第5話 学院の日々1
「まったく。そんな細い腕してるくせに、なんでそんな強いんだよ 」
地面に手をつき、息を荒げながらアルフレッドがレオノーラを見上げた。
「好きで細い腕してるわけじゃないから 」
口の端を上げながら、アルフレッドに手を差し出す。
「はいはい、じゃぁ、ヘバンテスが勝ったんだから相手を変えて次をやって 」
教授が2人に声をかけた。
大剣を使った剣術の手合わせの授業。レオノーラの相手役はアルフレッドだった。大剣は、かなり重さがあり、持ち上げるのですら苦労する。騎士科の中でも手合わせまでできるのは半数ほどもいない。
「アルフレッドは片手で持てる分、もう片方で防御ができるじゃない?私は振り上げる速さを求めたら、どうしても両手持ちになってしまうの。そうすると、無防備になる背後が気になるよ。一振りですごく体力使うし。大剣は1番苦手よ 」
立ち上がったアルフレッドに、落ちていた彼の剣を手渡しながらそう言った。
「1番苦手とか言いながら、クラスで1番強いとか、嫌味にしか聞こえん 」
頭を掻きながら、剣を受け取ってアルフレッドがブツクサとこぼす。
入学から半年、雪の残る鍛錬場で、体から湯気を出しながら黙々と授業が続く。終わると、皆で大浴場に向かった。
「ハァァ、肩イタ。大剣重いわ 」
そう言いながら、ルグレンが湯船で肩を揉んだ。ルグレンは、身長はレオノーラと同じくらいだが肩の筋肉が隆々として
「どうしたら筋肉が上手くつくのかしら‥‥ちっとも体に厚みがないから、いつも力で押し負けそうになるのよね。肉もいっぱい食べてるはずなんだけどな 」
レオノーラは、自分の二の腕を眺めて、むぅっと不服気に口を引き結んだ。
剣術の授業では負け知らずだが、体術になると、うっかり組み伏せられたらなかなか逃れられない。
「レオに言われると全てが嫌味にしか聞こえないから、気をつけなさいよぉ 」
ルグレンの隣から笑いながら声を掛けたのは、カトリーヌだ。レオノーラの三つ上で南のホールセン領の騎士見習いだ。
ホールセンは大きな港を有し貿易で栄える帝国第二の都市で、他の大陸からの出入りが多い。カトリーヌは先ほどの大剣の授業では、戦うより防御を学ぶ側で、この学院へも主に隠密行動や語学を習得することを目的に入学してきていた。騎士科のもう一人の女性、オレインも同じホールセン領から来ている。
カトリーヌは浴槽の淵に腰掛けて、足を組み、首を左右にコキコキと揺らした。美しい胸が目に入り、レオノーラは湯船からのぞく自分の谷間のない薄い胸と比べてしまう。
帝都で祖父と暮らしていた時より、食べる物は格段に栄養価の高いものになったと思う。以前の食事は質素この上なかった。祖父が粗食を好むからだ。アビエルたちに張り合って、量もかなり食べていると思う。
アビエルやアルフレッド、ガウェインたちはこの半年で身長も伸び、体にも厚みが出てきている。食べているものも、運動量も同じくらいのはずなのに、どうして自分は
風呂上がり、下着を着けているとカトリーヌが、
「そういえばレオノーラは、サラシじゃなくてコルセット?みたいなのつけてるよね。簡単でいいね 」
「サラシを巻くほどのボリュームがないから。何もつけないとさすがに胸の先が
「え、珍しい胸当てだなとは思ってたけど、それレオの手作りなの?」
「体が細いから既製品そのままで
へぇぇ、と皆が胸当てを見つめる。
「それって、もっと伸縮性のある素材で作れないかな。サラシって自分で巻いていい感じに締めるの難しいのよ。後ろ手が回りにくいし 」
カトリーヌの言葉に、他の2人もウンウンと
「巻いとかないと動いた拍子にシャツの胸元が弾けちゃうしね 」
今度は、ルグレンの言葉に、またも他の2人がウンウンと
「朝、支度するのに手間取るし、汗かいてちょっと着替えたいと思っても、汗だくのサラシまで巻き替えられないから困るのよね。これだとすぐに付け替えられていいね 」
あぁ、なるほど、とレオノーラは思った。
「じゃぁ、みんなの分も一度試作品を作ってみようか?なるべく伸縮性があって強度のあるもので考えてみるね 」
その言葉に、え!ホントに?と3人はひどく喜んだ。
・・・・・・
夕飯の後、広間から寮までの回廊をアビエルと歩きながら、聞いてみた。
「アビエル様は、伸縮性があって強度のある生地って何か思い当たりますか?包帯でもいいんですけど、ちょっと強度が弱いんですよね 」
「強度か。素材としては絹が強いだろうな。ただ、伸縮性を持たせようと思ったらどう編み方を考えないとな。それなら
「なるほど。アビエル様、なんでそんなにすぐにぴったりのアイデアが浮かぶんですか。すご過ぎます。素晴らしいです。さすがですね。ありがとうございます 」
いいアイデアを貰って嬉しくてアビエルを褒めちぎった。せっかくなので、素材から糸を編んで作ってみようと思い立った。祖父の血だろか、新しいものを作り出すのはウキウキして楽しい。
「ところで、それを何に使うんだ?」
「胸当てを‥‥」
言ってしまってから、男性であるアビエルにそんなあけすけな話をして良かったか一瞬、
「確かにサラシを巻き替えるのは大変だな。怪我をして1人で包帯を巻き直すのは苦労する 」
そんな話をしながら、ちょうどアビエルの部屋の前までたどり着いた。
「レオ、そのお前の着けている胸当てを見せてもらうことはできるか?」
思いついたようにアビエルが言った。
「もっといいアイデアが浮かぶかもしれないし 」
「わかりました。部屋から洗い替えを取ってきますね 」
そう言って自室に向かおうとすると、
「いや、できれば着けている状態を見たいのだが 」
アビエルが顔色ひとつ変えずに言う。
「私が着けているのをですか?」
そう答えているうちに、なんとなく促されてアビエルの部屋に一緒に入ってしまった。
普段から、食後にアビエルの部屋で、お茶を飲むことも多いため、部屋には入リ浸っているが、二人きりで胸元を
「そうだな、胸元を
なるほど、どのように装着するものか知りたいのか、と思い至り、恥ずかしがった自分が逆に
「いいですよ 」
そう
「前と同じ幅でまっすぐにすると、肩甲骨の動きを妨げてしまうので、後ろは前に比べて少し細くしてあるのです。その分生地を重ねて強度を持たせているので、腕を振っても妨げはありません 」
髪を前に持ち上げて、背中がよく見えるようにしてアビエルの前に立った。
背後を振り返ることができないので、黙って見ているアビエルが、何かを発するまで待った。その時、そっと右脇腹の胸当てと肌の境目のところに触れる指を感じた。縁を滑らせるように触れるその感覚に、信じられないほどの
「‥‥なるほど、この肌と接しているところが少し
アビエルの声を首筋の近くで感じ、声とともにその息がかかった。返事をしようと思ったが、うまく声を出せる自信がなかったので、コクコクと首を縦に振った。
アビエルが離れていく感じがあったので、もういい、とは言われなかったが、そそくさとシャツを上げボタンを留めてズボンの中にたくし込んだ。ボタンを留めている間に少し落ち着いてきた。
「ありがとうございます。見ていただかなければ気づきませんでした。縁取りをすれば強度も上がりそうですし、汗とりにもなりそうです。どういう素材にするか検討してみますね 」
振り向くとアビエルは背を向けて、いつものようにテーブルにあるティーセットでお茶の用意をしていた。
「私も何か良い素材の組み合わせがないか考えておくよ」
そう言うアビエルにもう一度礼を言いながら、
「そういえば今日、大剣の鍛錬で‥‥」
と話題を大剣の時に感じた剣の受け方に変え、その後はいつものように色々な雑談をして夜を過ごした。
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