良子、したたかな子 Ⅱ

 こちらは得物を有し、あらゆる角度から攻め入るが、ミスターラジオは闇雲に掴み掛かってくるだけ。挙動も見え透いており、両腕を斬って捨てることなど容易に思えるほどで、それが却って不気味だった。

 ミスターラジオは狂人だが、決闘の心得はないと断じられる。あまりに隙だらけだ。

 まるで、斬られても良いくらいに。

 良子は隙を見つけても踏み込めず、互いの体が衝突する寸前で右に避けた。すれ違い、振り向くと、ミスターラジオは下劣な笑みを浮かべていた。

 そして、すぐさま掴み掛かってくる。

「甘い!」

 同じ。故に埒が明かず、今度は迷わず斬った。ミスターラジオが、おそらく首を絞める気で伸ばした両手を躱し、下から上へ振り払い、両の腕をまとめて断った。ミスターラジオは絶叫し、両腕の断面から常人と同じ色のものを多量に撒き散らした。

 手応えはある。それにこちらの方が上手。しかして未だに不気味から脱せずにいた。

 ミスターラジオは壊れるくらいに叫び、痛い、痛い……と嘆く。

 というのに、次の瞬間には豹変し、ニヤッと笑みを見せた。良子はゾッとした。

 予想はしていたし、その通りだった。ミスターラジオは元の腕を地面に残したまま、新たな腕を断面に生やした。

(やはり、再生するのですね)

 おそらく全身、どれを捌いても再生してくる。では、どうすればこの男を仕留め切れるのか。剣を構えて探るも、明確な答えは浮かばず、ミスターラジオも懲りずに突っ込んでくる。優勢だが、これは持久戦だ。このままではこちらが先に疲れ、悍ましき手に捕まることだろう。そう思いながらも良子は何度も捌きを繰り返した。

 良子にも隙が出てくる。油断したわけではないが、ミスターラジオも、両腕を、胸を、首を裂かれ、再生するたび学習し、良子の軌道や癖を段々と覚えていった。いくら手練れでも一振りの得物を頼りに立ち回る以上、いずれは捕まってしまうのだ。

 足場も悪くなっていく。屋上に赤い水溜まりが広がり、滑りやすくなっている。ミスターラジオは転んで斬られても構わないため気にしないが、生身の良子は最新の注意を払う必要がある。

 遂にローファーが滑り、前に転びかけると、その刹那にしくじりを感じた。辛うじて掴みは回避できたが、右の頬に重い拳が捩じ込まれた。

「ブッ!」

 良子は頭部に受けた衝撃のまま後ずさり、腰から落ちるも、慌てて立ち上がった。最初の位置と入れ替わり、最奥の手すりに背中を預けた。追撃はなく、ヒリヒリと痺れる頬を押さえながら睨むと、正面にある脅威も同じように首を曲げていた。

「おかしいな。殺すつもりで殴ったのに、顔面パンチで収まっている。何故? 殺す覚悟が足りなかったか? 彼にはまだ及ばないということ?」

 辛うじて人型ではあるものの、人型の血溜まりでしかなくなった男がブツブツと呟く。怪訝に思うも、追撃があるとまずかった良子は九死に一生を得るようだった。

 殺すつもりと言うが、これくらいならあと三発は耐えられる。良子には本当にそのくらいの痛みで、プッと吐いた血反吐も僅かな量だった。

「まあいい。いずれは死ぬだろう」

 直後、背後から四体ものタコ脚が襲い掛かってきた。マンションの住人だった者たちが外壁を伝い、異物である良子を排除しに来たのだ。

 良子は振り向かず、うねりの音と殺気、ミスターラジオの目線から急襲を察知した。

 振り向けば、その隙にミスターラジオに捕まってしまう。であれば……!

「健全丸!」

 良子は真っ直ぐ上空へ飛んだ。こうすることでミスターラジオと四体のタコ脚を同じ視界に収めることができ、次なる手段を選ぶことができる。握った剣が再び小さなタコ脚に戻ると、そこから更に別の姿へと変化。今度は弓だ。桃色に灯る五本の矢が既に束ねられている。間髪入れずに射ると、弓は熱線となって曲がり、屋上の脅威全てに命中した。

 タコ脚たちは衝撃に四散、頭部を無とされたミスターラジオもフラフラしている。

 着地し、良子は様子を窺うこともせず弓を構え直し、今度は一本の太い矢を引き、即座に放った。ミスターラジオの胸に直撃し、爆発が起こる。

「このまま消滅して!」

 祈る思いで爆風が散るのを待った。

 だが、これでも決着とはいかなかった。

「思い上がるなよ、部外者の小娘如きが!」

 まるで、爆風の中からではなく、脳内から響いてくるような怨嗟の声だった。良子は動揺しつつも、それならと二本目を構えたが、爆風が過ぎた後、そこに怨敵の姿はなかった。

「どこに――」

「ここだよォ!」

「なっ⁉」

 気付いた頃にはもう遅い。足元の血溜まりから浮き出てきた両腕に脚を掴まれると、人型が良子の体を使って這い上がり、いよいよ首を絞めるまでに至った。

「いや……かはっ!」

 良子は捕まってしまった。眼前にミスターラジオの顔が浮かび上がり、その表情が下劣な笑みではなく、怒りの色で染まっていると分かり戦慄するが、もう逃れられない。

「よくも! よくも! ここまで手こずらせやがって! お前なんかに構ってる暇はないんだぞ!」

 恨みも増し、振り解ける絞首ではない。抵抗虚しく良子はぐったりとした。……この時、弓矢へ変えた相棒を手から放している。

「クソ! 何だよこの硬い女! 握り潰しているはずだぞ! 何で首絞めのレベルで済んでいる⁉」

 良子は朧な瞳で怒り心頭の犯人を見つめることしかできなくなっている。

 抵抗は既に完了しているからだ。

 できることなら、失笑でもして更に憤怒させてやりたいが、それができないくらい、気力が失われていくのが玉に瑕。しかし、不気味に思い始めたミスターラジオが力を緩めたおかげで、誤解を解いてあげることくらいはしてやれた。

「……あなたの、負けです」

「ああ⁉」

「……」

 声を発するのも辛い。意識の断絶が近いと分かる。実に惜しい。

 地獄に落ちなさい。感謝します、実真先生。それらを言葉にしたかったのに。

 ミスターラジオの視線を掻い潜り、彼奴の後ろに設置した|巨大な健全丸ドリルが、壊れるほどの音と光で衝撃と為す。

「……は? なに?」

 気付いたところで、無敵なだけの素人には対処する術などありやしない。

 ガガガガガガガガッ‼

「……嘘だろ?」

 巨大な健全丸ドリルが十階建てマンションの一階まで突貫していった。地面が割れ、良子とミスターラジオは足場をなくして落ちていく。

 ミスターラジオは、最後には落下の痛みを直に受け、そこから瓦礫の下敷きになったりと、様々な苦痛を味わう羽目になった。

 良子は違った。青い鱗のベールが身を包み、衝撃をほとんど免れた。落下の衝撃で鱗が砕け、落下以前から良子は気絶していたが、奇跡的に五体を保っていた。

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