鳴った。
給食室にはすぐ到着した。料理が得意な動物……多分、アレじゃないかという私の予想通りだった。
「あら、いらっしゃい。今日からよろしくね」
ドアを開けて入ると、食材をシンクで水洗いしている動物が顔を上げた。
小さな手を広げて野菜を洗うアライグマ……のような獣人がこちらを見上げて微笑む。
昔見た名作アニメの大好きだったアライグマのキャラクターを思い出して、私も思わずにっこりした。
だが、白い割烹着と三角巾のアライグマの姿は、給食作りのプロフェッショナルな精神を感じてしまう。
人間界にいる動物のアライグマは、実際は食べ物を洗っている訳ではなく、水中の食べ物を手で探しているだけらしい。まぁ、それはあまり深く考えないでおこう。
「じゃあ頑張ってね」
ポンポンとシェリルに背中を押されて、頷いた。これから授業があるから、と去って行く。
くるん、と回った瞬間長い毛が私の鼻先をくすぐるから、くしゃみが出てしまった。
「私の名前はアウレーネ、あんたは?」
アライグマの黒くて丸い目がこちらを見つめる。
「エミリーです。よろしくお願いします」
「まずは着替えだね、そろそろ他の仲間がやってくるからその人にお願いしようかしら」
「おはようございます」
タイミングよく、その1人がやってきたようだ。
給食室のドア近くに突っ立っていた私の背後から、その獣人の声が聞こえる。
「ブラッド、いいところに来たわ、その子新しく来たお手伝いの子なの。着替えとか色々教えてあげて」
「昨日話してた人ですか。よろしく」
ニュっと突き出てきた肌色の手、これはつまり……豚の獣人。
「エミリーです。よろしくお願いします」
振り返ると、まさしく豚の鼻をヒクヒクさせているブラッドが見える。ずんぐりとした体の、丸い背中をさらに丸めて、私と握手をしてくれた。
「私についてきて」
「はい」
アライグマが野菜を洗い、豚が料理を作る。そんな給食、絶対美味しいに決まっている。
感動しながら着替え、言われた通りの作業をこなして、なんとか給食を作った。
私がすっぽり入ってしまいそうな大きな鍋や、武器のように長いしゃもじを器用に扱うアウレーネとブラッドの手際は、見ていて壮観だった。
約100人前の料理を次から次へと作っていく。
今日の献立は野菜たっぷりスープとトウモロコシの粉をクレープのように焼いたもの、そして果物のゼリー寄せ。
言われるがまま、でしかなかったけれど、野菜の皮をむいたり刻んだりすることは、集中すると無心になれることにも気づいた。
料理は苦手だから、と人間の時には避けていたけれど、実際にやってみたら楽しかったのも収穫だ。
実家の母が料理上手だったこともあるが、料理を手伝わせるよりも、勉強しなさいとうるさかったことも同時に思い出してしまったけれど。
もしかして、私、ただの経験不足だったのかもしれない。
「そろそろ来るよ」
バケツのような容器にスープを注ぎ、蓋をした私は顔を上げた。
子どもの獣人がやってくる! それも、当番が複数人で協力しながら、給食を運んでいくその様子が観察できる!
うわーうわー、と思っているうちに、彼ら彼女らはやってきた。
「こんにちはー」
「いつもありがとうございまーす」
可愛いの渋滞だ。
よろめきながら容器を持つ子もいれば、最初から協力することを決めていたように、2人で運ぶ子もいる。
犬にネコ、うさぎ、オウム、熊、牛などの子どもたちは、それぞれの体格に合わせて持つものを決めて、給食を運ぶ。
ただそれだけのことに感動して、涙が出そうになった。
「疲れたかい?」
ぼーっとしていた私にアウレーネが声を掛けてくれる。
「いや、あの、みなさん小さいのに協力していて素敵だなって思って」
「ん? あぁ、そうか」
きっと、私が記憶喪失だったことを聞いていたのだろう。アウレーネは一瞬意外そうに目を見開いたが、すぐに納得した。
「そんなこと当たり前だと思っていたけど、改めてそう言われると、ちょっと感動しちゃうね」
アウレーネの後ろで、ブラッドもウンウンと頷く。
「さぁ、私たちも食べちまおう。そうしないと、片付けの子たちに負けちまうからさ」
給食を食べ終わったら、容器を返却しに来るのだ。そうだ、私も小学校の時にそんなことをしていた。……ということは、つまり。
「ごちそうさまでした、とか、美味しかった、とかそういうやりとりが聞けたりするのでしょうか?」
「もちろんさ」
「それは聞き逃せないですね」
異世界に転生して、こんなトロい私でも生きていけるのだろうかと不安に思っていたことを忘れて、子ども達の返却の時間に間に合うように給食を食べた。
勉強が出来なくて、学校に行くのが嫌いだった。当然、給食を美味しいと感じる暇もなかった。
そんな過去の自分を慰めるような、優しくて温かい味の給食が腹を満たし、「美味しかったよ」という子どもの声に心まで温かくなった。
異世界転生、悪くない。
むしろ、全人類にお勧めしたいぐらいだ。
給食に元気を貰った私は、食器を洗いながらそんなことを考えていた時、ふと後方に視線を感じて振り返った。
「あぁ、あんたか」
振り返った私にアウレーネも気づいて手を止めた。濡れた手を振りながら歩く。その先には視線の正体である、馬の子ども獣人がいた。
栗毛で、鼻先に菱形の白い模様がある。濡れて輝く黒い目が、ひたとこちらを向いていた。柱の陰に身を隠すようにして。
その目の光が、どこかで見たような気がして、私はしばらく動けなかった。
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