第31話 フロイエバウメ

「エルリング! 私、見えるようになったの! エルリング?」


 翌朝、『鑑定』の力を使って周囲の皆のタグを表示させ、声を掛けて回った。足元がちょっと危ういので杖を使っていたけれど、いずれにせよ、みんな驚いていた。


「シャルロッテ、どうしたんだ? 見えるようになったってのは?」


 私は、目の前の『エリック』というタグの人物から、エルリングの声が聞こえて訝しんでいた。


(偽名だったんだ……)


 別に偽名が珍しいわけじゃない。世を渡るために必要なこともある。エルリングは出奔したと言っていたし。ただ少しだけ……少しだけ寂しかった。


「――どうした? 急に押し黙って」

「……ううん。私、魔術を上手く使って皆の立ってる場所が見えるようになったの。それを伝えようと……」


「凄いじゃないか! よかったな、シャルロッテ」

「うん……」


 喜んでくれるエルリングに、その場では精一杯、微笑んでおいた。

 ルーシドは知っているのだろうか。



 ◇◇◇◇◇



 私の気持ちなど関係なく、再び魔族の襲撃があった。魔族はそれぞれ個性があって、同じ花の悪魔フロイエバウメでも振る舞いが異なることもあるけれど、魔王の尖兵として襲撃してくるときはたいてい護りの弱い部分を狙い、人間を皆殺しにしようとする。まるで見せしめにするかのように。


「東の町が襲われてるらしい。数は少ないようだから昨日の連中の生き残りかもしれない。国軍より俺達の方が足は速い。決着を付けに行くぞ」


 応!――と団員がエルリングへ応える。



 団員たちは馬に馬具を結わえていた。私は幽霊馬スティードに乗って皆が準備を終えるのを待っていたが――


 ドン!――と駐屯地の東の出入り口の方で地響きを伴うような大きな音がした。


「なんだ? 何の音だ」

「私、見てきます」


 馬を回して駆けさせた。


「気を付けろよ! 無理はするな!」


 兵士たちのタグを避けるように馬を進ませると、駐屯地の簡易防壁に儲けられたの前に赤い何かが居座っていた。


 花の悪魔フロイエバウメ――のタグが浮かんでいるのが見える。加えて周囲には大勢の人のタグが。ただ、その周辺のタグは動いていなかった。


(まさか!)


 動かない人のタグを確認すると、ほとんどは『昏倒』と書かれていた。


(よかった、生きてる人もいる。――たぶん、花の悪魔フロイエバウメの眠りの吐息ブレスにやられたんだ)


 花の悪魔フロイエバウメ以外の敵は見当たらなかった。単独で攻めてきたというのだろうか。だけど、どうしてわざわざこんな護りの堅い所に……。


 空中へ飛び上がった花の悪魔フロイエバウメは、別の一団の所へ舞い降り、再び吐息ブレスを吐いたのか、それらも昏倒させる。


「あいつか! 何をやってるんだ」――エルリングの声がした。

吐息ブレスです! 皆を眠らせてるんです」


「俺達を町へ行かせないつもりだな。――ルーシド! グタールたち3人残して南門から抜けろ!」

「団長はどうするんだい! その数で足りるのかい!?」


「国軍も居るんだ。仕留めてみせるさ」

「若くないんだから無理するんじゃないよ!」――言いながらルーシドは馬を回したようで、南門へと皆を率いていった。


「グタール、片方の翼を集中して狙え。今度は逃がさない」

「了解、団長!」


 グタールたちは弓士の祝福を授かっていた。3人が斉射すると、空中で次の獲物に狙いを付けていたであろう花の悪魔フロイエバウメにダメージが入る。鑑定結果の上でしかわからなかったけれど、矢が命中したのだ。

 エルリングはというと、突然の襲撃で浮足立つ国軍の兵士たちを奮い立たせ、隊をまとめようとしていた。


「詠唱が! 稲妻ライトニングボルトが来ます!」


 花の悪魔フロイエバウメのタグに稲妻ライトニングボルト詠唱キャストの警告が表示された。こちらへ来ると察した私は、幽霊馬を操ってグタールたちの前に立ちはだかった。


 ドン!――とまばゆい光と共に、衝撃が走る!


「これはいったい……」

「シャルロッテさんが護ってくれたのか!?」


 私は未だ立っていた。魔族の放った稲妻を受けたのに、傷ひとつなく。

 ビームで即死したあの時とは違う! 大きな進歩!


「護りは私に任せて、次を!」


 グタールたちは無事なようだ。私は、まだ削り切られていない障壁をさらに重ねた。


 護りを私に任せると、グタールたちの弓の速射は強力だった。花の悪魔フロイエバウメはやがてと表示され、地上へ落りてきた。すかさずエルリングたちが取りつく!


 グタールたちは、矢を山なりに、しかし勢いを殺さずに射た。弓士の凄い所は、曲射――つまり誘導弾のような正確な射掛いかけを行えるところだった。接敵している味方を避けて、側面や上方から矢を通せる利点がある。


(私も!)


 騎乗したまま花の悪魔フロイエバウメまでの距離をいくらか詰めると、片手を使った詠唱で第1位階の喚起魔術エヴォケーション、『魔法の光弾ミサイルストライク』の詠唱に入った。ただ――


(え……なにこれ……)


 光弾の数が……普通なら1つか2つ。4つも出れば熟練の魔術師のはずが、私の周りには7つの光弾が現れたのだ! しかも詠唱を重ねるとさらに倍の数へと一気に増えた。


 ふよふよと私の周りに浮遊する光弾ミサイルに私は命じた。――敵を討て!――と。


 光弾は花の悪魔フロイエバウメのタグへ一直線に向かう。さすがに相手も気付いたのか、避けようとしたが光弾は誘導される!


 ババババ!――続けざまに光弾の直撃を受ける花の悪魔フロイエバウメ


 エルリングたちのタグも傍に居て、花の悪魔フロイエバウメへのダメージも積み重なっていく。ただ、花の悪魔フロイエバウメは次の呪文の詠唱を始めた。警告は『死の呪文デススペル』だった。






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