第15話 姫は騎士に守られる②
「気がついたようだね?」
「三日も寝てたゴッコするな」
わかりにくいわ。
素手で打球を受け止めただけで、ベッドに寝かされている俺。
ベッドのそばには、姫川紗沙が立っている。
この姫川が俺を保健室に連れ込み、有無を言わせずベッドに寝かせてきたわけだ。
「保健の先生って、用があるときはいないんだよね、なぜか」
「別に狙って不在なわけじゃないだろ」
保健の先生もいろいろ忙しいんだろう。
「というか、マジで俺がベッドで寝るのは意味がわからん」
「あ、そうか。じゃあ保健の先生に代わって、あたしが治癒してあげる」
「治癒言うな」
ゲームか?
「えーと……あ、これこれ! 前にあたしもやってもらったんだよね」
「なんだそれ……って、冷却スプレー?」
姫川が戸棚から勝手に持ってきたのは、どこでも売ってるような冷却スプレーだった。
「中学のときに男子と野球やってて、ボールをお尻にくらったことあってさあ。友達がこれ吹きかけてくれたんだよね。あれは気持ちかったー……」
「うっとりするな」
冷却スプレーは打撲や捻挫の応急処置をするもので、快感を得るものではありません。
「あ、衛司くん、お手々出して」
「お手々言うな。赤ん坊か」
文句を言いつつもベッドで身体を起こして、右手を差し出す。
少してのひらが赤くなっているようだった。
「腫れなきゃいいね。はい、しゅー」
シューッと姫川がスプレーを吹きかけてくれる。
これは確かに気持ちがいい。
「でも尻にかけて喜ぶためのもんじゃないよな」
「よ、喜んでたわけじゃ……ないよ?」
「ホントかよ。ああ、もういいぞ」
「そう? じゃあ、次はあたしね。実はさっきの打球がお尻をかすってて」
「かすったとしても、尻はないだろ」
正面から飛んできた打球が、どうやったら尻をかするんだ。
「ちぇ、バレたか……なんか他に気持ちよくなれるものないかな? 保健室だし、なにか……」
「やめろやめろ。快感をむさぼろうとするな」
「わかったよ。衛司くん、こんなときでも甘やかしてくれないんだから」
「俺が甘やかしてもらう場面じゃないか?」
「あっ、甘やかしていいの? よし、任せろ!」
「そういう意味では……」
しまった、余計なことを言った!
「毎日甘やかされてるあたしは、甘やかすことも知ってるからね! 衛司くんがいっちゃん気持ちよくなれるのは――」
「は? おいおい」
「気持ちよく――ダ、ダメッ! そういうのはあたしたちにはまだ早い! ダメだよ、おっぱいをそんな風に使ったりしちゃあ!」
「なにを口走ってるんだ……」
どんな妄想をしてるんだ、姫川は。
「じゃあ、添い寝」
「え?」
「添い寝してあげる。やっぱ傷ついて寝込んだときは、可愛い子が一緒に寝てあげるのが一番だよ」
「どういう発想だ……?」
別に傷ついて寝込んでないし、俺。
姫川に押されてベッドに寝転ばされ、さらにその姫川も俺の横に滑り込んでくる。
Tシャツに短パンって薄着すぎる格好で密着してきやがったな……。
大きな胸が俺の腕に当たって、むにゅっと潰れている。
もうそのくらいでは動揺もしない自分に驚くな。
「あのさあ、衛司くん」
「ん?」
「さっきさ、“サシャ”って呼んだよね?」
「いいや、呼んでないな」
「真顔で嘘ついた! 打球を止めたとき、サシャって呼んだ! 録画もある!」
「ねぇよ。おまえこそ適当な嘘つくな」
いや、意外と体育にまでスマホ持ち込んでる馬鹿はいるし。
姫川にずっとスマホのカメラ向けてる奴はいそうなので、録られてるかもしれない。
SNSに上げられたら終わりなので、録画した奴がいないか探しておくべきかも。
「別にサシャって呼んでいいのに。男子もけっこう呼んでるし」
「いや、遠慮しとく」
「即答で断られた! 衛司くん、全然距離が縮まらない!」
「縮める必要あるのか?」
「ん? んー……一生守ってもらえるわけだから、遠いままだとなあ」
だから、一生とは言ってないだろ。
「あたしも、誰にでも守ってなんて……言わな……すー……」
「おい、寝るな」
「痛っ!」
ぺしっと姫川の頭を叩くと、すぐに目を覚ましてくれた。
「そこは、眠りに落ちた乙女を優しく見守るところじゃないの!?」
「二人で寝てるところに保健の先生が戻ってきたら、最悪停学だ。これも姫川を守るためだ」
「な、なるほど。さすが衛司くん、さすえいだね」
「略すな」
姫川も扱いやすくて助かる。
頭叩かれても、すぐに機嫌が直るからな。
「というか寝付きがよすぎる。姫川、教室で居眠りとか……してないよな?」
「しないね。だって、寝顔はコントロールできないもん。不細工な寝顔とか人に見せたらヤバヤバ。あたしの姫生活が終わる」
「姫生活ってなんだ……」
「だから人前で絶対寝られないし、家でも明日はどんな姫スマイルを振りまこうとか考えて、あんま寝られないんだよね」
「なんて不健康な……」
「でも今は、すうーっと寝られたなあ。もしかして衛司くんがいるから?」
「疲れがたまりすぎてるんじゃないか?」
最近、俺の塩対応が足りないんだろうか?
疲労回復が急務なんだろうか?
「あ、じゃあさ、衛司くん!」
「ん?」
「今夜、一緒に寝よ!」
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