モコモコシティ〜空にふんわりと浮かぶ幻想都市〜

マカロニ

第1話 懐かしのMMOゲームの世界へ 

 タクヤは目を覚ますと、目の前に広がる光景に息を呑んだ。


「……ここ、どこだ?」


 足元には、色とりどりの花びらが敷き詰められた花の道が続いている。頭上には、花のトンネルがアーチを描き、朝の柔らかな光が花びらを透かしてキラキラと輝いていた。遠くには浮遊庭園がふわりと漂い、星型の花が舞っている。鳥のさえずりが心地よく響き、まるで夢の世界に迷い込んだような幻想的な風景だった。


 タクヤは、IT企業で働く平凡な社会人。昨夜、ネットで昔ハマっていたMMOのログイン画面を見つけ、懐かしさに駆られてログインを試みた。すると、画面がまばゆい光に包まれ——気づけば、この場所に立っていたのだ。


「昔やってたゲーム……に転生した……? モコモコシティ、だろ?」


 記憶をたどると、確かにその名前だった。花の道、浮遊庭園、星型の花——すべてがゲームの風景そのものだ。しかし、花の甘い香り、足元の花びらの柔らかな感触、朝の清々しい空気は、ゲームとは思えないほどリアルだった。


 ふと地面を見ると、小さな星型のコインがキラリと光っている。タクヤが拾うと、頭上に《スターシード+100》という表示が浮かんだ。


「そういえば、この道にお金落ちてるんだっけ……。スターシード、か。懐かしいな」


 タクヤが呟いていると、背後から小さな声が聞こえた。


「……装備、ほしい……なの……」


 振り返ると、白いシャツにチェックスカートの初心者服を着た、小さな女の子が立っていた。ツインテールに星型のヘアピンを付け、うつむいてしょんぼりした顔。足元で星型のコインを探すように、キョロキョロと地面を見つめている。


「ん? なんだこの子、初心者か? 俺もだけど……」


 タクヤが近づくと、女の子が顔を上げた。


「わたし……クルミ……。スターシード、持ってないから……どうしたらいいか、わからない……なの……」


 その声はか細く、どこか心細そうだった。彼女がスカートの裾をぎゅっと握る仕草に、タクヤは「この子、めっちゃ困ってるな」と感じた。


 すると、クルミのお腹が小さくグーっと鳴った。彼女は顔を真っ赤にして、両手でお腹を押さえる。


「……うぅ、恥ずかしいなの……」


 タクヤは思わずクスッと笑い、道端にある小さな屋台を指さした。屋台には「おにぎり:スターシード50」と書かれた看板がある。


「なんだ、お腹すいてんのか? よし、ちょっと待ってろ」


 拾ったスターシードでおにぎりを二つ買い、まず自分で一口かじってみる。シンプルな塩味と、ふわっとした米の甘みが口に広がった。


「うん、うまい!」


 思わず呟いたタクヤは、にっこり笑っておにぎりをクルミに差し出した。


「大丈夫、ちゃんと美味しいぞ。ほら、クルミも食べてみな」


 クルミは目を丸くして、おにぎりを受け取る。一口かじった途端、ぱっと顔が輝いた。


「んまいよ、兄ちゃん! クルミ、こんな美味しいの、初めてなの!」


 その無邪気な笑顔に、タクヤはつい微笑んでしまう。


 この世界、なんか悪くないな——そんな気持ちがふと湧いた。


「ほんとは明るい子なんだな、きっと。……兄ちゃん、か。まあ、いいか」


 クルミは嬉しそうにおにぎりを頬張りながら、初心者服の袖を引っ張った。


「クルミ、この服……まだ慣れないなの……」


「その服、初心者用のデフォルトだろ? 俺も同じ初心者用の服だぞ」


 タクヤは、自分の白いシャツとチェックのズボンを指さして笑う。


「でもさ、あそこの服屋でスターシード使えば、いろんな装備買えるんじゃないか? お前も自分らしいの着たら、もっとモコモコシティ楽しめるぞ」


 クルミは目を輝かせて「クルミ、頑張るなの!」と微笑んだ。


 ——そのときだった。


 街の中心にある巨大な時計型の《メモリアルクロック》が光を放ち、周囲の空間にホログラムのようなビジョンが浮かび上がった。まるで空に映像が投影されるように、鮮やかな光がモコモコシティの朝を彩る。


『モコモコシティへようこそ。あなたは現実と繋がった世界に召喚されました』


 ビジョンが切り替わり、タクヤの姿が映し出される。IT企業のデスクでキーボードを叩く、静止した彼の姿。さらに、小さな部屋でベッドに座り、膝を抱えるクルミの姿も映った。時間が止まったように、どちらも動かない。


「これは……俺の現実? クルミも……?」


 驚くタクヤの前に、ホウキに乗った女性がふわりと現れた。長い銀髪に淡い青のローブをまとった、美しい姿の女性だ。彼女は静かに微笑み、落ち着いた声で語り始めた。


「私はルミナ。モコモコシティのAI管理者よ。タクヤ、クルミ。あなたたちをこの世界に召喚したわ。ビジョンに映る現実の姿を見て。あなたたちの時間は止まったままよ」


「時間が……止まってる……?」


 タクヤが呟くと、ルミナが続けた。


「モコモコシティは、現実とリンクした世界なの。ウイルスが魔物となってこの街を壊そうとしている。あなたたちに、その力を止めてほしいの」


 ——ゲームだと思っていた世界が、現実と繋がるパラレルワールドだという。

 現実の時間が止まり、召喚された理由が“世界を守るため”だなんて。


「……俺に、そんな大役が務まるのか?」


 タクヤが呟いたとき、明るい声が響いた。


「タクヤ、クルミ! 私、マミカ! まーみんって呼んでね。モコモコシティ、案内するよー!」


 学生服を着た女の子が、元気よく手を振ってきた。明るい雰囲気で、場の空気が一気に和む。


「モコモコシティ、めっちゃほんわかしてるよな! さ、行こうぜ!」


 タクヤが少し笑うと、まーみんは「それそれ! そのノリ!」とウインクした。


「あの……さっきから壁にぶつかりながら歩いてる子がいるんですが……」


 タクヤが指をさすと、まーみんが「ああ、この子? シマロンよ!」と紹介した。


 そこには、初心者服にひよこハットをかぶった金髪の少女がいた。ズレた動きで、壁にぶつかりながら歩いている。


「ワタシ……シマロン……なのだ! きのこたけのこ……切り株派……なのだ。ハンコください……も好き……ヨ……!」


 シマロンは壁にぶつかりながら、ちらっとタクヤを見て、こう呟いた。


「タクヤ……どこかで……会った……なのだ?」


 その一瞬、彼女の目に、何か意味深な光が宿った気がした。


 タクヤはハッとして固まる。


「シマロン……? 待てよ、これ……昔やってたゲームのアバターが、現実化したみたいだ……。当時、恋愛沙汰を避けるために女キャラで遊んでたんだっけ……」


 タクヤが苦笑いしていると、シマロンは再び壁にドンとぶつかり、


「コレ……壁ドン、なのだ!」


 と、ずれた発言。


「いや、ただの衝突だろ……」


 タクヤがすかさずツッコミを入れる。


「じゃあ、モコモコシティ案内するよー!」


 まーみんの声を合図に、一行は街を巡ることにした。


 花の道を歩きながら、カフェから漂う甘い香りに、クルミが目を輝かせる。


「美味しそうなの!」


 服屋のカラフルな装備に、タクヤが感心したように呟く。


「これ、ゲームのスキンみたいだな」


 魔法屋では、キラキラした魔法道具がずらりと並び、シマロンが興奮気味に声を上げた。


「全部……爆発……欲しい、なのだ!」


 モコモコシティのゆったりとした空気が、どこか心地よく感じられた。


 スターシードの店では、クルミが小さな星型のブレスレットを買った。


「クルミ、可愛くなったなの!」


 くるっと回って、キラキラ輝くブレスレットを見せるクルミに、タクヤは微笑む。


「いいじゃん、似合ってるぞ」


「兄ちゃん、ありがとなの!」


 クルミはぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。


 そのとき、一行が花の道を歩いていると、地面からポコポコと、小さなキラキラ光る毛玉のような魔物が現れた。ピンクと青のふわふわした見た目だが、花びらをむしゃむしゃと食べている。


「な、なんだこのちっこいヤツ!?」


 タクヤが驚くと、クルミが叫ぶ。


「花、食べちゃダメなの!」


「アタシ……爆発で……やっつける、なのだ!」


 シマロンが魔法を構えた。


「待て待て、街壊す気か!」


 タクヤは慌ててシマロンを止め、クルミを庇いながら魔物に近づく。魔物は「ピュピュ!」と鳴きながら花びらを投げてきたが、タクヤが手で払うと、ビックリした毛玉たちは逃げ出していった。


「……なんだったんだ、あいつら? 可愛いけど、めっちゃやっかいだな」


 ふわりと現れたルミナが、微笑みながら説明する。


「フラッフモンスターよ。ウイルスの欠片が作り出した小さな魔物。放っておくと、花の道を荒らしちゃうの。また現れるかもしれないから、気をつけてね」


「クルミ、負けないなの!」


 クルミがブレスレットを握りしめる。


「次は……爆発、当てる……なのだ!」


 シマロンが意気込む中、タクヤは苦笑いしながら、花の道を見渡した。


「この世界、平和そうに見えて、意外と賑やかだな……」


 そして一行が最後にたどり着いたのは、ラリー場だった。


 街の道を猛スピードで走る車が、轟音を響かせている。花の道を疾走する車体と、キラキラ光るスターシードの報酬表示が、モコモコシティの活気を物語っていた。


「ここ、モコモコシティのラリー場! 住人なら誰でも挑戦できるよ!」


 まーみんが目を輝かせて説明する。


「ただ、ラリー場のリョウくんに勝つのは至難の業なの!」


 ラリー場の熱気に目を奪われるタクヤ。ゲームの記憶がよみがえってくる。


(そういえば、このラリー、昔めっちゃハマったな……。スターシード稼ぐならここだよな)


 まーみんが指さす先には、迷彩のサバイバル服を着た男が立っていた。鋭い目つきでラリーに集中しているその姿を見て、タクヤは思わず納得する。


「あの人、リョウくんよ。いい意味でラリー廃人なの。リョウくんはワタシと同じタイミングでここに呼ばれたのよ」


「まーみんとリョウくんは同じタイミングで呼ばれたのか……。そういえばこの服、人気があったよな。少し早く動けるんだっけ……」


 タクヤは心の中で呟き、昔のゲームの記憶を懐かしんだ。


 ラリー場でスターシードを稼ぐリョウの姿に、タクヤは少しワクワクする。この世界で生き抜くには、自分も何かをやらなきゃ——。そんな気持ちが、静かに芽生え始めていた。


 朝のモコモコシティで、タクヤの新しい冒険が始まった。


 ゆったりとした日常と、ちょっとした騒動の中で仲間たちと出会った彼は、まだ知らない。この先に待ち受ける試練と絆が、現実と同じくらい大切なものになっていくことを——。

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