幸運の招き猫 4

 翌日の昼休み、新羽は中庭で一人リフティングの練習をしながら考えごとをしていた。遥真は現在、先日返却された中間テストの結果のことで担任と面談中で不在だ。きっと今頃、頭を垂れて身を小さくしているに違いない。


 結局、瑠希とは仲直りできていなかった。こちらから和解を申し出れば負けを認めたも同然で、それでは瑠希の思うつぼになる、という変なプライドが邪魔をし、素直になることができないでいた。けれども、いつもなら廊下ですれ違う度に声を掛けてくれる瑠希が、今日は新羽たちに気付かぬふりをして、目さえ合わせてくれないのが寂しくもあった。


「あッ、新羽!」


 ツインテールの女子生徒が、まるで太陽のように眩しい笑顔でこちらへ駆けて来る。サッカー部マネージャーの一年生、秋葉あきば莉乃りのだ。新羽と莉乃は小学生のときから仲が良く、彼女がサッカー部のマネージャーになったのも、新羽の誘いがあったからであった。


「莉乃! どうしたの?」


「今、マネージャーの瑞紀みずき先輩のところに行ってきたところ。久藤先輩も見かけたよ。でも、私の近くに女子の先輩いっぱいいたから、恐くて話しかけれなかった」


「久藤先輩、女子から大人気だもんね」


「うんうん。それより、新羽こそ一人で何してたの?」


「ちょっと考えごとしてただけ」


「すごく難しい顔してたよ。何かあった?」


「瑠希と喧嘩したんだ。だから仲直りしなきゃいけないの」


「そっか。喧嘩なんて珍しいね」


「うん。昨日、部活の帰りに一年生のみんなでサッカーしてたんだけど、俺、瑠希に体当たりされて転んで、それに遥真が怒っちゃって……」


「ふーん。でも、瑠希くん、そんな悪い子に見えないけどなあ」

 莉乃は中庭に咲いた紫陽花を愛でながら呟く。


「悪いやつじゃないよ。久しぶりにフルコートで自由にサッカーできて、夢中になりすぎて起きた事故なんだと思う。それに、瑠希の上手くなりたい、強くなりたいっていう気持ちもすごくわかる。だけど、注意されたからって、それに逆切れして遥真を傷つけるようなことを言ったのは許せない」


「そっか。でも、仲直りしたいんなら、どちらかが歩み寄って行かなきゃ」


「わかってるよ。それができてたら困ってない」


「じゃあ、時間が解決してくれるのを待つしかないんじゃない?」


「ダメなんだ。今日の部活までに仲直りしておくようにって久藤先輩に言われてるんだ」


 新羽は、紫陽花の葉に乗ったカタツムリを眺めながら言う。カタツムリは不思議な生き物だ。どこからともなく現れて、マイペースにのろのろ歩き、そして気付いたときには消えている。そんな風に瑠希との衝突も、友情という名の跡だけを残して知らない間に消え去ってくれたら良いのに。


 そんなことを思いながら、新羽がベンチに腰を掛けようとした瞬間、莉乃が「あッ!」と叫び声を上げるので、新羽は慌てて腰を浮かせた。


「いけない! 新羽、次、防災教室だよ。もうそろそろ行かなきゃ!」


 新羽はベンチのすぐ横に立つ時計を見上げた。五時間目の授業開始時刻まで、あと五分。今日の五、六時間目は一年生を対象とした防災教室が体育館で開かれるのだ。そのため、五時間目開始時刻にはきちんと整列が済んでいるよう、一年生の先生たちは朝から口を酸っぱくして言い聞かせていた。


「きっと一秒でも遅れたら、菅原すがわら先生の雷が落ちるね」


 そう、一年生の学年主任である菅原は、蒼波中一の鬼教師なのだ。そして、怒鳴ったときの顔が、京都にある蓮華王院本堂(三十三間堂)の雷神像にそっくりで、おまけに、かつて雷神として祀られた菅原道真と同じ姓であるため、生徒たちから裏でこっそり「雷神」という異名をつけられ、恐れられているのだ。


 そんな雷神・菅原に一年生全員の前で雷を落とされては大変な恥だ。そんなこと絶対にあってはならない。新羽と莉乃は大急ぎで体育館へと駆け出した。

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