第4話 供給エリア
遠くでアラームのような音がかすかに鳴り始めていた。
二人は非常階段を駆け下り、警報が届かない地下の一角にたどり着く。
そこでようやく、真生は立ち止まり、息を切らしながらアイに問う。
「今の……どういうことだよ。あれって……人間じゃない。」
アイは目を伏せたまま、静かに言った。
「……あなたが消されるのは、見たくなかっただけ。」
「消される?なぜ……?」
「そう思った…それだけよ。」
それは説明ではなかった。けれど、不思議と真生の胸に引っかかるものが残った。
アイの力、そして彼女の存在。
何かがおかしい――だが、その“何か”に触れれば触れるほど、深く潜ることになると直感していた。
アイの手に引かれ、真生は薄暗い通路を静かに進んでいた。
無機質な白壁の合間に並ぶ防犯カメラの視線を、アイが時折、不思議な力で歪ませる。光がぼやけ、まるでそこだけ別世界のように映像が遮断されるのだ。
鉄扉の前に立った瞬間、真生はひときわ強く胸が締めつけられるのを感じた。アイが小さく手をかざすと、カチリと機械音が鳴り、錆びついた扉が左右にゆっくりと開いた。
中から漏れ出る空気は冷え切っていて、血液特有の鉄の匂いと薬品の混じった匂いが真生の鼻を刺した。
(…端末で観たあの場所だ!)
「ここは供給エリア。血液を“供給”するための場所。言葉通りの意味よ。」
アイは淡々と言った。
「どうしてこんな場所が必要なんだ?Re:Routeって、一体何?」
「…Re:Routeは“彼”のために存在してる。」
「彼?」
室内は薄暗く、無数のベッドが規則的に並んでいた。アイはゆっくりとベッドのひとつに歩み寄り、その端に手を置いた。真生が問いかけようとしたそのとき、彼女は一度だけ目を伏せ、そして囁いた。
「“彼”――バンパイアよ」
真生の喉がひくりと鳴る。
「バンパイア……って、吸血鬼……?」
「フィクションのように聞こえるでしょう? でもここにいると、それが現実だと嫌でも理解できる。」
アイは壁際に設置されたパネルを操作し、照明を落とすと、一部のベッドに備え付けられた端末がぼんやりと光を灯した。そのうちのひとつには、今まさに“供給中”と表示されており、透明のチューブを通じて赤黒い液体がどこかへと送られていた。
「彼は人の血を“摂取”することで生きている。そしてRe:Routeは、そのための“供給源”を管理しているの。」
「そんな……信じられない……」
「当然よ。普通なら、信じたくない話だもの。」
アイの声に揺らぎはない。ただ、どこか痛みを含んでいた。
「契約者たちの血液は、ここで採取・精製され、一定のサイクルで“繭”へ輸送されていく。」
アイの声はいつも通り淡々としていた。だが、その横顔にはどこか、痛みを隠すような硬さがあった。
「契約者?繭?」
部屋の薄暗さに慣れてきて、よく見るとベッドには若者たちが横たわっていた。全員、無表情で天井を見上げていた。腕から伸びたチューブが、静かに血を吸い上げては、部屋の奥にある巨大なタンクへと流れ込んでいく。
「なんだ、これ……」
真生は思わず口元を覆った。まるで、生きた人間たちが“装置”の一部に組み込まれているかのようだった。
「彼らは“選んだ”のよ。貧困、病、家族からの切り離し……社会のどこにも居場所がなかった者たちが、ここに来て、“生きるために血を売る”という選択をする。でもその実態は、“使い捨て”と変わらない。」
真生は、ベッドに横たわる一人の若者に目を留めた。年は、自分たちとそう変わらない。少し痩せすぎた体躯。目は半開きで、呼吸は極端に浅い。
「これは……“生きてる”って言えるのかよ……。」
怒りが喉元までこみ上げたが、それを飲み込む。今は、奏太を見つけるのが先だ。
「奏太を……俺の友達を探さないと!」
「一緒に確認してみましょう。個体管理端末はあっち。」
アイに導かれ、真生は部屋の端にある端末へと近づいた。
黒いタッチパネルに触れると、冷たい電子音が鳴る。
個体情報の一覧が表示される。
【No.03】ミナミ・トウジ(供給対象)
【No.07】カナメ・ユウスケ(供給対象)
【No.12】キリシマ・ソウタ(候補:移送中)
「いた……奏太!」
真生の指がその名前の上で止まる。
「でも“移送中”って……どこに?」
「待って。位置データが見れるかも。」
アイが慣れた手つきで操作するが、画面には「現在地:記録なし」の表示。
「位置データが消されてる……。やっぱり、誰かが意図的に隠してる」
「それって……奏太は、まだここにいるってこと?」
「可能性はある。でも、それ以上に危険な意味もあるわ。——おとり、かも」
真生は拳を握りしめた。
「それでも、諦められない」
アイは少しだけ目を伏せた。
「……君って、変な人。」
「何が?」
「こんな場所を見て、怖がらない人なんて珍しいから。」
「怖いさ。でも、友達を放ってはおけない。」
少しの間、沈黙が流れたあと——
「私は……Re:Routeに拾われた孤児。感情を抑制され、痛みと引き換えに能力を与えられた。記憶を……薄められて、命令だけで動く存在に……。」
アイは自分の胸に手を当てた。その細い指先が、わずかに震えている。
真生の胸の奥が、痛んだ。
──だけど、これがもし、罠だったら?
心のどこかで、そんな考えが顔を出す。
Re:Routeに育てられた彼女。信じるべきじゃない。警戒すべきだ。理性は、そう告げていた。
でも。
脳裏に、遠い過去の光景がよみがえる。
──小学五年生の頃。雨の校庭、傘もささず、ひとりきりで立っていた優斗の姿。
「違うんだ、本当に俺は……!」
必死で言い訳する優斗を、真生は睨みつけていた。
──周りの噂に流されて、疑って。話も聞かずに、突き放して。「もう、いいから」と、背を向けた。
後悔したのは、その数日後だった。
優斗は、誰にも助けを求められないまま、夜の事故に巻き込まれて帰らぬ人となった。
──あのとき。俺は、信じられなかった。たった一言、信じるだけで救えたのに。
ずっと、心に刺さったままだった。自分の手で、誰かを傷つけたという痛み。取り返しのつかない後悔。
そんな真生に、最初に手を伸ばしてくれたのが奏太だった。
まるで当たり前のように。「信じていいんだよ」って、何度も、何度も。
奏太がいてくれたからもう一度、人を信じることを恐れずにいられるようになった。
──だから。今度は、俺が。アイを、信じたい。
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