孤島のふたり
澪は上の名前は問われても名乗らなかった。いや、本人が言うには、名乗らないのではなくそもそも苗字というものを持っていないのだという。不審な話であるが、さすがにそう言うものを無理に深掘りはできない。そして夕べが来て、雑炊をご馳走になってるときにこう言われた。
「ひとつだけ」
「うん?」
ちなみに二人で囲んでいるのは囲炉裏である。この家には電気やガスがない。水道もない。井戸はあったが。
「どうしても問うて欲しくないことがございます」
「な、何の話ですか」
「どうか、それを問うてはくださいますな」
「君は……いや」
さすがに、分かる。少なくとも、彼女は不問騙の物語を知っているはずだ。あまりにも、パンフレットで読んだ物語の一節と酷似しすぎている。ならば、可能性は二つしかない。
彼女は変な場所で一人暮らしをしている懐古趣味の変人で、しかも不問騙のふりをして俺をからかっている、という現実的には考えにくい想定をするか……あるいは、彼女が実際に不問騙そのものであると理解するか、だ。
「何を問うてはいけないのか問うことがダメだ、なんてことはありませんよね」
「はい。わたくしが問うてほしくないのは、そのようなことではございません。……しかし、何を問うてはならぬのか、という問いにお答えすることもできません」
「成程」
「ただひとつ確かなことは……それを問えば、わたくしたちは『おしまい』となります」
「おしまい?」
「そう。あなたが人里に戻ることも、二度とは叶わぬでしょう。ゆめ、お忘れくださいますな」
もし仮に、この女が本当に不問騙という怪異なのだとしても。解決策は簡単といえば簡単だ。つまり。質問してはいけないというのなら、最初から会話をしなければいい。身も蓋もない完璧な回答であろう。……だが。
「それでは。布団をお敷き致します」
「あ、はい。いやおかまいなく、土間のひと隅でも貸してもらえればそこで――」
「そういうわけには参りませんわ」
と言いつつ澪は布団を敷いた。一枚だけだった。やや大きめだが、それにしても人間が二人で寝るには狭いと思う。あるいは、人間と怪異とで、だとしても同じだ。
「ここで二人で寝るつもりなんですか? あの。それは」
「……三日後」
また俺に背を向けたまま、澪は言った。
「この島に、何者かがあなたを助けに現れます」
「え?」
「どうか、それまで」
「えええ?」
「わたくしと……夫婦のように……本当の、夫婦のように……」
澪は、そう言うと俺の腕の中にしなだれかかってきた。
「本当に……いいんですか?」
と、思わず俺は問うてしまっていた。あ、しまった。一切質問をしなければ安全、という法則のはずなんだからそんなこと聞かないほうがいいのに。思わず質問をさせられてしまう。恐ろしいことだ。
「はい。……構いません。ですから……どうか……」
そうして、俺たちは二人、一夜を明かした。……夫婦の、ように。
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