第22話 姫ヒロインにはライバルがいる?

「く、屈辱だよ……」


 学校からの帰路――


 前を歩く姫川は、スカート越しに自分の尻を押さえている。

 わざとだろうが、ヨロヨロとよろめいてさえいる。


「ま、まさかお尻に三発もヤられるなんて……」

「手で三発ひっぱたいただけな?」

 人に聞かれたら俺がド変態だと思われる。


「一応言っておくが、姫川が『もっと強く!』『もっと強く!』っておかわりを要求してきたんだぞ?」

「うっ……そ、そうだけどさ」


 ちなみに力加減は一発目から三発目までほぼ同じだ。

 むしろ、三発目が一番弱かったまである。


 俺が要領を覚えて、加減しつつ音だけパァンと高くなるように叩いたのだ。

 不器用なくせに、変なことだけ上手いらしい。


「でもあたし、まだお尻をヤられただけで、他は無事だから。姫川紗沙は綺麗な身体です」

「そうか、よかったな」


 俺の返事はシンプルすぎるかもしれない。

 姫川はあの手この手で誤解を招こうとしてくるのにな。


 そんな話をしながら、靴箱で靴にはきかえて校舎の外へ――


「あらあ?」

「げっ」


 そこにいた女生徒が振り返り、ニコッと笑って。

 対照的に、姫川はぎょっとした顔になる。


「き、貴咲きさきせんぱい……」

「姫川じゃない。ちょっと久しぶりねえ?」


 俺たちの前にいる女生徒は、長い髪をピンクに染めている。

 小柄で顔も子供っぽいが、とんでもない美少女だ。


 ブルーのだぼっとしたカーディガンにミニスカート――というかスカートが短すぎるのかカーディガンが長すぎるのか、スカートがほとんど見えない。

 それになにより――


「おい、姫川。おまえの知り合いか? ツインテールだぞ……正気か、あの人?」

「そこの一年! 聞こえてんのよねぇ!」

「あ、すみません。先輩……なんですよね」


 しまった、初めて見るリアルツインテールに驚いて失礼なことを。

 俺だってツインテールくらい知っているが、現実にそんな髪型にしている人間がいるとは。


「そうよ。二年の貴咲美亜みあ。ていうかあんた、美亜を知らないの?」

「知りませんでしたね」

「くっ……! ま、まだそんな生徒がいたなんて! ウチの部下たちはちゃんと宣伝してるの!?」

「…………」


 部下?

 この人、先輩とはいえ高校生なのに部下を持ってるのか?


「じゃあ、俺たちは失礼します」


「ちょっとーっ! なに帰ろうとしてんのよ、一年男子!」


「あ、貴咲せんぱい、この人は岸衛司くんって言って……」

「なに、姫川。あんた、カレシつくったの? 姫の自覚がないわね?」


「先輩といえども失礼ですね。人のことを姫川のカレシ呼ばわりなんて、失礼すぎますよ」

「本当に失礼だよ、衛司くん!」

「なんなの、あんたら」


 貴咲とかいう先輩は、呆れた顔をしている。


「あの、せんぱい? 衛司くんは本当にカレシとかじゃなくて。ただ、お尻を捧げてる関係というか」

「おっ、お尻っ!?」


「こいつ、虚言癖があるんです、先輩。おきになさらず」

「虚言にしたって突拍子もなさすぎでしょ……」


 ちっ、この先輩、見た目によらず頭は悪くなさそうだ。

 もっと簡単に騙して丸め込めれば助かるのに。


「カレシじゃないにしたって、こんな遅い時間に二人で下校してるんだから。普通の関係じゃないよねえ?」

「普通じゃないのは姫川だけですよ」

「うーん……」


 貴咲先輩は、とてとてと俺たちのほうに歩いてきて――


 じとっ、と俺を見上げるようにして眺め回してくる。

 小柄なので、完全に俺が見下ろす体勢になってしまっている。


「姫川の隣にいて、浮かれもせずにそんなに冷静なんて……あんた、ちょっとおかし――って、なにしてんの!?」

「あ、すみません。思わず」


 俺は貴咲先輩のツインテールの結び目を掴んで、持ち上げてしまった。


「あまりに見事なツインテールすぎて、付け毛かなにかかと」

「自慢のツインテに勝手に触らないで!」


「ごもっともですね。姫川、二人で頭を下げよう」

「あたし、なんもしてないけど」


 ちっ、姫川も流されなかったか。

 この貴咲先輩、姫川に含むところがありそうなんで、姫川が頭を下げれば機嫌が直るかと思ったのに。


「で、姫川。本当にこの人とは――どういう関係だ?」

「えっとね、あたしが一年の姫なら、貴咲せんぱいは二年の女王って感じ」

「姫と女王……」


 ウチの学校は王制が敷かれてるのか?

 国王陛下とか伯爵閣下とかもいるのか?


「貴咲せんぱい、カーデでわかりにくいけど、すっごいおっぱい大きいんだよね」

「へぇ」

「ちょっと、姫川! いらんこと言わないでよ!」


「あ、サーセン。でも、一年の男子たちも貴咲せんぱいのおっぱいは、いっつも褒めてます」

「う、うるさいって。おっぱ――胸なんて大きくても嬉しくないの!」


 貴咲先輩、偉そうな割にエロいネタが苦手そうだ。

 ふーん、身長は155あるかどうかか?

 こんなに小柄なのに胸は大きいのか……。


「前に、男子たちがコソコソ話してて……えーと、なんだっけ。貴咲せんぱいにしてほしいことがある、みたいな話してました」

「美亜にしてほしいこと……?」


 あ、嫌な予感がするぞ、俺。


「なんだったかな。あたし、聞いたことない単語で。あ、確かパイズr――」

「貴咲先輩、失礼します」


 俺は姫川の口を手で塞ぎ、手を引っ張ってさっさと歩き出した。


 これ以上、この先輩と会話を続けるのは危険だ。

 俺まで巻き込まれてヤケドしかねない。


「姫川! あと岸くん! 今度、ちゃんと挨拶に来なさいよ!」

「はいはい、後日伺います!」


 後ろから聞こえてくる先輩の声に、一応返事をしておく。


 挨拶ってなんだ?

 ヤンキーの上下関係みたいなものを求められてるのか?


 姫川と出かける前に、さらに面倒そうなイベントが積み上げられるとは。

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