第20話 姫ヒロインは店番したい②
「あ、オススメはこちらの塩バターどら焼きですね。かすかにしょっぱい塩バターがあんの甘みを引き立ててくれるんですよ。こちらの大福は甘さが強めですが、お抹茶と一緒にいただくとお茶の苦みとの相性がバッチリです!」
「…………」
初見の客に、姫川がべらべらと説明している。
俺、特に商品のアピールポイントとか教えてないんだが……。
なんでこんなに立て板に水みたいに説明できるんだよ。
なんなら、俺より上手いくらいだ。
「あ、いらっしゃいませー」
初見の客が帰り、すぐに次の客が入ってくる。
「あら、新しいバイトさん?」
「はい、よろしくお願いします!」
「元気でいいわー。可愛いバイトさんね」
「いえ、とんでもありません。まだ不慣れですけど頑張ります!」
「…………」
この人、あまり店に来ない俺でも見たことがある常連さんだ。
というか姫川はいつバイトに入ったんだ、一時的な店番だろ。
「せっかくだから、今日はバイトさんのオススメをいただこうかしら?」
「今日の苺は特に新鮮で美味しいですよ! いちご大福、オススメです!」
さっき、どら焼きと豆大福をすすめてただろ。
「あら、私、いちご大福が一番好きなのよね。じゃあ、三ついただこうかしら」
「はーい。衛司くん、お願いします」
俺は無言で頷き、商品をショーケースから取り出す。
店の手伝いはほとんどしない俺でも、さすがにこのくらいの作業は仕込まれている。
不器用だが丁寧にやれば、商品を包むくらいは誰でもできる。
「え? あ、ここの子? 久しぶりね、大きくなったわね」
「ご無沙汰しています」
「いやー、あなたお祖父さんにそっくりね」
「あはは」
俺も愛想笑いくらいできる。
姫川への塩対応はクラスメイトが相手だからできる芸当だ。
一応、俺も常識くらい身につけてるからな。
「ねえ、もしかして、二人はお付き合いされてるとか?」
「いえ、この人は今日だけのバイトなんです。明日にはいません」
「ちょっと衛司くん! もうちょっと言い方あるよね!」
「ふふ、仲が良いんじゃない。おかみさんも接客一人で大変そうだし、若い人が店にいるとおばさんも嬉しいわー」
常連客さんは、満足した様子で帰っていった。
客というより親戚のおばさんみたいだったな……。
「あたし、バイト初めてなんだけど楽しいね。才能あるかも?」
「クラスの男女だけじゃなくて中高年にもウケがいいんだな。恐ろしい……」
「あたし、コミュ強の姫だから。衛司くん、最近忘れてるみたいだけど」
「忘れちゃいないけどな――っと、いらっしゃいません」
「いらっしゃいませー」
今度は、若い男性客二人だ。
店に入った途端、明らかな動揺が見えた。
「ど、どうも……」
「えっ、あ、うん……」
なにかブツブツ言ってるし。
小さい和菓子屋に入ってみたら、制服にエプロンの女子高生がいて、しかも並外れて可愛い――
驚いて当然だな。
「…………」
姫川はニコニコ笑うだけで、話しかけようとしない。
なるほど、客たちが動揺してるから無理に声をかけずに笑顔で見守るわけか。
「あ、あの、このどら焼き二つと――」
「はい、ありがとうございます!」
姫川は笑顔のまま、客の注文に応えている。
愛想の良さに期待していたが、予想以上かも。
それから、一時間ほど経って――
「ごめん、ごめん、用事が長引いちゃったわ。姫川さん、衛司、ありがとう」
母さんが慌てた様子で店の裏から入ってきた。
「あら? ずいぶん商品売れたのね?」
「はい、お客さんみんないっぱい買ってくれて。あ、無理にすすめたりしてないですよ」
「ふふ、オススメしても全然よかったのに。若くて可愛い子が相手だと、財布の紐が緩むのかしら。これは事業拡大のチャンス……?」
「店員を変えたくらいで儲かったら苦労はないだろ。姫川、お疲れだったな。母さん、あとよろしく」
俺は姫川を連れて、事務室に戻る。
姫川はエプロン姿のままで、スツールに腰を下ろした。
「接客、楽しかったけど大変だね。お母様、毎日あれやってるんだ。凄いね」
「だから、お母様じゃ……まあ、慣れてはいても大変だろうな」
俺も店番くらいは手伝おうと思ってるんだが……。
ただ、母はあれで接客を楽しんでるみたいだからな。
「でもさあ」
「うん?」
「お客さんにチヤホヤされるのも気持ちいい……クラスの子たちに姫扱いされるのとはまた違う快感があるね……」
「……それはよかった」
「で、シフトはどうやって入れたらいいの?」
「ナチュラルに働こうとするな」
「でもお母様にも気に入ってもらえたし、お客さんにも好評だったよ!」
「そこが困るところなんだよな……」
もうお母様呼びは放っとくとしても、接客ができていたのが面倒だ。
「仕方ないな。バイト代は振り込みなんだが、口座を教えてもらえるか?」
「え? バイト代?」
ウチでもたまにバイトを雇うことはあり、さすがに現ナマ手渡しではない。
二時間も働いてないが、計算は適当でもいいだろう。
「待って、衛司くん。姫が労働をするとでも?」
「そういう問題なのかよ」
「お金はいらないよ。友達の家のお手伝いをしただけだもん」
「良い子!」
「わっ」
突然、事務室のドアが開いて母さんが入ってきた。
「姫川さん、もうウチの子になったら? 一緒にきしやを盛り立てていこう!」
「お母様ぁ!」
「この二人、どうしたらいいんだろうな」
姫川だけでも母だけでも手に負えないのに、コンビを組まれてはな。
「あ、姫川さん。バイト代いらないなら、せめてこれくらいは持って帰って。お店のもので悪いんだけど」
「わっ、あんバターどら焼きに普通のどら焼き、塩豆大福に苺大福、みたらし団子も! 全部大好物です! 一人でぺろりです!」
「しかも和菓子好きとか……ウチの息子がこんなんじゃなければ、嫁にもらうのに!」
こんなんで悪かったな。
あと、そんなに食ったら100パー太るからな?
「姫川、もう外も暗くなってきたし、帰ったほうがいい。送るから」
「あら、ウチの息子がそんな気の利いたことが言えるようになったのね」
「母さん、俺への評価が低すぎないか?」
女子を家まで送るくらいの気遣いはできる。
ウキウキで和菓子が詰まった紙袋を手に持った姫川と店を出て歩いて行く。
「衛司くん、駅まででいいよ。さすがに家まで送ってもらうのは悪いし」
「いや、家まで送る。ウチの和菓子が無事に持ち帰られたか、確かめたい」
「あたしの身を案じて!」
「さすがに冗談だ」
姫川はやたらと目立つ女子だからな……一人で帰らせるのは不安だ。
ウチでバイトしてもらった帰りになにか事故が起きても困る。
「それに、今日は撮影会で疲れたんだろ」
「あ、そうだった。なんか楽しくて忘れちゃってた」
姫川は、あははと嬉しそうに笑っている。
その忘却力……便利で羨ましい。
「真面目な話、またバイト行きたいなー。和菓子屋さんで働くとか、あたしにはご褒美すぎる」
「まあ、母さんに訊いておこう。忙しい時期はマジで人が足りないからな」
「やったっ、タダでいいからあたしの身体、好きに使ってねっ♡」
「…………」
姫川が俺の腕に抱きつくようにして、誤解を招きすぎる台詞を口走った。
ドツくべきかな……。
「衛司くんも我らがきしやを盛り上げるために働いてね」
「おまえの違う。一応、手伝う気はあるんだがな。たまに、他の店の偵察にも行ってるんだよ」
「へぇ、偵察。それは面白そうだね」
あ、しまった。
まったく言わなくていいことを口走った。
「じゃあ、決まりだね。次の日曜、二人で偵察に行こう!」
「…………」
そうなるよな。
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