炎の鱗 -Ⅲ

『友達だってさ』

 部屋に戻るなりベッドに身を投げたミリィの背中に、黒い羊ブラックシープが語りかける。

「……前にちょっと、仲良かっただけ」

『なんだ、喧嘩でもしたのか』

 背中を向けたまま黒い羊ブラックシープに、ミリィは沈黙で返す。無言の返答に黒い羊ブラックシープはため息を落とした。

『とりあえず、制服のまま寝っ転がるな。ちゃんと着替えろ』

 追及を止めて、黒い羊ブラックシープは母親のような小言を繰り出す。

 着替えて、制服にブラシをかけて、明日の支度をして。なんだか色んなことが億劫で、起き上がる気力も湧いてこない。

 その時、コンコンとドアをノックする音がした。点呼かと思って慌てて飛び起きる。けれどドアの向こうにから現れたのは、寮監ではなく。

「あ、はじめまして……」

 ドアの隙間からのぞき込むようにしていたのは、ミリィと同じような女子児童だった。


「えっと。ごめんね、誰、だろ」

 来訪に心当たりのないミリィもまた、少女と同じく戸惑った。この部屋はひとり部屋で、ミリィには訪ねてくるような間柄の子もいないはず。

「あの、私、編入生で」

 ミリィは一年時から入学したが、ヴェゼル魔法学校では四年時からの編入も認められていた。寮生活が始まり、遠方の児童でも受け入れが可能になるからだ。

「ああ、そうなんだ。えーっと……部屋、間違えてない?」

「その……本当は別の部屋、なんだけど。ルームメイトの子とは気が合わなくて、仲良くしてもらえなくて。それで、その、リリーさんはひとりだって言うから」

 少女は視線をさまよわせる。ミリィの背後にいた黒い羊ブラックシープと目が合うと、驚いたようにぱっと目をそらして、そして思い切ったように告げた。

「良かったら、リリーさんと一緒にお部屋を使わせてもらえないかな」

 白い頬が紅潮する。結った二本の三つ編みさえ震えるようだった。返事を待つ少女の額には汗が滲んで、必死なのだとわかった。

「良いよ。一緒のお部屋になろう」

 半開きだったドアを全開にして、ミリィは少女を部屋に招き入れた。


「ありがとう! 私、ロザリア・メイっていうの」

 笑顔を見せたロザリアに、ミリィも微笑む。

「メイさん?」

「ロザリアでいいよ」

「じゃあ私もミリィって呼んで」

「うん、ミリィちゃん」

 名前を呼ばれたことがなんだかくすぐったくて、ミリィは肩をすくめた。トランクを下げたロザリアを、クローゼットまで案内する。

「ローブ掛けていいよ」

「あ……うん、あとで」

 ロザリアはきゅっとローブの合わせを握りしめた。寒いのだろうか、寮内は心地いい温度に保たれていると思うけど。

「ベッドは上の段でいいかな。下は私がもう使っちゃってるから」

「うん、大丈夫」

 学習机にトランクを置いたロザリアは、対面の机上に座るに黒い羊ブラックシープに気づいて身を硬くした。

「その子は私の使い魔の黒い羊ブラックシープさん。仲良くしてね」

『よろしくな』

 紛うことなきぬいぐるみが挙手する様子に、ロザリアの緊張は解けない。

「ちょっと変わってるし口も悪いけど、頼りになるし優しいんだよ」

「あ、うん。ちょっとびっくりしちゃったの。……よろしくね」

 ロザリアはぎこちなく笑った。


『ロザリア嬢ちゃんの使い魔はどんなんだ』

「えっと……」

 躊躇うように口ごもったロザリアは、自分のローブの襟周りにそっと触れた。

 しゅるしゅる音を立てて、首元から白い蛇が現れる。

「『大食らいの蛇ビッグイーター』っていうの」

 ロザリアの首に二巻きするほどの長さと、手首周りくらいの太さの白蛇。赤い瞳でこちらを見つめながら、舌をちろちろさせている。

「わ、綺麗な白蛇!」

 真珠のように淡く光る鱗が美しくて、ミリィは声を上げた。

『マジか、ミリィ。お前、蛇平気なのかよ』

 そう言った黒い羊ブラックシープは、柔らかい布地の体を歪ませて、少し腰が引けているように見えた。

「ミリィちゃん、気持ち悪いって思わないの?」

 蛇は首をわずかにローブの中へと引っ込めた。ロザリアがローブを脱がなかったのは、蛇が隠れていたからだろう。

「この子は毒もあるし、嫌がる人が多いの。あ、いきなり襲い掛かったりはしないけど」

「私、爬虫類は好きなの。亡くなった父さんの使い魔は火蜥蜴サラマンダーだったし」

『そうか、ミリィの父ちゃん……』


 黒い羊ブラックシープがその後に続けようとした言葉が、なんだったのかはわからない。ミリィの父がすでに故人であることに言及しようとしていたのか、その使い魔がサラマンダーであることを言いたかったのか。あまり表情の読めない瞳が、なんとなく気づかわし気に見えたのはミリィの見当違いだろうか。

「ミリィちゃん、寂しくない?」

 一方ロザリアは、黒い羊ブラックシープよりも直球に問うてくる。

「父さんが亡くなったのは私がすごく小さい頃のことだから、ほとんど覚えてないの。残念だし、生きていてくれたら嬉しかったけど」

「でも……」

「ロザリアこそ、遠いところから来てるんでしょ? 学校だって変わったばっかりだし、寂しくない?」

「私は、ミリィちゃんが友達になってくれたし、平気……」

 まだミリィの顔をうかがいながらの、ロザリアの言葉。その心苦しさも期待も、ミリィにはわかるから。

「私もロザリアと友達になれて嬉しい」

 ロザリアの手をとって笑えば、照れたような笑顔が返ってきた。








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