第12話

「今日はレベルを上げよう」


鮮やかな翠の芝生、そして静かに流れる空気。昨日と変わらぬ光景がそこに広がっていた。すでにいくつかの地点は地図として記録されている。だが今日は、探索ではなく戦いのためにここへ来た。


「何を倒せばいいか、だよな……」


草原を歩きながら、健太はしばし思案した。狼──あの強敵を思い浮かべるが、少し前の戦いの記憶が、自然と顔を引きつらせる。


「いや、アレは無理。あれはマジで、心臓止まりかけた」


そして思いついたのが昨日の小魚だった。


「ミナリ、だな。1対1ならなんとかなるし、数も結構多かった気がする」


10匹くらいは水面近くで泳いでいた気がする。レベル上げにはもってこいだろう。




***




昨日とは違い、すでに何匹か宙に浮いていた。淡い銀と青の体が輝いている。

幻想的な景色に目を奪われていたが、一匹のミナリがこちらに急接近してきたことで意識が戻ってくる。覚悟を決める間もなく戦いが始まってしまった。


「くそ、行くしかねぇ!」


地を蹴って踏み込み、ナイフを一閃。ミナリは奇声をあげながら抵抗してきたが、勢いで押し切った。


ぷしゅっ、と音を立てて霧のように消えるミナリ。その場に、小さな鱗と魔核が残された。


ポンッ、と音を立ててウィンドウが開く。



【レベルアップ】


【レベル】2

【HP】130/130

【MP】37/37

【ATK(攻撃力)】16

【DEF(防御力)】12

【INT(知力)】13



「マジか……一匹で上がるんだな」


体が軽くなったような気がした。傷の痛みもやや和らいでいる気がする。わかりやすい“ごほうび”に、健太のテンションは少しだけ上がった。


「よし、あと……ん?なんか多くね?」


ひーふーみ……と数えても数え終わる気がしないくらいの魚がこちらを向いている。


「わあ。あと三十匹くらい?」


まるで他人事のように健太はつぶやいた。このピンチから現実逃避をして逃れようとしている。


どれだけいるんだよ、と頭でツッコミつつ、ミナリの群れが突っ込んでくる。これはツッコミと突っ込みがかかって……


「ダジャレ言ってる暇なんてねえわな!」


一匹が先行して飛びかかってきた。反射的にナイフを振るう。だが、完全には捉えきれず、肩口にかすり傷が走る。息を呑む間もなく、次の一匹が斜め後ろから滑空してくる。


「くそ、囲まれてる……!」


無意識に足が動く。跳ねるように地面を蹴り、転がるようにして間合いを取る。群れは一斉には襲ってこないが、代わる代わる、じわじわと追い詰めるように突っ込んでくる。


「落ち着け、落ち着け俺! 一匹ずつ……確実に!」


襲いくるミナリの軌道を見切って、反撃に転じる。ナイフの一閃で、一体が光の粒になった。だがその隙を狙って、別の一体が足元を掠めるように飛び抜ける。


「いってぇ! 足がッ!」


裂かれたズボンの裾から血が滲む。だが、痛みはもうどうでもよかった。アドレナリンが全身を巡り、恐怖を塗りつぶしていく。


「やってやるよ、まとめてかかってこい……!」


次の一匹が突っ込んでくる瞬間、健太は踏み込みながらナイフを突き出す。勢いを殺さず、空中で跳ね上がったミナリをそのまま地面に叩きつける。


「次っ!」


背後の気配に反応して、身を低くして回避。そのまま地面を転がって、起き上がりざまにナイフを振るう。


――カン、と硬質な感触。


ミナリの鱗が、刃をわずかに逸らす。だがナイフの先端が喉元に届き、また一体が光の粒となる。


「まだ……まだいける!」


自分でも信じられない反応速度。無茶苦茶に振るっているだけに見える動きが、なぜか次第に冴えてくる。どこに敵が飛んでくるか、なぜか分かる。体が軽く、呼吸が研ぎ澄まされていく感覚があった。


「レベルアップのおかげ……か?」


冷静になってきた。こいつら直線にしか突っ込んでこないから射線さえ気をつければなんてことはない。


そう気づいてからは、ただの苦行だった。


ひとつ、ふたつ、みっつ──。


かなりの速度で飛び回るミナリに手こずりながらも、地形を利用したり、上から襲ってきた瞬間に草を巻きつけて落としたりと、工夫を重ねて倒していく。


そして、5匹目を倒した時──



【レベルアップ】


【レベル】3

【HP】130/137 [+7]

【MP】37/41 [+4]

【ATK(攻撃力)】18 [+2]

【DEF(防御力)】13 [+1]

【INT(知力)】14 [+1]




「よし……っていうか、これ、マジでキツいな」


危なげなく倒せるようになった途端にアドレナリンが切れた。冷静になってみると疲労が積み重なってきたことに気づく。いくらミナリが一匹一匹小さいし、倒せるとはいえ、あいつらは空を飛び回り、時には群れで反撃してくる。俊敏さも高く、集中力を切らすとすぐ傷を負わされる。


10匹目──。


「はぁ、はぁ……もう10か……」


レベル4に到達するウィンドウが表示されたとき、健太はその場にへたり込みそうになっていた。



【レベルアップ】


【レベル】4

【HP】137/147 [+10]

【MP】41/47 [+6]

【ATK(攻撃力)】21 [+3]

【DEF(防御力)】15 [+2]

【INT(知力)】15 [+1]



「休みたい……HPは減ってないはずなんだけど」


それでも、止まらなかった。


あと20匹。倍だ。


ここでやめたら、たぶんまた何かを逃す。そんな気がした。それに普通に攻撃されてしまう。やるしかないのだ。


――そして、倒した。


一匹、また一匹。途中、危うく背後からの攻撃にやられかけ、転げ回って反撃した場面もあった。ナイフの刃も鈍り始めていた。


そして、20匹目のミナリが霧散した瞬間──



【レベルアップ】


【レベル】5

【HP】147/162 [+15]

【MP】47/57 [+10]

【ATK(攻撃力)】25 [+4]

【DEF(防御力)】18 [+3]

【INT(知力)】17 [+2]


スキル【クラフト(中級)】が解放されました。



「っ……た、倒した……!」


健太はその場に膝から崩れ落ちた。汗まみれの体を芝生が優しく受け止める。


「はは……34匹って、アホかよ……」


それでも、ステータス画面に映る「レベル5」の文字を見て、確かにやりきったという実感が湧いた。


「一匹目と戦い始めた時はそんなにいなかったんだけどな」


悪態をつくように彼は言う。

戦闘開始時には多く見積もっても十匹程度のミナリしかいなかったはずなのだ。一匹目を倒して顔を上げた瞬間の景色はトラウマものである。釣り針の餌の気分ってあんな感じなんだろうな。知らなくてよかった。


ひとしきり感想を言い終え、息が整い始めると、健太はドロップアイテムを集め始めた。

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