第14話 実況のアリスと解説のアニス(後編)
「さあ、ついに決勝戦! 勝った方が、今年のディンレル王国武芸大会の覇者となります! 王者ブロッケン将軍の11連覇なるか⁉ それとも、新星ヒイラギが初出場初優勝の快挙を成し遂げるのか⁉ 会場の興奮は最高潮!」
アリスの実況にも熱がこもる。
「いやあ、まさに新旧無愛想対決ですねえ。どちらが勝っても、表彰式での笑顔は期待できそうにありません!」
アニスの軽妙な解説が、張り詰めた会場の空気を和ませていく。
審判を務めるクレマンティーヌの厳かな合図と共に、決勝戦の火蓋が切られた。
ヒイラギは漆黒の剣を、ブロッケン将軍は愛用の長槍を構えて互いに隙を窺う。
先に動いたのはブロッケン将軍。
鋭い突きが繰り出されるが、ヒイラギは冷静に剣で受け流す。
金属同士がぶつかり合う甲高い音が、闘技場に響き渡る。
一進一退の攻防が十数合続く。
将軍の老練な槍捌きと、ヒイラギの俊敏で鋭い剣技が、互角の戦いを繰り広げる。
勝負が決まったのは一瞬の隙だった。
ブロッケン将軍が渾身の力を込めて放った薙ぎ払いを、ヒイラギは紙一重で躱して、逆に相手の槍の柄を剣で強く打ち据えた。
衝撃で将軍の手から槍が弾き飛ばされる。
勝機と見たヒイラギは間髪入れずに踏み込み、ブロッケン将軍の眼前に漆黒の剣を突きつけた。
「……そこまで!」
クレマンティーヌの静かな声が響き渡る。
「勝者、ヒイラギ!」
闘技場は一瞬の静寂の後、爆発的な大歓声に包まれた。
「……むう、見事。完敗だ」
ブロッケン将軍は潔く敗北を認め、ヒイラギに手を差し出した。
「いえ、将軍の槍捌き、素晴らしかったです。こちらこそ、ありがとうございました」
ヒイラギもブロッケンの手を固く握り返す。互いの健闘を称え合う2人の姿に、観客からは惜しみない拍手が送られた。
「なんと! 勝者はヒイラギ! 偉業達成! 初出場にして初優勝の快挙です!」
アリスの興奮した声が響く。
「いやあ、それにしても姉様、さっきからすごく嬉しそうですねえ。一体どうしてなんでしょうねえ?」
アニスが隣でニヤニヤしながら茶々を入れた瞬間、アリスの頬が微かに赤らんだ。
「アニス、あなた少し黙っていなさい!」
アリスはそう言うと、小さな氷塊を魔法で作り出し、アニスの額にコツンとぶつけた。
軽い衝撃だったが、アニスは「ひゃんっ!」と短い悲鳴を上げて、そのまま意識を失ってしまった。
照れ隠しとはいえ、手加減を知らない姉である。
気絶した妹を尻目に、アリスはヒイラギへと歩み寄っていく。
「ヒイラギ、見事でした。あなたの勝利はキルア族の誇りであり、私の誇りでもあります」
アリスは満面の笑みでヒイラギを称えた。
ヒイラギは眩しいものを見るように一瞬目を伏せたが、すぐにアリスを真っ直ぐに見つめ返した。
「アリス様のためならば……俺はどんな敵にも立ち向かいます」
その言葉と共にヒイラギの顔もまた、僅かに赤く染まっていた。
「と、と、ともかく! これにて、今年のディンレル王国武芸大会は全ての競技が終了いたしました!」
気絶から我に返ったアニスが、慌てて大会の閉会を宣言すると、観客席からは再び万雷の拍手が巻き起こった。
「それにしても、ヒイラギのあの黒い剣、見慣れぬ業物だな」
「ああ、あれはクレマンティーヌ殿が、旅の途中でドワーフのシュタイン王から贈られたという伝説の剣らしいぞ。いやはや、漆黒の剣とは彼の黒髪によく似合うことだ」
そんな囁きも、観客席のあちこちから聞こえてくる。
アノス王や一部の貴族たちは依然として「蛮族に将軍が負けた」と苦々しい表情を浮かべていたが、会場全体は新たな英雄の誕生を祝福する熱気に満ちていた。
内心(そこまで悔しがるなら、ヒイラギとかいう者が勝てぬように細工しとけよ)とツッコミを入れつつ、キースはミフェルに問う。
「勝てるか?」
心配そうに聞く主君に対し、ミフェルは力強く答える。
「あの程度なら当然」
2人の間にはほくそ笑む空気が漂っていた。
さて、これで終わりか。この後は晩餐会だそうだ。
立ち上がり、ただ楽しむと決め込んだ直後、キースの頭には再びハテナマークが浮かんだ。
表彰式も終わり、観客が席を立ち始めた時だった。
「皆様! 武芸大会は終わりましたが、祭りはまだ終わりません! これより、我々魔女によります、スペシャルエキシビションマッチを開催いたします!」
アリスが高らかに宣言する。
「いやあ、死人が出ないことを祈るばかりですねえ!」
アニスも悪戯っぽく付け加える。
2人の王女の言葉に、闘技場は一瞬、水を打ったように静まり返った。
王侯貴族も民衆も、何が起こるのか理解できずに呆気に取られている。
ヒイラギやブロッケン将軍の表情もこわばった。
次の瞬間、VIP席からアメリア王妃が優雅に闘技場へと降り立った。
それと同時に、アリス、アニス、ディル、チャービル、タイム、フェンネル、ローレル、アロマティカス、マツバといった魔女たち、さらにはエルフの姉妹までもが闘技場の中央に集結し、臨戦態勢をとる。
彼女たちの表情は緊張感ではなく、これから始まる『お祭り』への期待感と愉悦に満ちていた。
「それでは始め!」
アリスの号令と共に、色とりどりの魔法が闘技場内で炸裂した。
炎が渦巻き、氷が舞い、雷が轟き、風が吹き荒れる。
闘技場は魔法が生み出す爆音と閃光、観客たちの悲鳴と一部の物好きな者の歓声に包まれる。
逃げ出そうとする者もいたが、闘技場の出入り口はすでにアリスとアニスが張った強力な結界で封鎖されており、出ることは叶わない。
クレマンティーヌは嘆息しつつも、判定と指導をしていった。
「怪我人はこの私にお任せを! 皆様、どうかご無事で! 死ななければ治せますから! 死ななければ!」
神聖魔法の使い手であるザックスが、必死に声を張り上げるが、その声も魔法の轟音にかき消されそうだ。
彼の足元ではササスが、恐怖のあまりガタガタと震えながら気絶していた。
そんなササスのズボンのポケットからは、例の上質な絹の布が僅かに覗いている。
観客席の一角から、ほんの一瞬だけ、禍々しくも冷たい気配が放たれたのを、審判の位置にいたクレマンティーヌは見逃さなかった。
(今の気配は……?)
しかし、気配はすぐに掻き消え、特定するには至らない。
気のせいか、と彼女は小首を傾げた。
ササスのポケットの中の絹はクレマンティーヌの鋭い感覚を巧みに欺きながら、表面に微かな光沢を帯びさせている。
まるで目に見えないレンズのように、闘技場で繰り広げられる魔法の応酬、それを見守る王侯貴族たちの表情、興奮と恐怖がないまぜになった観客たちの姿を、克明に記録しているかのように。
結局、この前代未聞のエキシビションマッチは魔女たちが飽きるまで続けられ、闘技場が半壊したところでようやく幕を閉じた。
「か、勝てるか?」
キースが心配そうに尋ねる。
「あ、あの程度なら当然」
ミフェルの言葉にキースの顔は引きつったものになった。
兎にも角にも、アニスたち魔女は自分たちの力を存分に披露し、観客(の一部)を熱狂させ、大盛り上がりのうちに今年の武芸大会は終了したのであった。
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