第2話 二人のお姉さんに引き取られる。



「男の子って、そんなに珍しいんですか?」


「? ……ああ! そうね、珍しいわ。ていうか、十歳以上の男の子は、もうほとんどいないわよ」


 ぼくの疑問に、交番に連れてきてくれたお姉さんが教えてくれた。


 なんでも、男女の出生数そのものはほぼ変わらない。

 ただ、1900年代前半から、とある奇病が流行ったそうだ。


 その名も、『染色体喪失症』。


 男女の身体の違いの原因は何かと言うと、染色体の違いだ。

 女性はXX。X染色体のみを持つ。


 対して男性はXY。Y染色体を持つのが男性の細胞だ。


 ところが、このY染色体が失われる症状が多数起こり始めた。


 第二次性徴前の段階、主に八歳か九歳以前で、男児の染色体がXYからXXに書き換えられる。

 つまり、女の子になってしまうのだ。


 ホルモンバランスか遺伝子異常か、疾病か何かはわからない。

 ただ、罹患率は九割以上。

 

 ここ数十年では、五歳前後で身体が女児に変わり、そのまま女性として成長するケースがほとんどだそうだ。


 つまり、男女の出生比を一対一としても片方の九割が女性として育ってしまう。

 単純に生殖能力を有する成人男性の数は、人口の5%しかいないことになるのだ。


 人類の繁殖方法はたぶん、人工授精なんだろう。

 もしくはハーレムかも知れないけど。二十倍の差があると、それは考えられない。


 そんな希少な男性は当然、社会に保護される。

 十歳から十二歳のぼくも、たぶん生殖人員だろう、保護対象だと言うことなので、戸籍の有無なんかは問題にならないそうだ。


 今から登録されて、戸籍が与えられるだけだ。


「ぼくも、女の子になるかも知れないのに?」


「十一歳を超えて性別が変わった症例は、今のところないわよ。最近は七歳以降からは、かな。だからユズヤくんは、男の子のままだってことよ」


 ぼくの歳からはもう女体化することはないみたいだ。


「懐かしいわ。私も昔、男の子だったらしいのよね。もう覚えてないけど」


「ああ。わたしは覚えてますよ? なんで、あったものがなくなったんだろう? って思ってたけど」


 お姉さんだけじゃなく、婦警さんも昔は男の子だったみたいだ。

 それでも、お姉さんはさっきお礼を言われたのが初めて、って言ってたから、それからは男性と関わりのない人生を過ごしてきたんだろうな。


「あたた。久しぶりに人を抱えたから、ちょっと腰に来たかしら。まだ二十三なのに」


 お姉さんが腰をさする。

 ぼくは少し思いつき、コマンドメニューを開いた。


 アイテム……を使うほどじゃないな。


「お姉さん、いたい? 治してあげるね。『ライトヒール』」


 お姉さんの腰に近づけたぼくの手がほのかに光る。

 幸い見られてはいなかったようだけど、ごまかすようにお姉さんの腰をさすると、お姉さんは顔を赤くして驚いていた。


「あら、腰の疲れが取れたわ。ありがとうね! やっぱり男の子の手は癒やされるのねー……」


 それは違う意味だと思う。


 そうこうしてると、もう一人の婦警さんが電話連絡から戻ってきた。


「先輩、どうしましょうか。受け入れと戸籍授与は問題ないんですけど、年齢的に身元引受人の選定が必要らしいです。誰かが身元引受人にならないと、制度的に難しいらしくて」


「前例がないだろうからね。とりあえずは、わたしが身元引受人になっても良いけれど。男性保護機構からの保証も出るし。ただ、世間体がね……迷子の男の子を引き取るのも、批判を浴びそうで」


「じゃ、じゃあ、私がなりましょうか? 補助があれば、今の稼ぎでも養えると思うし。せっかく出会ったのに、身寄りがないなんてあんまりだわ!」


 お姉さんが名乗り出てくれる。

 とても嬉しい。


「言うと思いましたけど。かと言って、二人きりにさせるなんて、警察の面子に関わりますよ。男性を対象とした、青少年育成法を知ってるでしょう?」


「う、うう……ユズヤくんは、どうしたい? 誰か、心当たりはある?」


 あるわけがない。

 ここが元の日本かもわからないのだ。

 ましてや違う歴史をたどっている、異世界だ。ぼくの元の家族友人がいるはずがない。


「お姉さんがいいです。声をかけて、助けてくれたから」


 このお姉さんに男だと打ち明けたのは、声をかけて助けてくれてからだ。

 それまでは女の子だと思っていたに違いない。


 それでも助けてくれるなら、ぼくはこの人を頼りたい、と思ってしまう。

 迷惑じゃないのなら、


「はぁ……わかりました。じゃあ、わたしと連名で引き取りましょう。素性不明の男の子を引き取るなんて、痴女目的だと思われそうだけど。二人態勢でなら、そんな批難も起こらないでしょう。わたしも警官職ですし」


「先輩!?ずるいです、そんなの!」


 婦警さんたちがやり合っている。

 でも、婦警さんまでが名乗り出てくるなんて意外だ。


 こんな、身元不詳な男児の引き取りなんて。

 それだけ、男性というのはこの社会で大切にされているのだろうか。


「わかりました。じゃあ、連名と言うことで。警察官の方が一緒だと心強いわ」


「よろしくお願いしますね。くれぐれも、女性不信にだけはさせないようにしましょう」


 そして二人は、ぼくに向き合った。


「そういうわけで、私たちがユズヤくんを引き取るわ。お姉さんの名前は、御堂ほのか。二十三歳よ」


「わたしの名前は四王寺あきら、よ。階級は巡査長。歳は二十二よ。――これから、よろしくね?」


 ぼくは差し出された二人の手を、それぞれ握った。


「よろしくお願いします、ほのかさん、あきらさん。何もわからないので、ご迷惑をおかけします」


「迷惑じゃないわよ」


 二人は、異口同音にそう言って微笑んでくれた。


 後輩の婦警さんが書類を持ってきて、ほのかお姉さんに手渡す。


「じゃあ、これに記入してください。今ダウンロードして印刷したものですけど、公文書のフォーマットなんで、そのまま提出できます。先輩も後で」


「はい、わかりました」


 そう言ってほのかさんは、机で書類に記入し始めた。

 後輩の婦警さんが教えながら記入しているようだ。印鑑じゃなくて拇印代用かな。


 そんなときに、婦警の明さんが、ぼそっとぼくに耳打ちしてきた。


「……それで、さっきの『光』は何? 後で説明してもらうからね?」


 ぼくは気まずい思いをする。

 ライトヒール、見られてたのか。


 でも、ぼく一人で考えても仕方ない。

 ぼくはこの二人に保護される立場なんだから、むしろ相談させてもらうべきだろう。


 だから、ぼくは言った。



「後で、ね?」




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