ナロウ・サーガ ~道行く者の物語~
大河井あき
道行く者の章
第1話:道行く者の転生
「――この俺が、転生をぶっ
心の底から噴出した怒号。
爪跡のような細い月は、掲げられた
墓前での宣言。これが転生者である彼にとって本当の、新たな人生の始まりとなった。
ぬるい風が吹く
何だ。何なんだ。何を喜んでいるんだ。
鼓動とは音ではなく、心臓が膨んでは縮むことを繰り返して生じる衝撃である。彼は引きつるように痛む胸をぎゅっと握りしめて、灰色の衣服たちを見た。
ある者には角があった。ある者には牙があった。あるものには鱗が、あるものにはしっぽが、あるものには
「お水要りますか」
ふいに後ろから耳に入った
おそるおそる振り返ると、筒状の木器を持って正座している女の子と目が合った。おかっぱ頭やもち肌は
それでも、秦名は少しだけ
「お水、要りますか」
秦名が無言のままだったので聞き取れなかったと思ったのだろう。彼女は口調をゆっくりにして再度問うた。それでようやく、彼は喉から唇までからからであることや、かすかに漢方薬のような苦みが舌にあることに気付いた。
「ありがとう」
飢えた舌を制して礼を述べ、木器に触れようとした。
瞬間、強い静電気のような拒絶感が走った。
――何か異物が入っている可能性はないだろうか。
普段はそこまで神経質ではないはずなのに。そう思いながらも周囲を見渡してみる。仮装にしても独特な
「どうかされましたか」
「いや、何でもない」
慎重に水差しを受け取って中身に目線を移す。清い透明が揺らいでいる。臭いもない。よだれが垂れそうになる渇望がどっと湧き、耐えられず、まずは試しだ、試し、と言い聞かせながら、一口飲んだ。
うまい……。
二口目を飲んだ。
うまい!
口が残りを一気にごくごくと取り込んでいく。かーっと、甲高い息が思わず出る。生き返った心地。冷たい刺激が身体に沁みて活力を与えていくのが分かる。
しかし同時に、ごちゃごちゃになっていた頭の中がするすると整理されていくにつれて、違和感だったものが鮮明になっていった。
水飲みを持つ自身の手に目を向ける。
これは、自分じゃない。自分じゃないならなんだ。他人だ。いや、それでも自分だ。確かに自分なんだ。だからこそ、身体が違うんだと分かるんじゃないか。
秦名は自身を取り戻そうとするかのように額に手を当てて、目覚める前を思い返した。
元々いたのは、消毒薬の臭いでむせかえる病室。
目を開けることはおろか、身体を動かすこともできなかった。
夜、大学受験に向けた勉強の休憩で散歩中に信号無視で逃走していた盗難車に
二週間前の初詣で交通安全のお守りを買っていればよかったなどとは思わなかった。合格祈願のお守りさえ買わなかったのだから。
代わりに湧いたのは、どうして自分がそんな理不尽に巻き込まれたのだろうかという怒りに近い疑問。
確かに、自分は頑固だった。読むべき空気というのを副流煙のごとく嫌っていた。
輪を乱すと分かっていても、義に背く意見には毅然たる態度で
そういうことをしょっちゅうしていたから、神様などという安寧を愛するくせに不条理には鈍感な不届き者に
ベッドの上で、時折走る激痛より大きいもどかしさに
それでも、生きていたいという意志は間違いなくあった。目を覚まし、身体を起こして、心配させたことを母に謝って、徐々にリハビリを行って、やがて普通の暮らしに戻る。そういう夢があったのだ。不条理の
しかし、叶わなかった。意志が消えたわけではない。闘志が絶えたわけでもない。ふと、突然に糸がプツリと切れた感覚があって、――死んだのだ。
だとしたら、何者だというのだろうか。本人でも他人でもないこの自分は。
まるでその疑問に答えるかのように、彼女は淡々と告げた。
「お目覚めはいかがでしょうか、――転生者様」
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