第9章 浸食された正義
──国家管理棟・最上階。
ゼイン・アルヴェインは、制御卓の前に静かに立っていた。
眼前には、国家運営を支える巨大なステータススクリーンが広がっている。
都市機能、生産ライン、エネルギー供給、人口動態、次回国家適性試験シミュレーション──
無数のインジケーターが、青一色に光り続けていた。
国家機能は、限りなく安定している。
通常ノルマ未達成者には、今までより過酷なペナルティが課されている。
――強制労働
自由を重んじるリベルノートでは、通常ありえないペナルティだ。
その強制労働の進捗もまた、安定している。
リベルノートは、今、完璧だった。
彼の手によって、より純粋な成果主義へと進化を始めている。
ゼインは、それを疑わなかった。
「……これが、あるべき国家の姿だ。」
微かに呟き、無機質な制御卓にそっと指を触れる。
かつて、ここには全ての指導層が常駐していた。
いかなる非常事態にも即応するため。
だが今は違う。
ルカノのリスク判定により、【ゼイン一人のみが常駐する体制】が選ばれた。
国家の安定性が向上したと判定されたことにより、指導層の常駐義務が撤廃されたのだ。
それが、自ら加えた微細な是正の”成果”であることを──ゼインは疑いもしなかった。
ゼインは信じている。
この国を導くのは、選ばれし者の責務であり、誇りであり、宿命だと。
......私は、間違っていない。
......リベルノートは、より強く、美しくなる。
スクリーンに映る様々なデータを見つめながら、
ゼインは静かに、次なる進化を思い描いていた。
――
突如、制御スクリーンにアラートが点滅した。
【防衛システム作動──侵入兆候検知】
......無許可の者が、この管理棟に入ろうとしている?
ゼインは眉をひそめ、即座にスクリーンを確認した。
防衛システムは、ゼインが指導層になった直後、最優先で導入したものだった。
"国家の心臓"への侵入を阻止するために設計された、究極の防壁。
万が一にも、ゼイン以外がルカノに干渉することを防ぐために。
──カイル・レイヴァン。 ふと、かつての指導層の顔がゼインの脳裏をよぎる。
......奴なら、異変に気付くかもしれない。
だが──
この防衛システムを突破することなど不可能だ。
物理的に破壊でもしない限り突破できない。
そして、国家資産を破壊するという”悪意”を持った瞬間、 マイクロチップによって即座に検知される。
仕組みは、完璧だった。
ルカノも認めた。
ゼインの国家は安泰だ。
──そのはずだった。
制御用スクリーンの表示が、警告音とともに切り替わる。
【防衛システムα:ダウン】
【防衛システムβ:ダウン】
【防衛システムγ:ダウン】...
赤く染まるログ。
次々に破壊される防衛システム。
チップの検知アラートは一つも出ていない。
ゼインは冷静を装いながら、指を走らせ
マイクロチップモニタリングシステムに再接続を試みる。
――異常なし。
リアルタイムでのログ改竄の様子もない。
マイクロチップの監視網は、正常に稼働している。
ならば──
悪意を持たずに、破壊したのか?
──そんな馬鹿な。
国家資産の破壊は、重大な成果侵害だ。
破壊という行為それ自体が、意識した瞬間に悪意判定される。
それを検知できないなど、ありえない。
ゼインは制御卓に身を寄せ、侵入者の映像フィードを開く。
スクリーンに映し出された姿と氏名──
カイル・レイヴァン
サヤ・ウィステリア
リオン・セオラス
ジン・クロフォード
ゼインはその名を、無意識に心の中で反芻する。
......カイル・レイヴァン。やはり貴様か。
......しかしなぜ、チップが作動しない。
ゼインは国民データベースにアクセスし、侵入者の記録を走査する。
──その中の一文で、思考が一瞬止まった。
――リオン・セオラス。下位層。チップ装着拒否者。工業第七区:生産ライン従事。
――行動ログレポート:異常行動なし。
......チップ装着拒否者――
「国家の施しを受けぬ愚か者が、国家資産を破壊したのか!!!」
怒りのあまりに声を荒げる。
ゼインの咆哮が、静かなフロア内に反響する。
ゼインはすぐに深く息を吸い、わずかに目を閉じた。
......怒りに飲まれるな。
......私は──この国家を導く存在だ。
静かに、呼吸を整える。
指先を制御卓に添え直し、冷徹に状況を整理する。
事実──
・侵入者は4名。
・防衛システムはリオン・セオラスによって突破された。
・残る3名はチップ装着者であり、未だ悪意検知なし。
・能力的に、元指導層であるカイル・レイヴァンを中心に行動している可能性が高い。
そして何より──
・彼らは、直接ここに”国家の心臓部に”辿り着こうとしている。
ゼインは素早く、次なる防御態勢を構築するためのコマンドを叩き込んだ。
管理棟高層階は指導層専用の認証エリア。
多重のセキュリティゲートが奴らを足止めするはずだ。
だが──それすらも、今は完全とは言い切れない。
スクリーンに表示され続けている国民データベースに視線を送る。
――ジン。クロフォード。下位層。第十二インフラ整備班所属。
――追加ノルマ達成率:90%
ゼインはさらに端末を操作し、第十二インフラ整備班の直近業務内容を確認する。
――第十二インフラ整備班
――業務指示:管理棟ゲート補強
......補強作業の過程で、設計図を目にしたはずだ。脆弱性も知り尽くしているだろう。
「……ここまで来るのならば。」
ゼインは低く呟く。
「この手で、直接排除するまでだ。」
リベルノートを、強くするために──。
ゼインは立ち上がり、映像フィードを真っ直ぐに見据えた。
最後のゲートが今、突破されようとしている――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます