メシアよ、疾く散り逝け。

(前半タイトル:問う。汝はメシアなりや?)


 幼いサダムは血溜まりに転がる自身の師を冷めた目で見つめる。蒙昧で暗愚な吐き気のするほどのお人好しだった。

(これで二度と説教を聞かなくて済む)

 無感動な瞳で剣を拭き清め、証拠隠滅のために魔術スペルで焼き尽くす。

 跡形もなく塵と化したのを見届けその場を立ち去ろうとした彼は背後の気配に振り返った。

 時空が歪んでいる。

 闇の使徒ダーク・メシアであるサダムは静かに剣を構えた。眩むほどの光を剣戟で切り裂くと、複数の男女が上空から落ちていった。

(転移の光……あの女キィラの能力か)

 かつてのサダムが愛しそして守れなかった存在。使徒メシアであった前世の因縁。彼に虫酸が走る。何もかもが厭わしく全て壊してしまいたい。そのあらんかぎりの殺意を抑えつけつつ魔術を使う。

「闇より湧き出でし者よ、我を運べ」

 魔術で目的地まで跳ぶと、そこには破廉恥な服装で頭を抑え呻く女の姿が。

 瞬間的に彼は理解する。この女は光の使徒ライト・メシアだと。キィラの残骸である、と。

「ってて……えっ!?」

 唐突に斬りかかったサダムの剣筋を女は転がって躱した。武道を嗜んでいるようには見えない、ただの女が。使徒としての力が既に発現しているらしい。サダムの想定以上に状況が悪い。

「俺、待って、なんで姉ちゃんの声がするんだっ」

 女は気が動転している。

 隙を突くためにサダムは無言で二撃目を浴びせようとする。そこに響いたのは、聞き覚えのある魔術。

「大地の息吹よ、彼の者を護れ!」

 男の声とともに荒れた地面から大量のツルが噴き出し、サダムの剣をがんじがらめにする。

「こんな再会、最悪」

 女と顔立ちが似た少年がサダムを見つめ返す。大地の使徒アース・メシア、トゥルカ。その転生体まで現れた。

「もう一人の俺!?」

「転移で身体と魂があべこべになった」

 状況をのみ込めない女と対照的な少年トゥルカは「驚かせて済まない」とツルでサダムを拘束したまま説明を始める。

「我々は使徒の生まれ変わり。あなたは、イヴェル・リオナ神を知ってる?」

(知っているとも。あれの残酷さなら魂の髄まで……だから使徒を殺そうとしてるのに今のままではコイツらに勝てそうもないな)

 使徒を二人も相手取るには、サダムの未発達な身体は経験不足。剣柄を握る力を緩め敵意がないふりをし首を傾ける。

「聞いたことはあるがそれが何だ」

「この世界は再び消滅の危機に瀕している。あなたは闇の使徒。かつての名をサーデス」

「イヴェル・リオナ…… 聞いたことある」

 喧しい女に苛つきながらもサダムは少年に続きを促した。

 前世での激しい戦いの末亡くなった彼等は、別の世界に飛ばされて転生したらしい。その他の使徒はどこにいるかも不明と彼は締めくくった。

 ツルをほどかれ話す姿勢を作ったサダムに少年は手を差しのべる。

「残りの使徒を集めるためにも着いてきてほしい」

「ねえねえ、カッコいい俺、質問」

「それは後回し」

「しないで! 姉ちゃんの魂も使徒ってこと!?」

 アキラと名乗った女は落ち着かない様子で少年に食いつく。鬱陶しいとサダムは感じるが、沈黙を保った。

「そうかもしれないけれども、現状は分からない。当面は私の身体を探すことになる」

「えっと、ところでもう一人の俺は誰?」

「……イサギトウコ」

 アキラの表情が少しだけ硬くなったのをサダムは観察する。苦手意識があるのならば不和の種を撒いて仲違いでもさせようと彼は決めた。

 そんな一行から少し離れた場所で火柱と水飛沫が派手に上がる。

「俺の身体を返せ盗人ぉぉっ! 必殺、虎羅無竜トラブリューパンチ!」

「それはこっちの台詞だリンドウ!」

「黙れ似非眼鏡ぇっ!」

 魔術に紛れて聞こえる男達の怒号と使徒の力にサダムは辟易とした。

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