エルフは眠れない。
八雲
第1話
私はリヴィエラ、千年以上生きたエルフの吟遊詩人。
夜が明けるたびに、出会った者たちの笑顔が、少しずつ遠のいてゆく。
私の生命の終わりは、まだ遥か遠い未来にある。
町々を渡り、出会った魂の物語を歌に刻む。
だけど──かつての旅の仲間達の笑顔だけは、どうしても、歌に表しきれない。
旅を長く続けてきた。どれぐらいの年数が経ったのか、もう思い出せない。
一人での旅路もあったけれど、誰かと共に歩くこともあった。
平原を駆け、森を抜け、荒野を彷徨いながら――。
夜、町と町の合間の道で焚き火を囲み、笑い合った仲間たちの顔が、今でも胸を締めつける。
……わかってる。
彼らは短命の人間、私は長命のエルフ。
生きる時間が、違うんだ。
だから私は、恋人として誰かを愛することを選ばなかった。
彼らを失うことが、怖かったから。
それでも、彼らを好きになってしまう。
あたたかくて、愚かしくて、でもとても優しい人たちだった。
出会いはたくさんあった。
色んな森を抜け、荒野を彷徨い、自分の長い生の意味を探して歩き続けてきた。
でも──
出会った者たちは、みんな先へと旅立っていく。
夜に眠れない。
夜が明けるたびに、誰かのいない朝が来るのが怖い。
だけど、慣れることなんてできなかった。
だって私は――人を愛することをやめられないのだから。
かつて、共に旅した仲間たちがいた。
楽しい時も、悲しい時も、冒険をしている時も。
いつだって朗らかに笑っていた。
剣を磨きながら冗談を飛ばし、私をからかってくるあの笑顔が、懐かしい。
『お前、いつまで生きるんだ?』
そう笑いながら彼は言った。
私は肩をすくめて、こう答えた。
『そりゃエルフなんだから、あなたの気が遠くなるほど長く、だよ。』
──焚き火の明かりが、彼の横顔を照らしていた。
あの温もりを、私は、忘れていた。
自分の生を怠けていたんだ。
時間は流れるように過ぎて、気づけば……
もう、私の隣に彼はいなかった。
平原を渡る旅の中、彼はよく笑っていた。
『リヴィエラ、お前の歌は永遠だ』と、くすぐったそうに言って。
私は笑って、ごまかした。『お前の生は短すぎる』と。
──それが、本音だった。
ある夜、街道に向かう途中で、仲間の一人の女性が指をさして言った。
『リヴィエラ、あんたの歌はあの向こうの大きな街より遠くに届くよ。』
私は笑った。でも心は、震えていた。
彼女が長くは生きられないことを知っていたから。
彼女と共に、そこまでは行けないことを、わかっていたから。
星の下で、仲間たちの笑顔がよみがえる。
私はまた旅を続ける。
あの人たちのような、温もりを探して。
夜明けが怖い。
彼らのいない世界を照らすから。
でも──
祭りの明かりが、そっと囁く。
『歌い続けなさい』と。
だから私は、まだ――眠れない。
夜に目を閉じても、心は静まらない。
焚き火の匂いと共に、あの笑顔が浮かぶ。
本当は、彼らのように穏やかな眠りにつきたいと思ったこともある。
静かに命を終えるそのときを、どこかで夢見ていた。
でも、まだ終われない。
あの旅の日々の素晴らしさを。
彼らの笑顔の尊さを。
それを伝える歌を、まだ、歌い終えていないから。
だから私は、眠れない。
命の夜明けは、まだ先にある。
私は、旅をやめない。
次の町へ向かう。
彼女が後にした森には、今日もアイビーの花が、美しく咲いていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(質問:リヴィエラの歌、どんな物語だと思う? )
リヴィエラの名前は アイビー 花言葉「永遠の愛」「結婚」「不滅」「不死」「友情」「誠実」からきてます。Ivy,別名Hedera(ヘデラ) ヴィエラ、をエルフっぽくもじってます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます