コート上の海将 ― Y/K Out Side Joker . — Rerising and Revenge of Marine General

高嶋ソック

Prologue for Avenger Yoshitaka Kagemura.

Prologue for Avenger Yoshitaka Kagemura



 “No matter how late you start, no matter how difficult the situation, keep swinging your racket and keep moving forward. Move forward right now, in this moment. Even if this path is covered with thorns, how difficult can it be?”


― Yoshitaka Kagemura —


 たとえスタートが遅くても、不利な位置からスタートしても、ラケットを振り続けて前進しなければならない。今を進む。これが茨の舗装路だとしたら、どれほど難しいことだろうか?


― 影村 義孝 —


 ※日本語訳:月刊テニスコレクションズ 海外テニス取材部チーフ:小谷 加奈絵こたに かなえ




 アメリカ合衆国 ニューヨーク州

 USTAビリー・ジーン・キングナショナルテニスセンター

 アーサー・アッシュ スタジアム


 全米オープンテニス 男子シングルス 準決勝戦




 最大収容人数23,000人の会場は、アンディ・バーグというスター選手の影響か満席となっている。手ごろな大きさの星条旗を持った観客たちからのアンディへのエールや拍手が鳴りやまなかった。


 「Ladies and gentlemen, please take your seats and remain quiet. The match is about to begin. This is a men’s singles semifinal match, best of five sets, with a tiebreak in all sets, including a 7-point tiebreak at 6-6 in the final set. From the United States, world number 10, Andy Berg. From Poland, world number 193, Yoshitaka Kagemura.」


 主審が会場中に選手紹介のアナウンスを入れる。 世界ランク10位のアンディと、今大会3回戦で16位の竹下、ベスト8で23位のモロゾフを倒したダークホースの紹介をする。


 世界ランキング10位のプロテニスプレーヤーであるアンディ・バーグと世界ランキング193位。今大会最大のダークホースである元日本人。ポーランド国籍の影村義孝かげむらよしたかがコート上のネットを挟んで向かい合う。おおよそ190センチの2人を見上げる主審。彼がポケットから取出したコインを見せ、2人の選手に質問する。


 「Please call it. Heads or tails?」

 「 Tails.」

 「.....It's tails. Andy, your choice.」

 「Serve.」

 「Andy to serve.」


 主審がコインを上に弾き、コートに落ちたコインが裏か表かを見る。アンディがコイントスに勝ったのでサーブ権を取得した。主審が審判台へ座っても、2人はネットを挟んで見つめ合って立っていた。そして互いに薄っすらと笑みを浮かべる。


 「待ってたぜ。ヨシタカ。」

 「待たせたな。アンディ。」


 2人は言葉を交わすと、再会を喜ぶ様にヒップホップのラッパー同士が行う「ダップ」と呼ばれる特殊な握手を行った。カメラがその一部始終を捉え、試合を見ている人々に騒めきを与える。


 「5-minute warm-up, time starts now.」


 主審が5分間のウォーミングアップ時間を告げる。2人はボールボーイからボールをもらうと、テレビ中継でよく見る試合前のウォーミングアップへと移行した。


 元日本人プレーヤーで現ポーランド国籍のアウトサイダー。影村義孝かげむらよしたかが握っているラケット。それは2年間共に寄り添った彼の相棒で、重厚なつやなしの黒塗り塗装に、シャフトからバンパーにかけて青いラインが入った、後に世界のパワーヒッターたちに親しまれるボルテクス・スポーツ社の『Vortex Sports Star Hammer』シリーズだった。2人のウォーミングアップはコート中央の位置で真直ぐ打ち合う軽いラリーから、片方の選手がネット前に出てボレーの練習を行うボレー&ストロークに移る。


  「...2 minutes.」


 主審のコールがマイクに拾われて会場中に響き渡り会場中に緊張感が広がる。影村とアンディは軽くサーブ練習を行う。影村の流れるような無駄のなく、それでいて動きの継ぎ目がないサービスフォームは世界中にいるプロテニスコーチらの注目を集める。

 

  「Thank you. Quiet please.」


 アンディへの拍手や影村を冷やかす様にヤジを飛ばす状況が止まない。この状況を見かねた審判が一言マイクで会場へと言葉を贈った。会場は静かになり、試合の開始を待ち遠しく残り1分という時間がとても長く感じる者までいた。2人が練習を終えてベンチで水分補給を行う。


  「Time. 」


 主審からウォーミングアップ終了のコールが告げられる。それぞれがベースラインへと歩いて行った。アンディがサーブ権を持っていたため、最初のゲームはアンディがサーブを打つことになる。


 アンディはボールボーイからボールをもらう。ボールのフェルト面の感触を確認しながらそれを選ぶ彼の姿は、野性的ながら世界に冠たる怪物級のプロテニスプレーヤーとして品格を兼ね備えていた。影村はラケットグリップを回しながらアンディのサーブを待つ。アンディはベースラインの後ろに立って、主審からの試合開始のコールを待つ。アンディはふと影村の方を見て一旦ボールをラケットを持っていない方の手で持った。影村もラケットを下げて構えを解きアンディーの方を見る。


 観客席がざわめく。主審もこの事態に何かのアクシデントではないかと審判台のタッチパネルを確認する。アンディが影村へまるで見せつけるかのようにラケットを真上へと放り投げた。影村は懐かしいその合図に幼少期を思い出して口元を綻ばせる。ラケットが落ちて再びアンディの手に戻ってくると、今度は影村もラケットを上に放り投げ、アンディにそれを見せつける。そして互いにラケットヘッドを相手に向けた。観客たちの拍手と指笛が会場中にまばらに響いた。


 「Andy Berg to serve. ...Play.」


 主審の声で再び会場に静けさが広がる。アンディは速いペースで忙しなくラケットでボールを突く。それを手に持つと素早く8回程度バウンドさせてラケットを構えつつ、超コンパクトなクイックモーションによるサーブトスまでの動作を見せる。影村は淡々とした表情でラケットを構えながら重心を左右させ、いつでも攻撃の態勢へと移れる様に備える。


 一人の男性は影村のラケットを見て薄っすらと笑みをこぼした


 一人の女性は影村のフィジカルの境地を見て胸の内にある情熱に焦がれた


 一人の男は影村の選手人生を支えた事に誇りを見出した


 ボールをトスするモーションを行うまでの刹那に影村を見たアンディ。彼のトスが上がる。影村がベースラインの2歩前へと出た。歴史に残る衝撃の怪物対決。この日、アンディ・バーグと影村義孝の両者が純粋無垢な狂気の籠った笑みを浮かべ、ラケットを振り合う怪物同士の全力の衝突が起きた。


 ある年の全米オープン


 突如現れた世界ランク193位のアウトサイダー


 寡黙に勝利を重ね続け


 トップに位置するスター選手たちへと戦いを挑み


 後に世界に冠たる怪物たちの天敵として

 

 世界王者をめぐる争いに君臨し続けた男


 “  Marine General  ”  Yoshitaka Kagemura


 この物語は、前作「コート上の海将 ― Y/K Out Side Joker . —」の4年後の未来を起点に始まる。かつて日本高校生テニス界で「海生代の大躍進」と呼ばれる下剋上を果たし、高校2年生で4冠(インターハイ、国体、全県杯、全国選抜と優勝)という快挙を果たした過去を持ち、他者の追随を許さない圧倒的な強さ故に日本テニス界から追放された影村義孝。彼がどのようにして支えられ、期待を背負い、世界の大舞台へと飛び立ったのかが語られる。影村や彼の活躍を支えた者達は当時を振り返ると口々に言った。


 “激動の2年間”だったと。


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