第16話 いざゆかん、宿
「お腹いっぱい〜、これで動ける〜」
注文した品を平らげて少し膨れた腹を撫でながら、セーバルは満足げな顔をする。
「その様子なら腹の虫はしばらく大人しくなりそうだな」
「うん、バッチリよ!ツヴァイは?」
「我も十分に腹は満たされた。いやはや、人間の食事は未知数であったが、この様にうまいものがたくさんあるとはな。気に入った」
ツヴァイもセーバルと同様の表情で頷く。青色の瞳には依然として嬉々とした色が見られた。
セーバルがふと視線を時計に移すと針は二時を過ぎており、宿を取りに行くにもちょうどいい頃合いを示していた。
「さてと、ちゃっちゃとお会計して宿取りに行くわよ宿」
「ああ」
『ホ〜ゥ!』
そうしてセーバルとツヴァイとホーホは席から離れ、会計を進める。
勘定場には先程の華奢なウェイトレスではなく体つきの良さとくっきりと線が刻まれた厳つい顔つきの坊主頭が特徴的な男、この店の店主が立っていた。
セーバルが店主と目を合わせると、店主は一瞬眉間にしわを寄せたと思うと
「いや〜かの有名な剣聖がまさかの大食らいだとはな!あんだけおいしそうに食べてくれる客ぁいつ見てもいい!」
見た目と裏腹の陽気な笑顔を見せた。
ツヴァイはその様子に僅かに瞼を開くと、店主はツヴァイの方にも屈託のない笑顔を向けた。
「そこの兄ちゃんもいい食いっぷりだったな!どうだ、美味かったか?」
「あ、ああ。どれも非常に美味であった」
「そりゃ良かった!」
人間のコミュニケーションはこうなのだろうかと思いながらも、ツヴァイは店主の質問に頷く。
「店主さん、お代いくらかしら?」
二人の会話が落ち着いたのを見計らって、アイテムボックスから通貨の入った持ち歩くにしてはやや大きめの麻袋を取り出す。
「銀貨三枚と銅貨六枚だな」店主がそう言うと、セーバルは始めは「ひぃ、ふぅ、みぃ」と数えていたのだが、麻袋の中には金貨銀貨銅貨が大した仕分けもせずに入っていたからか、途中で面倒くさくなったのか店主が求めた代金を払って相当なお釣りが来る金貨を一枚渡した。
「金貨か。ちょっと待ってろよ、今釣り出すから」
「あ、お釣りならいらないわ。丸々お店の収益にしちゃって」
麻袋をしまいながら何気なく呟くと、店主は目をひん剥いた顔をした後、そのまま店を出ようとするセーバルを引き止める。
「待て待て嬢ちゃん、ホントに良いのかそれで?!後で金に困ったりでもしたら……」
「あー……。確かにそこはあるけど、あたし遊び歩くような
「とんでもねぇな!?……じゃあありがたく受け取っとくぜ」
眉を下げて店主が笑うとセーバルが手を振って笑い返して、セーバル達は店を後にした。
✚✚✚
「確か、この近くにいい宿があったのよね」
酒場を出てきてすぐ、セーバルは歩みを止めぬまま、冒険者になりたての頃を思い出し当時お世話になった宿のことを持ち出す。
「ほう、どのような場所だったのだ?」
「えっとね、冒険者が泊まる宿って良し悪しが結構あるんだけど、そこの宿はクエストとか始めたての冒険者でも長い事やってる人でも口を揃えて『この宿は設備が良い』って言われてるんだよね。実際ホントに良かったし」
回想を語り終えていくらか上気味に横の方を見ると、どうやらツヴァイの関心を引いたらしい事がわかるものが映る。セーバルの琥珀色の瞳はすっかり馴染み深い輝く青色の瞳と見つめ合った。
「決まりね」目を合わせたままそう言って、立ち止まっていた足を前に出す。
「記憶頼りになるけど、多分すぐ着くから」
「その点においての文句は言わん。我は何かを言える立場ではないからな」
「そりゃどーも」
にっ、と笑って礼を言いつつ、街の酒場や武器屋といった店が立ち並ぶ大通りを進んで少しした所に宿がある、といった記憶を引っ張り出して歩み始めた。
それからしばらくの間、セーバルは足を交互に動かして小さなリズムを作っていた。
ツヴァイも同様で、彼の方に乗っていたホーホもその振動に揺られて眠っているようだった。
しばしば周りを見渡しながら歩いていると、視界の右端に見覚えのある建物を捉える。
灰色混じりの白と繊細に溶け合う木の皮の焦げ茶。大勢の人が入るように他の建物より高く造られたいる。
建物の大部分は木造建築の中では目立つ石材で、柱の部分は他の施設同様木材でできていた。
それによってだろうか。所々の色の差ができて、落ち着いた雰囲気でありながらどこか華やかな印象になっている。
入り口付近で足を止めると、セーバルは懐かしむような顔を、ツヴァイは見るもの全てが新しい子供のような顔をした。
そのタイミングでホーホも目を覚まし、『ホ〜ホゥ?』と、何やら首をぐるりと半回転に近い角度まで傾げていた。
「中々に良さそうな場所ではないか。ここだけで我の知り得ぬものが山程ありそうだな!」
「いつになく楽しそうねあんた。……ま、そういうあたしも久々のここに気分上がってるんだけどね」
「同感だ」
各々が気分思いのほか上がっていることに笑いを浮かばせて、セーバル達は休息地を得るべく宿のドアを開けていった。
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