第14話 ネルセン領へ

「あの男、若い娘を気にかけている振りをして、味見したらポイか?」


 若くはあったけれど、この辺りの土地柄は早婚が一般的。なんなら地母神――つまり私をこの世界へ転生させた女神さまは15歳の成人と共に結婚して子供を作れと言っている。数えだから日本なら14歳だよ? 若くて性欲旺盛な時期に子供を作れというのは豊穣の女神らしいといえばらしいけど。


「違うの、ジャン=ソール卿はそんな方ではなくて……」


 シャルデラが言うには、ジャン=ソール卿が若くして継いだバリン領と、その南のネルセン領との間で政略結婚が目論まれていて、ネルセンの領主が娘をジャン=ソール卿のところへ嫁がせたいらしい。ネルセンは広大な代わりに山がちで、これといった特徴がない。バリンもそう変わらないけれど、ジャン=ソール卿がガルト領主からの評価が高く、働きの見返りとして領地の発展が約束されている。


「まあ、普通なら平民よりも領主の娘を取るだろうな」

「でもその方、ジャン=ソール卿より14も年上で、未亡人なの」


「あー……」


 なんだか面倒くさそうな話だった。そして、今回の私の課題というのも、その話と無関係では無いように感じられた。


「シャル、私がなんとかしてあげるよ。たぶん、その結婚話にもきっと裏があるはず」


 何しろ、私の課題というのがネルセン領での調査なのだから。



 ◇◇◇◇◇



「何にもない領地でございますね。大きな木も少ないので豚を飼うにも向いておりませんし……」


 馬車に揺られてやってきたネルセンは、山がちな土地で、ゆるやかな丘が幾重にも積み重なったような風景がどこまでも続いていた。そしてどこか蒸し暑さがあった。


「この辺りは長い間、魔族が荒らしまわったのだ。お陰でこの通り森が少ない」


 馬車に同乗していたのは商人のコベン氏。彼は私をネルセンの領主のところへ連れて行くだけの役割で、私が領主の所で何をするかは全く知らない。


 私はガルト領主、スッラーラ卿ロード・スッラーラの臣下、カリマ卿サー・カリマの姪ということになっていた。そのを憶えさせられたのも課題のひとつだった。衣装も全て用意して貰えた。



 ◇◇◇◇◇



 コベン氏と私は領主の館の客間へ通され、お茶を頂いていた。


「ようこそ我がネルセンへ。カリマ卿の勇猛さはネルセンまで聞こえ、武の心得のない私など震えあがっておったが、よもやこのように麗しい姪御が居られたとは」


 満面の笑みを湛えた男だったが、こういう男は苦手だった。気軽に出まかせを言うので言葉に真実味が感じられないのだ。つまり、『鑑定』では嘘と出ていた。


ネルセン卿ロード・ネルセン、エーギル様へご挨拶申し上げます。お初にお目に掛かります。シャルロッテと申します」


 儚げな美少女をイメージして挨拶した。過去、上流階級の娘として生まれたことも何度かあったし、何より昔読んでいた小説には儚げな美少女なんて掃いて捨てるほど居た。


(私は美少女……私は美少女……美少女……)


「まあ、可愛らしいお嬢様ですこと」

「娘のアーゴットだ。シャルロッテはアーゴットに仕えてもらうようになる」

「アーゴット様へご挨拶申し上げます。未熟者ですので、よろしくご指導くださいませ」


 アーゴットの言葉には嘘が無かった。――美少女作戦成功だな!


「実はここだけの話、バリンを継いだジャン=ソール卿との婚姻の話が進んでおってな、ゆくゆくはネルセンとバリン、お互いに支え合える領地となればよいと思っておる」

「まあ! そのような話が……存じませんでした」


「アーゴットも婚姻を前に心落ち着かぬ時期だ。支えてやって欲しい」


 30超えて、しかも再婚なのによく言う――とはおくびにも出さずに、心得ましたと答えておいた。

 その後、エーギルはコベン氏と商談のために部屋を出ていった。



 ◇◇◇◇◇



 ふぅ――と入れ替えられたお茶を頂き、息をく。


「あら?」


 アーゴットが不思議そうな顔をし、そして口角を上げた。

 こちらも何事かわからぬので不思議そうな美少女で応える。


「――シャルロッテはが苦手じゃありませんのね?」

「お茶でしょうか? お茶なら――」


 そう言いかけて思い出した。この世界にはお茶が無い。正確にはハーブティーがお茶に相当するもので、日本茶や紅茶のようなものは無かった。そして今、私がホッと一息ついたのは、日本で居た頃のあの感覚が蘇ったからだった。それは紛れもなく生茶だった。


「――ハーブティーは好きです……」――と誤魔化した。

「ええ。でもこのハーブティーはこの土地の特別性なのよ。外から来た人にはあまり好まれないけど、私たちはこの味が好きなの」


 まあ確かに、酒か果実水くらいしか飲んでない連中に、いきなり生茶を出したらそりゃあ気持ち悪がられる。苦みもそうだけど、この生っぽさは慣れないと無理な気がした。






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