第21話 凶兆

 王妃が36歳の若さで病死し、しんみりとした雰囲気が漂う王都リュンカーラの街を、エレミアとエレノアの奔放なエルフ双子姉妹は楽しげに散策していた。

 天気は穏やかで、2人は屋台で串焼きを買い食いしながら、目に映るものすべてに興味をそそられている。


「人間の支配する街って大変ね。偉い人が何十年に一度か死んじゃうんでしょ?」


 エレミアが唇を尖らせながら言う。


「寿命が短いってのはほんと変なの。でも私たち長命のエルフにしてみれば、この街は中々に面白いわ」


 エレノアが笑みを浮かべ、周囲をキョロキョロと見回していた。


 王都も、王女2人も暗く沈んでいる。

 そんな時こそ、私たちが盛り上げて元気にしてあげなくっちゃと気合いを入れているのだ。


 すると、衛兵2人が1人の獣人と言い合いをしている光景が目に入った。


「だ~か~ら~! 俺は里の使いでリュンカーラに来ただけだっての。誇り高きリザードマンの族長代理である、このリフリーガがそう言ってるだろ!」


 獣人のリフリーガは焦りと怒りで顔を赤らめている。


 どうやらリザードマンの里からの使いで来たらしいが、衛兵は取り合おうとしない。


「無銭飲食が何を抜かすか! とっとと牢へ入れ!」


 1人の衛兵が厳しい言葉を投げかけている。


「金なんて持ってなかったんだよ! 人間の街に初めて来て知らなかったんだから、しょうがねえだろ!」


 リフリーガは必死に弁明している。


「ほざけ! 裁きを受け、奴隷となって金を返すがいい!」


 衛兵は冷酷に宣言した。


「げえっ! 勘弁してくれよ。たかが串焼き一本だろ! それで奴隷って冗談じゃねえぞ!」


 リフリーガは身をすくめた。


 エルフ姉妹は顔を見合わせ、息ぴったりに同時に頷く。

 彼女たちはエルフであり、長命種。

 その美貌は人間やリザードマンでは到底敵うはずもないほど美しいのだ。


「「ちょっと、串焼き代ならハイ!」」


 2人は一緒に声を揃え、銅貨を指ではじいて投げた。

 銅貨が2枚、衛兵2人の顔面に直撃して彼らは沈黙した。


「げえっ! 何してくれてんの! エルフの小娘共!」


 リフリーガはさらに悪化している状況を理解しきれずに叫んだ。


「おかしいわね。こういう時はキャッチして『けっ、今日はこれで勘弁してやらあ』って言うのが普通よね?」


 エレミアが首を傾げる。


「そうよねえ。そんでもってリザードマンが『美しい美少女エルフ様、感謝の言葉もございません。今後は美少女エルフ様の奴隷となって身を粉にして働く所存です』って言うのが普通よね?」


 エレノアも同意する。


 2人はさらに目を丸くして、意外性に満ちた状況になんとも言えぬ楽しさを感じていた。


「普通じゃねえよ! なんだあの高速コイン! 風の精霊纏わせてただろ! てか、串焼き代立て替えで奴隷になってたまるかよお!」


 リフリーガは叫び声を上げ、通りに響き渡り、他の衛兵たちが急いで鎧を鳴らしながら向かってくる。


「ヤバい! 逃げるわよ!」


 エレミアが叫ぶ。


「そうよね! メンドイのはゴメンだし!」


 エレノアも即座に応じ、双子姉妹は脱兎の如く逃げだした。


「ちょっ! 待てやあ。この場の責任取れやあ!」


 リフリーガも必死に追いかけるが、足が遅く、衛兵に捕まりそうになる瞬間、彼は思わず目を瞑った。


「あ、終わった。さらば仲間たちよ」


 その時、空から1人の少女が飛び込んできた。

 彼女はリフリーガを浮遊魔法で浮かせると、エルフ姉妹に追いついていく。


「ま~た、何やってんのエレミア、エレノア!」


「「アニス!」」


 少女はディンレル王国の第二王女アニスだった。

 エルフ姉妹は安堵し、あらましを説明した。


「とにかく教会に行こっか。リザードマン君? さん? もそれでいいかな?」


 アニスが優しく微笑みかける。


「クンサンじゃねえ! リフリーガだ! おわ、魔女かよ。うちのシャーマンたちより凄え……」


 リフリーガは、金色のショートヘアと碧眼の美少女に驚きを隠せない。

 彼女が浮遊魔法で自分を運びつつ、エルフ姉妹と教会へと向かう姿にリフリーガは感嘆の息を漏らした。


「おやおや、ま~た騒ぎ起こしたんですかい? アニス姫様は相変わらずですねえ」


 教会の外で掃き掃除をしていたササスが、箒片手にアニスに笑いかける。


「主犯みたいに言わないで! エレミアとエレノアが主犯!」


 アニスは困ったように叫んだ。


「ちょっと! 主犯はリザードマンよ!」


 エレミアが反論する。


「そ〜よそ〜よ。私たちは銅貨2枚を失ったのよ! 被害者よ!」


 エレノアも加勢するも、彼女たちの声は小鳥たちのさえずりのように楽しげだ。

 リフリーガはそんな彼女たちのやり取りを見ながら、思わず苦笑いする。


「いや、悪いのは俺だろうけど……なんか納得いかねえ」


 と、複雑な気持ちを抱え呟くリフリーガだった。


 扉が開き、神官のザックスが迎え入れてくれる。


「ここは犯罪者の駆け込み寺院じゃないですがねえ。ま、皆さん、お入りなさい」


 優しげに微笑む彼の声には温かさを感じる。


 エルフ姉妹が教会の中へ入るのを見届け、アニスは浮遊魔法を切ってリフリーガを静かに降ろした。

 ようやく地面に足がついたリフリーガはほっとした息をつく。


「ふう。やれやれ、酷い目に遭ったぜ」


 心の底から安堵しているのが伝わってくる呟きだ。


「ハハ、まあ一杯。おっと、呑める口ですよね?」


 ザックスが冗談を言うと、リフリーガは無邪気に笑う。


「当然よ。とこしえの森、リザードマンの里の大酒飲みたぁ俺のことよ」


 彼は自信満々に胸を張った。


 教会の中では、ササスがエールとお茶を用意している。

 白い陶器のカップが彼の手によって次々とテーブルに並べられ、カチャリと響く音は穏やかな日常の一幕を感じさせる。


 やがてエールとお茶が全員に配られると、話題はリザードマンの里について移った。

 リフリーガは少し胸を張りながら、彼自身のことを語り始める。


 聞けば、このリフリーガというリザードマンは族長代理で、急な病に倒れた族長の息子だという。


 エレミアとエレノアが興味深そうに聴き入った。


「うちのシャーマン共が北……っと、ここディンレル王国の土地のほうから凶兆が見えた。それも前代未聞のが見えたってんで、この族長代理の俺がこうやって、ディンレル王国のお偉いさんに知らせに遥々来たってわけよ」


 リフリーガは真剣な表情で説明する。


「偉いさんならアニスは第二王女だよ?」


 エレノアが驚きをもって言う。


「そう、なんかあるなら言っちゃってよ。てか気になるし。リフリーガは私たちの奴隷なんだし」


 エレミアも言って、エルフ姉妹がクスクス笑う。

 笑顔は無邪気で、仲間を思いやる温かさにあふれていた。


 アニスはお茶は私だけかよ、と思いつつ、(助けて、エルフの奴隷になりたくないよ)と目をうるうるさせるリフリーガに優しい視線を向ける。


「ディンレル王国第二王女アニス・ディンレルです。お約束します。リフリーガさんを奴隷になんてしませんから。てか我が国の奴隷制度は刑期の一環ですので、心配なさらず。私のことはアニスでいいです。凶兆についても父である王と、世継ぎである姉に必ずやお伝えしましょう」


 そう言って微笑むアニスの笑顔は月の光のように優しく、美しく、リフリーガは見惚れた。


「お、おう。凶兆ってのはディンレル王国が滅びるってことだ。あれはきっと間違いねえ」


 リフリーガの一言に、一同が沈黙する。


「……同じ予言が二つ目ですね」


 ザックスがエールの酔いを醒ましたように、真面目な顔つきとなった。

 

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