水の踊り子 -Ⅶ
『うおっ⁈』
「リトル!」
「フレイム!」
慌てふためく主たちの前で、使い魔たちの体が宙へと巻き上げられていく。
「踊り子みたいでしょ?」
舞踏というにはあまりに荒々しい、水の奔流だった。
渦に巻き込まれてもがく使い魔たち。
「シープさん……!」
渦の中、青い光が増している。
(考えなきゃ)
だから考えろ。頭を使え、思い出せ。
兄との私闘。
自分の
今まで経験した、見てきた戦いの数々。どこかにピンチを打開するヒントはないか、ミリィは頭をフル回転させる。
「
鮮やかに響いた主の
瞬間、大きな衝撃が体に伝わって来て、ミリィは思わず尻餅をつく。
水の竜巻の中で魔力の塊が弾けて、四方八方を内側から裂くように青い光が放たれた。
何本もの光の剣で貫くように。
『きゃあ!』
一瞬の静寂ののち、シノが高らかに宣言した。
「三者、戦闘不能。勝者、ミリィ・リリーとその使い魔、
わっという周囲の歓声と同時に、主人たちは傷ついた使い魔たちに駆け寄る。一瞬、自失したミリィも、敷石の上に座り込んでいる
「シープさん!」
『ミリィ』
「大丈夫、シープさ……」
(あれ?)
駆けようとしている脚が、ふらふらと踊る。顔を上げようとしたら頭がくらくらして、景色がぐるりと回った。
『ミリィ!』
目の前が真っ暗になって、ミリィはそれきり意識を失った。
☆ ☆ ☆
黒く塗りつぶされた空間で、空の一部がぼんやり白く光っている。
それは樹上に咲いた白い花の集まりで、光る雲のように浮かんで見えた。
(きれい)
だけどなんて、さみしいところ。
目を開けたミリィが最初に見たのはそんな光景で、仰向けに寝ていた体をゆっくり起こす。
白い花の木の下に、青い光が灯っていた。
「シープさん」
青い光は、男の人の胸元で光っている。
ミリィはもうわかっていた。
ここは夢の中で、シープさんと会える場所。
「……私、いつ寝たんだっけ」
放課後アントンと図書館に行って、ジグとエドワードと会って、チームに招待されて
『
「あっ」
一気に思い出して、ミリィは声を上げた。そして一拍置いて、自分の身に起きたことよりももっと重大なことに気づく。
「ここでシープさんと話すの、初めてね」
ミリィは樹の下に入り込む位置に座り込んでいた。この間よりもぐっと彼の近くにいる。距離の近さを意に介さず、人の形をした彼は続けた。
『魔力を思いっきり爆発させたから、体に負担がかかったんだ。悪かったな』
「それは私が命令したからでしょ。戦ってくれてありがとう」
近くにいても、背の高い彼の顔はまだ少し遠かった。健闘してくれた彼を労わりたくて立ち上がる。
首のあたりまで入った刺青は、顔には施していないらしい。やつれた頬に流れた髪から、綺麗な顎の線が覗く。下から見上げてるから、長い前髪に隠れた顔がもう少しで見えそうだった。
『あの三人とやり合って勝ったぞ。よく頑張ったな、ミリィ』
突然、視界が陰る。
刺青だらけの大きな手が、ミリィの頭を撫でていた。
少し額にかぶさるように乗せられた手に、上げようとした顔が遮られてしまう。
骨ばって細い手指、肌は白く甲には青く筋が浮かぶ。
だけど長い指をした、大きな手。
「うん、頑張ったよ」
褒めてもらえて誇らしかった。優しい手に慈しまれて嬉しかった。
でも、熱がなかった。
目の前にいる彼は、形のない魂同然の、影みたいなものなんだろう。ぬくもりや柔らかさを一切感じなかった。よほどぬいぐるみの体の方が、手触りがあるくらいだ。
「……本当のシープさんに、会いたい」
額に伸びる手首を両腕で掴む。
まるで骨を直接つかむように冷たく、細い腕だった。
「シープさんの体はどこにいるの、捕まっているの? 私、会いに行っちゃだめ?」
『ちょっと無理かもな。ものすごく遠いところだから』
「遠いって、大陸のはじっことか?」
『それよりももっともっと、遠いだろうな』
「鉄道に乗る? 船? もっとも足が速い天馬を飛ばしたら、何日かかるの」
『ちょっと危ないかもしれないしなあ』
彼は罪人で、牢獄に囚われているという。悪い人がたくさんいて、治安がよくないという事なのだろうか。手続きとかの問題もあるのかもしれない。
「だったら護衛を雇う、強い使い魔を連れた人とか。何日かかっても良いよ、先生とか偉い人にたくさん頼まなきゃいけなくても、頑張るもん」
かざされた手の向こうに見える口元は微笑んでいる。だけど何一つ、ミリィの問いには答えてくれなかった。
「母さんにいっぱいお願いするよ、お金貯めるよ。自分の身を守れるように、魔法ももっと練習するから」
視界がぼやける。景色の輪郭がおぼろげになっていく。
「だから会いに行きたい」
頭がふわふわして、目もちかちかした。
どうしてこんなにも夢は儚いのだろうか。
もうすぐ覚める。この手は離れてしまう。
目を開けた時、そこには彼の魂が入った羊がいるだろうけれど。
いつまでもそれが、続くだろうか?
『……誰だ?』
意識が浮上する寸前。
聞こえた言葉に、彼の視線が向いているだろう背後を振り返る。飛ばされた花びらと思しき光が遠くちらちら瞬いているだけで、ミリィには他に何も見えない。
「シープさん……?」
もう一度彼の顔を見ようとしたけれど、今度こそミリィの意識は現実に呼び戻されてしまった。
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