第16話 事件は続く

     16 事件は続く


「では――夢露さんの身柄を引き渡して頂きましょう」


 決着は――ついた。


 借金がチャラになった以上、彼等が夢露を拘束する謂れはなくなる。

 いや。

 椎田夢露だけでなく、神居弥砂もこの件から解放されたのだ。


 顔を上げた彼は、エルマの要求に応えるしかない。

 だが、異変は間もなく起きた。


「な、に?」


 彼が、渋面を浮かべる。

 意味不明だとばかりに、彼は眉を顰めた。


「んん? 

 どうかしたの? 

 まさか、トラブルでも起きた?」

 

 冷静な面持ちで絶阿が尋ねると、彼はもう一度頭を抱えた。


「……ああ。

 あの色男をさらったやつと、連絡がとれない。

 何度連絡しても、留守電のアナウンスがかかるだけだ。

 もしかすると、何かあったのかも」

 

 だが、彼にはその何かが、全く分からない。

 この様な荒事を起こす時、彼等は連携を重んじる。


 誰かのミスで警察沙汰になれば、全てを失う為だ。

 

 だが、その連携が何らかの理由で、断たれている。

 だとすれば、彼が何かのトラブルを予感しても、無理からぬ事だろう。


 少なくともエルマはそう察して、彼から情報を得る事にした。


「誘拐という事は、車を使いましたね? 

 その車両ナンバーは?」


「〇〇××だが?」


「了解しました。

 では、あなた方はお引き取りを。

 後はこちらで、何とかします」


 念の為にその実行犯と連絡がとれたなら、エルマにも連絡を入れる様、エルマは要求する。

 エルマの申し出を承諾した彼は、今度こそこの魔窟を後にした。


 伊織としては、気が気でない。


「え? 

 蛇処君は、どうするつもり? 

 本当に自力で、その実行犯を見つけるつもりなの?」


「こうなっては、仕方がないでしょう。

 その実行犯は、借金がチャラになった事を知りませんからね。

 このままでは夢露さんが、どこかに売り飛ばされ、何らかの被害に遭う。

 そうなる前に、実行犯を見つけ出すのが、私の方針です」


「………」


 エルマの言っている事は正論だが、伊織は納得が出来ない部分もあった。


「というか、蛇処君って、さっきの件でもう運を使い果たしたのでは? 

 蛇処君って、もう不運続きになるだけじゃない?」


 三分の一という確率で死ぬ筈だった、蛇処エルマ。

 その死を回避したのだから、伊織が心配するのも不自然ではないだろう。


 だが、エルマは肩を竦めるばかりだ。


「いえ。

 あれは、ただのイカサマです。

 一寸ズルをしました。

 それをバレづらくする為に、私はあの拳銃の弾丸を、弾倉に戻したのです」


「は、い?」


「ええ。

 平たく言えば、私は二回目の時点で、ハズレを引いていたという事。

 私は既に、死んでいる筈なのです」


「……何だと?」


 やはり意味が分からない伊織は、怪訝な表情になるだけだ。


 だが直ぐにそれがエルマの能力なのだと、気づく。


「まさか、それって――」


「――いえ。

 今は一刻も早く、夢露さんを保護しましょう。

 手早く済ますのが、理想ですね」


 と、ノートパソコンを持ってきたエルマは、パソコンの操作を始める。

 絶阿としては、首を傾げるだけだ。


「んん? 

 一体何をするつもりなのさ? 

 パソコンで、椎田君の居場所を特定できるの?」


「はい。

 今から、警視庁のスパコンを、ハッキングします。

 Nシステムの情報を集めれば、車両がどこに向かったか特定できる筈。

 今は、便利な世の中ですからね。

 車で移動している事と車両ナンバーさえ分かれば、それ位の事は可能です」


「………」


 え? 

 今この少女は、何と言った? 

 警視庁のスパコンを、ハッキングすると言ったのか?


 そんな真似が、十六歳の少女に可能だと?


「それは、普通にできますよ。

 何せ私は、悪女としての教育も受けていますからね。

 あらゆるスパイ技術を習得しているので、これぐらいなら朝飯前です。

 と、どうやら特定出来た様ですね。

 実行犯の車は、北東に向かっている様です。

 では、私達も追いましょう。

 念の為に絶阿さんはここに残って、弥砂さんを守っていて下さい。

 大丈夫。

 直ぐに夢露さんは、連れ戻してみせますから」


 エルマが普通に言い切ると、弥砂はキョトンとする。


「……し、知っていたつもりですが、本当に貴女は只者ではないんですね? 

 わ、分かりました。

 私も自分に危害が及ぶのは嫌なので、ここで留守番しています」


「………」


 この言い草には、流石のエルマも閉口するが、エルマは直ぐに気を取り直す。

 伊織を手招きしながら、店の外に出た。


「え? 

 私も同行するの? 

 神居君が言う通り、何か危険があるかもしれないのに?」


「はい。

 伊織に直感は、時として役に立ちますからね。

 それにこれは伊織にとっても、好機と言えます。

 また高額のお給料を、ゲットするチャンスですよ?」


「な、成る程」


 そう言われてしまうと、伊織としてもエルマの指示に従うしかない。

 エルマはガレージから大型バイクを持ってきて、ヘルメットを伊織に渡す。


 エルマもヘルメットを被り、バイクに乗った二人はそのまま車道に出た。

 バイクを走らせながら、二人は実行犯の車両を追う。


 だが蛇処エルマも深川伊織も――その先に何が待っているかはまだ知らない。

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