逆十字の宴~堕ちた魔女は嬌り妊る~

 出会いは、入学してすぐの罰ゲーム。

 友人を作ろうと奔走していた僕は賭けにらめっこに負けて、今も活躍している邪教系メタルバンドの歌を屋上で熱唱しないと肝臓を失う羽目になってしまったのだ。しかもフルコーラス。困りながらも意を決して屋上に忍び込んだときの先客が彼女だった。


『……稀代のプリマドンナ?』

 観客のない屋上で風を受けながらひらひらと舞う彼女を見た僕は、思わずそう呟いていて。


『違うわ、坂本さかもと麗破レーヴァくん』

『受肉したセイレーン?』

 彼女の声を聞いた僕の胸に浮かんだのは、そんな感想で。


『私は小林こばやし真理愛まりあ。地平を越える魔女・マリアよ』

『……おもしれー女の子』

 高らかな宣言を聞いた僕は、風の産声を聞いた気がした。


      ☪︎ ☪︎ ☪︎ ☪︎ ☪︎


「ねぇ従者坂本くん。いつまでヒュプノスの呼び声に囚われているの?」

 涼やかな声と肩を揺すられる感覚、そして鼻腔をくすぐる爽やかで甘さも含む香り。それだけで、もう僕の目は覚めていた。ただ、もう少しこの声を聞いていたくて、僕は寝たふりを続けることにした。あからさまな狸寝入りを感じ取ったのだろう、彼女は「もう」と呆れたような吐息をひとつ落として。


「そんなんだと、今度の密約マリアージュはおあずけね」

「それは困る!」


 ……あっ。

 思わず顔を上げた僕を待っていたのは、『うわ』という声がそのまま書いてありそうな顔をした真理愛さんの姿があった。小林さんは「呆れたわ」と小さく息をつく。

密約マリアージュを餌にした途端そんなに食い付くなんて、まるで…………欲求イドに墜ちた虜囚ね。一度は第2圏谷にでも堕ちた方がいいんじゃない?」



 小林さんは、簡単にいうとすごい美人だ。もちろんそんな言葉じゃ足りないけど、人間ぼくらに許された言語で言い表すなら、『すごい美人』だ。真雪の肌に濡羽色の髪、薄氷色アイスブルーに見えるほど透明感のある澄んだ瞳。凛とした顔立ちはともすれば抜き身の刃のようでもあり、油断して相対するとついつい気圧けおされてしまうほど。きっとスレンダーな体つきもその印象に拍車をかけている気がするんだ、僕にはわかる。そんな彼女からこんなこと言われたら、たぶん常人なら失禁した上で失神して失態を晒していたことだろう。

 けど、僕は違う。

 恐らく色欲エロスと言いかけたところを慌てて言い直したらしいその姿を、僕はただただ可愛いと思ってしまった。そんな僕のことは小林さんもお見通しなのだろう。もうひとつ、呆れたような息をついて。


「……従者坂本くんのえっち。駄犬」

「おほ……ぉ……!」


 小林さんのごにょごにょ『……えっち』頂きました!

 星5つ……ッ!

 圧倒的星5つ……ッ!

 小林さんからの『……えっち』、超気持ちいい!

 何も言えねぇ、こりゃ手ぶらで帰らせるわけにはいかない!


「~~~~、いいから来なさい! 早くしないと移動教室に遅れるわ。刻限を告げる鐘は、もう鳴る刻を待ちわびていてよ」

「はいはい」


 あーあー、照れちゃって可愛いんだ。

 頬を弛ませながら立ち上がったのと、チャイムが鳴ったのはほぼ同時で。


「嗚呼、もう! 言わんこっちゃない! 来なさい従者坂本くん、翔ぶわよ」

 言うが否や小林さんは僕の手を引いて、廊下を小走りに駆け始めた。

 ポニーテールに纏められた髪が彼女の躍動に合わせてゆらゆら揺れて、それが何だか綺麗で。


「……神馬スレイプニル

 思わず、彼女から教わった言葉のひとつを呟いていた。


 簡単に言えば、僕こと坂本麗破と小林真理愛さんは彼氏彼女の関係だ。自分でも信じがたいけど、一線も越えているもうマリアージュ済み

 地平を越える魔女を自認するだけあって何につけても優秀な小林さんと、平々凡々を絵に描いたような僕ではあまりに不釣り合いだけど、小林さん曰く『魔女には忠実な従者が必要』ということで、見事僕がその座に収まっているわけである。

 あの出会いから始まって、いろんなことがあった気がするけど。

 僕らの距離がここまで縮まったのはきっと、


「ちょっと急いで! 遅れたら私たちの心臓コキュートス堕ちだからね!?」

「はいはい」


 じゃあ、ちょっと疾走はしりますか。

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