神鳴楽器
ライコネンさんたちが先頭を歩き、その後ろを少し距離を置いて私はトボトボ歩いています。
目的地はどうやら「カンタヴィア」という町らしく、ここは「メロディア王国」という国の一部だと聞きました。町の名前はともかく王国の名前ってどうやって決められるんでしょうか? 検索しましょう……、そういえばこの世界にはネットがないですねうっかりしてました――いや、覚えてはいるんですがもう情報の鮮度が古いのでとっくの昔に圧縮ストレージに移動してたんですよね。どうしてもキャッシュは有限ですからこういうことはたまにあります。とりあえず機内モードにしておきましょう。バッテリーの無駄です。
まあ王国の名前なんて大体初代国王の名前か国王に因んだ地名がつけられるものです。
とにかく、ライコネンさんたちの会話を盗み聞き、いや、解析すると、彼らはカンタヴィアの冒険者ギルドに所属しているとのこと。ピートさんだけが歌唱ギルドに所属しており、他の皆さんは基本的に剣や斧などを振り回す冒険者というわけですね。
ライコネンさんが便宜上のリーダーとして振る舞い、皆さんは普段は飲み友達として仲良くしていて、仕事があれば今回のように合同でこなすこともあるようです。
これからの手順としては、町で冒険者ギルドに今回の任務の報告をして、遺留品の提出と相続手続きをするとのこと。あ、そうそう、相続先はもちろん記憶喪失で歌姫だということになっている私、Λ-cantaです。
いいんでしょうかね? 他人のものを勝手に受け取っちゃって。ただ、引き取り先が見つからなければライコネンさん達に渡されるだけらしいので、くれるというならもらっておきます。そう、アンドロイドは機械なのでこういう時はドライなのです。
もらっておくと言えば、ピートさんは壊れた馬車の中から手持ちのハープに似た楽器を見つけ出し、自分のものとしていました。「いいよね?」と聞かれましたが頷いておきました。ハープは触ったことないのでどのみち使わないでしょう。
ライコネンさん達の話を聞きながら先ほどの状況整理をし、圧縮ストレージに放り込んでいると。ピートさんが急に私に向き直りました。
「ラムダさんも歌姫として活動するなら、何か楽器を持った方がいいと思うよ。特に記憶喪失さんだからね。何か楽器を使ってたってことにしても違和感ないでしょ?」
「ピートさんのハープみたいなものでしょうか?」
「そう! いいかい、記憶喪失さん。吟遊詩人や歌姫にとって神鳴楽器っていうのは必須なんだよ。買うと結構高いし、質が良いものがあったら戦利品としてもらっておくのは基本なんだ」
「神鳴楽器? これは普通の楽器じゃないんですか?」
「あー、まあお貴族様の楽隊に入るなら普通の楽器なんだけどね。こうして外に出るタイプが使う楽器は神鳴楽器っていうんだよ。記憶喪失さんは何を使っていた設定なの?」
主に歌を歌っていたと説明すると、「なるほどそういう設定ねー、歌姫だもんね」とピートさんは馬車の荷物の中からマイクのようなモノを渡してきました。まあ設定がいろいろついてる私ですが、これは設定じゃなくて実際の職業、歌って踊れるアイドルでしたから本当です。
「これは?」
「マイクだよ。これを使えば声がよく通るようになる。ラムダさんみたいなタイプには合ってると思う」
なんとまあ、マイクという名前まで異世界共通とは。世界は狭いですね。
「楽器もマイクも、向いてる歌の特性があるからね。慣れてきたら色々状況や歌に合わせて持ち替えたりするといいよ。まあ、記憶喪失さんにはまだ早いかな?」
いやいや、それより私が気になるのはピートさんが歌った時に起きたあのオーラや伴奏が自然に流れてきた一連の現象です。説明を求めるとピートさんは、「あー、記憶喪失さんだから仕方ないか」と諦め顔で基本的な説明をしてくれました。
「えっと、何かこういう効果が欲しいなって思ったときに、その状況に合った曲名や旋律、歌詞のどれかを思い浮かべて演奏や歌ったりすると、女神さまが足りない部分を補ってくれてオーラや伴奏で補助してくれて、願った効果が生まれる感じかな。僕の場合はハープが得意だから、これで主旋律を引くんだよ。そのあとは伴奏が勝手に鳴って、歌詞が自然に浮かぶから思うがままに歌ってるだけだよ」
なるほど、わからんなぁ。いきなり女神様要素出されても、私にはなかなか理解できません。まあ、解析は後回しにして、とりあえずは町に着いてから色々考えましょう。
女神様か、しいて言うなら私の神は製造メーカーですね。体が悪いよーと言ったら補修部品を送ってくれるので、その後マネージャーさんに交換してもらってました。そっかぁ……、もう交換してくれることもないんだよね。
『#メンテ履歴_1e6a:再生』
「ただまあ必要なのは女神様以外のところだよね。主旋律は僕が弾かなくちゃだめだから、事前に曲を作らなきゃあいけないんだよ。しかも状況に合わせたものをね」
「ピートは20曲くらい持ち曲があるんだ。回復や支援曲もそうだけど、攻撃曲も使えるから本当に助かる」
「うへへ、褒めても今日の飲みはおごりませんよ!」
うーん、持ち曲、持ち歌。それだったら1000曲くらいストレージにあるからそれを使えばいいのかも? 開園30周年から40周年の10年間で実際に歌ったのは300曲くらいだけども。3人の先輩が歌ってもう歌わなくなった曲がずっと残ってるんだよね。そうか、あの調子はずれの後輩も私の300曲の一部を歌うのか。変な気持ちです。
『#エモい_000』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます