第6話 違和感

 なんとなく――或いは第六感とでもいうものは、意外と当たる。それは、深層の記憶が『当たり前』と慣れてしまっている情報の山から『予想が外れた』ことを知らせるシグナルだ。まるで頭の中に、自我とは別の人工知能AIを飼っているかのように。


「村の子供たちはどこへ行ったの? 魔法使いは?」


 近くに居た、知り合いの大人に問いかけた。


「ああ、なんか火魔法を使えるようになったから、兎狩りに行くとか言ってたな」

「みんなで!? 魔法使いも?」


「たぶんそうだが」

「兎狩りって、村の大人がだれか案内について行ったの?」


「まさか。みんな忙しいから――」

「すぐに人を集めて! 人さらいかも!」


「シャー、滅多な事を言うもんじゃ……」

「滅多な事もあるんだって!」


 すっかり平和な暮らしでボケていた。穏やかな村人たちの間で過ごすのは楽だったけど、時代も変わっていく。女神さまが言っていた。帝国は滅び、暗黒の時代に突入すると。帝国の時代でも人攫いはあったんだ。世の中が乱れればもっと増える。


 鑑定――混ざり合った足跡の中、たくさんのタグが現れる。足跡は時間と共に消えたりするので完璧には追えないけど、これだけ大勢の小さな足跡があるなら話は別。


「――私、追うから! 猟師の誰か、呼んできて!」



 ◇◇◇◇◇



 追跡トレースは土が露出してない場所に入ると難しくなる。けれど私の『鑑定』なら追えた。大勢の子供を痕跡無しに移動させるのは難しい。子供たちは気まぐれだし、花を摘み、枝を折る。時にはぐずる。


(おかしい……痕跡が……)


 けど、突然その痕跡から子供らしさが消えた。何の前触れもなく。ただ、その代わり、足並みが揃うようになった。まるで行進でもしているかのように並んでいた。


(ますます怪しくなってきた。おまけにこの手口、やはり人攫いな気がする)


 走れば追いつける。ただまあ、なんというか、私は山村で育った割に体力がない。理由は簡単。要領がいいからだ。大人の知恵がついてしまうと、何かしら楽をしようとしてしまう。何度生まれ変わっても学習せず、体力は付きづらい。



(居た……)


 笛の音が聞こえた。楽し気な笛の音が。二本管の笛を鳴らしながら先頭を歩く使。その後を行列を作ってついて歩く子供たち。


 鑑定――歩く全員の名前のタグが出る。


 先頭を歩く男は吟遊詩人バード。魔法使いなんかじゃない。


 後ろについて歩く子供の中にシャルデラを見つける。シャルデラのスクリーンを見ると『魅了』にかかっていた。それはおそらく、あの吟遊詩人が奏でる音楽――呪歌サームの影響下にある。サームだとかガルドルだとか言ったまじない歌には魔法の力が宿っていて、耳にした者へ力を及ぼす。たぶん、愚者の行進フールズマーチって呪歌だ。


 私はこういうのに掛かりにくいはずだけど、念のため、その辺の草の花を丸めて耳の穴に突っ込んでおいた。完全に音は途切れないけど、鈍くはなる。



 ◇◇◇◇◇



 子供たちの後ろについて機会を伺う。道には詳しくないけれど、凡その地図は頭に入っていた。方角からして、西の丘を越えてから北上し、街道へ向かうのだろう。


 進む先の左手に立ち上がったミントのやぶを見つけた私は、シャルデラの隣まで進んでいく。吟遊詩人は笛を吹くことに手いっぱいでこちらには気付いていない。私はシャルデラの腕を強引に引き、藪へと飛び込んだ。


「(シャル! シャル!)」


 顔を近づけてささやく。頬をペチペチと軽く叩くと、ハッと目の焦点が合った彼女。


「シャー?」

「静かに。――そおっと身体を起こして、そこから顔を出して見て」


 シャルデラに促し、子供たちを見せる。


「人攫いよ」

「ひとさら……!」


 シャルデラの口を右手で押さえる。


「大人たちにも声をかけたけど、追いついて来てなさそう。このままだとみんな攫われる」

「ど、どうしよう!?」


 一瞬、私は悩んだ。今回こそは平和に過ごそうと思っていた。けど、このままでは子供たちが攫われ、村はそれまでの優しい人たちの村ではなくなってしまうだろう。だけど、私がやろうとしていることは、シャルデラの未来まで変えてしまうかもしれない。


「ごめんね、シャル」

「なに? シャー」


「あなたの未来を変えてしまうかも」

「みらい? またわからない言葉――」


「でもみんなを助けたいの」

「うん、私も助けたい」


「だから――シャルデラ、貴女に魔術師メイジの祝福を授けます。女神さまから与えられた才能タレントが、ここに顕現されました」


 ひゅっ――と一瞬、息を飲んだシャルデラ。だけど次の瞬間、彼女はしっかとした眼差しと機敏な動作で身を起こし、ミントの藪から飛び出した。






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