密かなる心 2
「えーと、遥真は……」
新羽は目を瞑って集中し、遥真のあだ名を考える。
「考えるな、感じろ」
増田がプレッシャーをかける。
「はい。えっと……遥真は〝
遥真の特徴と言えば、小さな身体とカールがかった髪、それにあどけない笑顔だ。まさに子羊そのものだと新羽は思う。
「何かわかるわ」
千賀が笑う。
「僕も自分でしっくりきてます」
遥真が嬉しそうに言う。
「ねえ新羽、私は?」
莉乃が輝く目で新羽を見つめる。
「莉乃は〝
莉乃はどんな時も笑顔を絶やさず、新羽を癒やしてくれる。新羽が苦しみや悲しみを抱いている時、その花のように咲き誇る笑顔に何度救われたことだろうか。
「嬉しい! ありがとう、新羽」
莉乃は、新羽の大好きな笑顔でそう言う。
「次は田村だな」
兜森が言う。
「俺はいいっすよ。新羽が考えるあだ名なんて、どうせしょうもないんですから」
瑠希が拒否する。
「瑠希のも考えます。えっと……瑠希は〝
瑠希の特徴と言えば、やはり良くも悪くも生意気なところだろう。同級生だけでなく先輩に対しても自分の気持ちをしっかりと伝えられるのは素晴らしいことだ。しかし、そこに軽侮や嘲笑の念を含ませるのは褒められたものではない。
「ちょっと……いきなり俺だけ悪口じゃん」
瑠希が咳き込みながら言う。新羽の発言に吃驚し変なタイミングで食べ物を飲み込んでしまったらしい。
「ごめん。でも、悪い意味だけじゃなくて良い意味もあるよ」
新羽は釈明する。
「まあ、偏見になっちゃうって最初に言ってたからな」
久藤は瑠希を慰めつつ新羽を庇う。
「新羽、久藤先輩と水瀬先輩のあだ名は?」
遥真が問う。
「えっと……久藤先輩は〝
新羽にとっての久藤は言うまでもなく一番尊敬している先輩だ。だから久藤を表す四字熟語はこの一言に尽きる。そして、そんな久藤の一番の親友は水瀬であり、水瀬はサッカー部一、いや蒼波中一のイケメンなのだ。だから水瀬を表すにはこの言葉がぴったりなのである。
「相変わらず久藤に対する贔屓が半端ないな」
増田がコップにおかわりの牛乳を注ぎながら呆れたように言う。
「相方って……新羽からしたら水瀬先輩はただの久藤先輩のおまけだもんね」
瑠希が腹を抱えてゲラゲラと笑う。
「久藤のおまけならむしろ大歓迎だよ」
水瀬は箸でコロッケを一口大に切り分けながら、瑠希に目もくれずに言う。
「じゃあ、圭介は?」
千賀が尋ねる。
「はい、増田先輩は〝
新羽は増田のことをあまりよく知らない。しかし、新羽の中では「増田と言えば牛乳、牛乳と言えば増田」という構図が出来上がっていた。それくらい増田はよく牛乳の話をしているのだ。
「なんかビミョー。嬉しくない」
増田が不服そうに言う。
「いや、お似合いだぞ」
兜森が鼻で笑う。
「はいはい、そーですか。おい成宮、次は瑞紀だろ? 瑞紀はどうなんだよ」
増田が言う。
「えーと……千賀先輩は〝
恐らく千賀はサッカー部一がさつな性格の持ち主だ。ユニフォームやビブスの畳み方は適当だし、スコアシートはいつも殴り書きだ。現にさっきも焼きそばをかき混ぜながら盛大にこぼしていたし、口調も常に荒々しく口が悪い。
「それは間違いなく瑞紀のことだ」
増田はそう言い、チーズコロッケにかぶりつく。
「よく何でも雑だって言われるんだけど、うちってそんなに雑か?」
千賀は納得がいかない様子で首をかしげ、無意識にゴンッと強くコップをテーブルに置く。その反動でコップに入っていた水が少しテーブルにこぼれたが、千賀はそれに気付いていない。
「よし、ここらで終わりにするか。大して上手くも面白くもねえし」
突然、兜森が創作四字熟語あだ名付け大会のお開きを提案する。
「待ってください。新羽、早く兜森先輩のあだ名考えてあげて」
遥真が早口で新羽を急かす。
「いいよ俺は」
兜森が首を横に振る。
「兜森先輩、もしかして後輩に悪口言われるのが恐くてビビってるんですか?」
増田が笑う。
「はあ? バカなこと言ってんじゃねえ」
兜森が怪訝な顔をする。
「大丈夫ですよ、兜森先輩のもちゃんと考えますから。えーと、そうですね……そうだ、兜森先輩は〝
三年生である兜森はいつも自分に自信を持っていて、どんな時も堂々としている。しかし、新羽たち一年生や二年生に対して無茶振りや無理強いをすることも少なくなく、特に二年生に対する当たりが強い。けれども、後輩である二年生や同級生の三年生から嫌われている様子はないので、きっと悪い人ではないのだろう。それでも、やはり新羽から見た兜森は、ちょっと威張った王様なのだ。
「それじゃあ、次は僕が新羽のを考えるね。新羽はいつもみんなを明るく熱くしてくれるから〝
遥真が得意げに言う。
「テキトーかよ。でもさあ、結局、成宮のは久藤とりののん以外みんな悪口だったな」
増田が苦笑いで言う。
「ああ。随分とナメられたもんだよな」
兜森がむすっとした表情で言う。
「すみません。皆さん、怒ってますか?」
先輩たちの気を悪くさせてしまったのではないかと思い、新羽は恐る恐る尋ねる。
「いいや、誰も怒ってないさ。なあ?」
久藤は優しくそう答え、水瀬のほうを向く。
「ああ、後輩の本音が聞けてむしろ嬉しいかな」
水瀬がいたずらっぽく笑う。
「本当ですか?」
新羽はホッとして明るい声で問う。
「嘘だよ、新羽。騙されちゃダメ。それ、水瀬先輩が大好きな皮肉だよ。水瀬先輩、性格の悪さだけはピカイチだから」
瑠希が箸でペン回しをしながら言う。
「お前の行儀の悪さには勝てないけどな」
水瀬が言う。
「あっそ」
箸を回し続けながら瑠希が言う。
そんな新羽たちのやり取りを見ながら、肥田がふふふと声を出して笑い出した。皆の不思議そうな視線が肥田に集まると、肥田は恥ずかしそうに微笑みながら弁明し始めた。
「僕、君たちか羨ましいんだ。僕は昔から地味で暗くて目立たない人間だったから、そんな風に本音で接して笑い合える友達も先輩や後輩もいなかったから。だから、君たちみたいにキラキラ輝いた素敵な関係がすごく羨ましい」
「もし肥田さんが俺たちと同い歳で蒼波中のサッカー部に入ってたら、きっと良い友達になれてたと思います」
新羽は力強く言う。
「僕もそう思う。そしたらきっと肥田さんは今、僕たち蒼波スピリットの一員として、ここにいるんだよね」
遥真が輝く目を新羽に向け、新羽はうんうんと深く頷く。
「そうかなあ」
肥田は嬉しそうに照れ笑いを浮かべる。
「そうだ、俺、肥田さんのあだ名も考えます。ええと……肥田さんは〝
もしミケが迷い込んだのがこの洋館ではなかったら。もし今日の部活動が定刻まで続けられ、皆でミケを追いかけていなかったら——新羽は今まで起きたすべての出来事に繋がりを感じ、この世のすべてに感謝したくなった。
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