第11話 キサリスいっとく?

「ちょっとシャー! ダメだよ、そんな失礼は!」


 はぁ……――シャルの言葉に思わずため息をついてしまう。


 シャルデラは相変わらずだった。疑うことを知らない。グランの顔をちゃんと見てみろ。本性を現して醜悪に歪んでるのに気づかないのか。


「シャル。こいつはさっきの二人組と仲間だよ」

「いま、知らないって言ったじゃない」


 私が立ち上がってシャルデラの手を引こうとすると、グランが素早く席を立ち、戸口までの行く手を遮る。ああ、そう。実力行使に出る?


 私は水魔法――もとい、小魔法キャントリップ詠唱キャストを始めた。



 3年前、あの吟遊詩人バードが教えてくれたのは水魔法などではなく小魔法キャントリップだった。違和感はあった。水魔法? 火魔法? なんだかラノベっぽいなとは思ったんだ。ゲームでも流行った。四大元素を元にした魔法ってのはラノベの定番だった。


 だけど違う。この世界にはそんな魔法は存在しない。あれは小魔法キャントリップ。そして小魔法キャントリップは魔術の系統を組む魔法。その発動には触媒が必要だった。触媒が無ければ使い手本人の生命力を直接消費する。だから私はあの時、ぶっ倒れた。そして触媒の定番といえばこれだ、香辛料!



 私は香辛料のひとつまみと共に、詠唱を完了する。


「ぶっ飛べ、グラン!」


 シュゥゥゥゥ――火に水を掛けられたような音がして、私のキャントリップは消えていった。


(なんで!?)


 詠唱を間違えたわけじゃない。詠唱を間違えればそもそも何も起こらない。ということは……


「ダメだよ、シャー! 魔法を人に向けちゃ」


 シャルデラだった。シャルデラは私の小魔法キャントリップに対して対抗呪文カウンターの詠唱をして掻き消ブレイクしたのだ。対抗呪文カウンターマジックは簡単でない。相手の呪文を読み解き、同じ呪文を詠唱し、発動した魔法を消せるほど早く詠唱完了しないといけない。


 けれど魔術師メイジの祝福を持つシャルデラなら、私程度を制することは可能だった。


「なんだなんだ? 何の騒ぎだ」

「店の中で詠唱をしたのは誰だ!」

「お前らか、オレの店で騒いでるのは!」


 かくして、私の初めての魔法の見せ場は失われ、店員に加え、オークのようなゴツイ体格の店主らしきオッサンまで引きずり出してしまったのだ。


「シャル…………」

「だ、だってシャーが、グランさんにキャントリップを使おうとするから」


 困った顔をするシャル。別にシャルを困らせたかったわけじゃなくてだな……。


「なんだキャントリップか」

「キャントリップでも同じだ。オレの店で騒ぎを起こそうとしたんだ。ひと晩、牢屋で反省してこい。だれか衛士を呼んで――」

「待った! こっちにも言い分がある」


 店主はギロリと私を睨む。あまりの強面こわもてに、シャルは私の後ろへ隠れる。


「言い分だと?」

「そう、言い分だ」


 私は一歩も引かなかった。これまでの人生、もっと怖いのと対峙したことがある。たぶん……。


「聞かせて貰おうか、その言い分とやら」

「いいともさ。私たちのテーブルの上、私とシャルの席にあるマグの中の葡萄酒。あれにはキサリスが混ぜられてる」


 キサリスってなんだ?――と店員の一人が言うと、店主が――


「キサリスってのはな、酒に混ぜると強烈な眠り薬になる薬草だ。この商売やるなら憶えとけ!」


 たしなめるように、聞いた店員へ怒鳴った。


「――嬢ちゃん、酒場でキサリスがご法度はっとなのは、こちとら百も承知だ。店には持ち込ませねえ。客が持ち込んだならなおさら許せねえが……」


 そう言って店主はグランを睨む。


「僕が? まさか、僕が持ち込んだっていうのか? 調べてみてもいい。ありえない」

「もし、オレの店にそんなものを持ち込むようなら、詰所へ突き出す前にブッ殺してやる」


 ヒッ――とグランが短く悲鳴を上げる。


「いや、キサリスは予め混ぜられて出された。だから、犯人は店員」

「シャー!?」

「冗談じゃねえ!」

「俺たちだっていうのか!」


「へえ、本当に入れてないって言うんだ?」

「当たり前だ!」

「入れるわけねえだろ」

「そもそもそんな薬知らねえ」

「知ってても入れるわけねえだろ」


 私は店員を指さし、その指差した先をそれぞれに向けていった。向けられた店員は殴り掛からん勢いで怒り、否定していたが……。


「あいつだ。あいつが入れた」


 店員のひとりを指さすと、店主の片眉がピクリと上がる。


「本当にその酒にキサリスが入ってるって言うのか? 嬢ちゃん」


 店主が声のトーンを落とし、神妙な面持ちで聞いてくる。


(これは……この店主、意外と信用できるな)


「ああ」

「シャー、本当なの!?」


「本当だよ。だからシャル、次からはもっと私を信用して欲しい」


(面倒くさいのは嫌いだ)


 私はテーブルの上のマグをあおった。






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