第19話


 アルテリシアの領主屋敷の庭は広い。

 腕の良い庭師が整えている庭の木々に花が彩られ、輝きを放っている。


 リアとヴィルト、アンタレスの三人は騎士レイグを連れたヴィグと共に中庭にやってきていた。

 その庭の開けた場所で。二人の男女が戦っていた。


「はぁ!」


 片方の女は木製の片手剣とラウンドシールドを手に戦っている。

 鎧を纏っている訳ではなく、動きやすい服装。恐らくはチェインメイルも仕込んではいないだろう。

 金髪碧眼の整った容姿の女だ。左目の下に傷があるが、それが逆にチャームポイントとなり魅力を引き立てている。

 ウルフカットの髪型の女であり、流れる金髪は美しい。身長は百七十センチ程とリアと同程度だ。


 もう一人は翼人族の男だ。

 長身、二百センチ程の巨躯である。

 服の上からでも分かる鍛え上げられた筋肉を持ち、こちらも木製の片手剣のみで女の攻撃をいなしている。

 青い髪に青い瞳を持つ男。背中からは純白の翼が生えている。


「せぇ!」


 女──ローニャ・アルテリシアが気合の籠った正面からの降り落としを放つ。

 男はそれを片手剣で正面から受け止める。


 数秒の鍔競り合いののち、男──ヘンリーがのけぞる。

 ローニャは剣を振り上げ、ヘンリーの首元に向けた。


「ふふ、僕の勝ちね」

「……私の負けです。お嬢様」


 仕方が無いな、という目でヘンリーは溜息をついた。


「ローニャ」


 其処にヴィグが声をかける。


「お父様!」


 ローニャはパッとしたいい笑顔で父を迎える。


「お父様、そちらの方は?」

「私の客人であり──お前の仲間に成るかもしれない者達だ」


 その言葉にローニャは更に笑顔を深める。


「という事はお父様! 遂に僕の旅立ちを認めてくださるのですね!」

「あぁ。だが、この方たちが良いと言ったらな」

「わかりました!」


 ローニャは剣を仕舞い、リア達と正面向かい合う。

 ローニャは鋭くリア達の首元にある冒険者の証である銅板を見逃さない。


「始めまして、冒険者の皆様方。僕はローニャ・アルテリシア。アルテリシア家の三女にして歳は十七。よろしくお願いします!」


 ビシっと敬礼をし、ローニャは元気よく挨拶をする。


「聖力量はそこそこだな。戦闘力はどうだ?」


 ヴィルトが失礼になるかもしれない事をさらりと言い、アンタレスに問いかける。


「そこそこできますねぇ。先の剣術を見るに今の私なら危ういかもしれません」


 言外に負ける気はないと含めるも、アンタレスはそれでも真っ当にローニャの実力を評価する。

 事実、ローニャの戦闘力は高い。人型のアンタレスならば負けるだろう。最もアンタレスの本気はワイバーン形態にあるのでその形態でならば一対一ならまず負けはしないだろう。


「ほう? 冒険者の方の方が長年鍛え上げた僕の剣術より強いと? 実際に試してみますか?」


 本来、冒険者とは弱い。

 冒険者に成るのは基本村の次男や三男等の碌に教育にリソースを割かれなかった者達だ。

 村に居ても長男長女の手伝いをするぐらいで自分の家も持てない者達。嫁や夫を得られるかも怪しい者達だ。

 そういった者が街ならば何かあるかもしれないと夢を見て街に行き、コネが無くてどの職業にも付けず誰でも成れる冒険者に行きつく。

 彼ら彼女は元から年齢を重ねている。若いのでローニャと同じ十七かそこら、酷いのだと三十代の者もいるだろう。

 其処から我流で学ぶしかない冒険者と幼い頃から訓練を受けられ食事も良いものが与えられる貴族。比べるのも馬鹿らしい差が其処にある。

 だからこそローニャの発言は正しい。只の冒険者と貴族の子では比べられない実力差があるのだ。


 ──とはいってもそれは普通の冒険者ならば、という話だが。


「クフフフ。いいでしょう小娘。私が貴女を試してあげましょう」


 ニヤリとアンタレスは笑みを浮かべる。


「ちょ、ちょっとアンタレス」


 リアが慌てた様子で声をかける。


「心配しないでください。殺しはしませんよ。仲間に成るかもしれない人物ですからね」


 アンタレスはそう言うとヘンリーと入れ替わる様に広間に立つ。


「ではどうぞ。何処からでもかかって来なさい」

「言いましたね? では──行きます!」



「はぁ!」という掛け声と共にローニャは剣を掲げ突進する。

 女としてみれば脅威的な速度だ。聖力による自己強化無しの速度で見れば凄まじいものである。勿論人間が出せる程度の速度だが。

 ヘンリーにしたようにローニャは剣を振り落とす。


 アンタレスは片手を剣に突き出し──受け止める。


「んなっ?!」


 アンタレスは右手の人差し指と中指を使って剣を挟むことで受け止めたのだ。



(う、動かない!)


 引いても押しても、剣は動かない。

 ローニャは恐怖する。これが魔力やら聖力による強化込みならばまだわかる。だが目の前の男、アンタレスはそういった力を行使せず受け止めている。

 つまりは素の身体能力で成しているという訳だ。身体能力という区分ならば化け物と言えるかもしれない。

 勿論これはアンタレスの正体がワイバーンだからできる事だ。一般的な魔族にも普通は出来ない。


「くっ……」


 ローニャは剣を手放し、後ろに大きく飛ぶ。


「おや? いいんですか? 剣を手放して? 返してあげましょうか?」


 ニヤニヤと笑いながら、アンタレスは手で剣を弄ぶ。


「……ここからは本気で行きたいと思います」


 ローニャは体内の聖力を活性化させる。


「お、おいローニャ。これは模擬戦だぞ? そこまでするのは──」


 父親のヴィグが止める様に声をかけるも、両者止まる気配は無い。

 あろうことかアンタレスも魔力を活性化させ始める。


「別に良かろう。死ぬ訳でも無し」

「えぇ?」


 ただの模擬戦で聖力や魔力を使うのは基本やり過ぎに分類される世界で、ヴィルトは何でもない事のように言う。


 アンタレスは剣を手放し、適当に放り投げる。

 ローニャはそれを拾う気はなく、聖力で疑似的な剣を作り出す。

 リアも行使した天剣の聖術だ。使用者の聖力によって威力の変わる術である。


「クフフ」


 対しアンタレスもまた魔力を使って剣を生成する。

 此方は実体のある剣だ。ヴィルトが行使した武具製造の魔法である。


 魔力の剣と天剣が交差する。


 衝突。鍔競り合いを演じた後に両者離れる──と思えば剣と剣がぶつかり合う。

 剣劇を二人は演じる。両者魔力と聖力を用いて自己強化した状態での剣の行使だ。常人の目では捉えられぬ速度である。

 事実ヴィグは目で追う事は出来ず、リアはどうにか目で追えている。ヴィルトとヘンリーは普通に見えている。


 何十合と言う剣のぶつかり合いののち、両者跳躍し離れる。


 両者、切っ先を互いに向ける。


 互いの剣の先からそれぞれ魔力と聖力で出来た球体が生じ──レーザーとなって放たれた。


 聖力で出来た白い光のレーザーと魔力による黒い光のレーザーがぶつかり合う。


「ぐっ……!」


 そして徐々に。白い光──ローニャの聖力が押されていく。

 そもそもの保有できるエネルギー量が違うし、出力だって天と地の差がある。


 仕方がない、とローニャは聖力の放出を辞め斜め上に跳躍。遮るものが無くなった魔力のレーザーが庭を突き抜けた。


「はぁ!」


 空を蹴り、脅威的な速度でローニャがアンタレスに斬りかかる。

 それをアンタレスは剣で防ごうと構え──衝突。


 一瞬にしてアンタレスの剣は斬られ、身体に深い傷を受けた。

 ローニャは地面に着地すると同時に顔を蒼褪め叫ぶ。


「あっ!!! 大丈夫ですか?!」


 高位の魔族であるアンタレスは聖力に対して脆弱性を持つ。聖力によって出来た剣で身体を斬られれば致命傷にも成りうる。

 只の模擬戦で体に深い傷を与えてしまったことにローニャは慌てる。


「直ぐに医者を!」


 ヴィグが慌てて叫び、ヘンリーに人を呼ぶよう指示を出す。


「慌てるな」


 ヴィルトは一人アンタレスに近づき、右手でアンタレスの胸を貫いた。


「何を?!」


 その凶行にローニャは悲鳴を上げる。


 だが直ぐに絶句し声を止める。アンタレスの体の傷が治っていくのだ。

 ヴィルトが手を抜くと其処には何も無い。貫かれた服には穴も無く、模擬戦前のアンタレスの姿があった。


「申し訳ございません。魔王様」

「よい。気にするな」


 謝罪するアンタレスとそれを気にするなというヴィルトにローニャは問いかける。


「き、傷が治ったんですか?」

「そうだが?」

「そうだが、って……」


 魔族に対する治療というのは実のところ難しい。

 そもそも魔力が生命にとって害になるエネルギーである為魔力を用いた他者治療の術というのが殆ど無いのに加え、人の世界ではよくある聖力による他者治癒が魔族には通じないというのがある。

 それどころか魔族に対し聖力を与えるというのは単純に害になる。

 その為聖術ではない治療術が必要になる訳だが、それ自体が珍しいのだ。

 そもそも何かあれば聖力でどうにかしようとするのが人の世界の為、聖力無しで使える薬草や治癒薬というのを研究する人間がまず少ない。

 ならば同じ魔族ならばどうか、となるが魔力による他者治療は相当高度な術に成る為仕える魔族がこれまた少ない。

 因みにだが、アンタレスは普通に自己治癒ぐらいならば出来たりする。最も人型の状態だと能力が落ちる為再生に時間がかかるが。

 また魔族の治癒を成したのは魔王の魔法行使能力ではなく魔王としての権能の一つである。魔族を産み出す能力を治療に回したのだ。

 その為にローニャの脳裏に過った模擬戦での殺傷等という沙汰にはならない。


「申し訳ありません。魔王様、敗北してしまいました」

「良い。相手が悪かった」


 魔王の見立てではローニャの潜在能力は非常に高い。

 勇者程とは行かずとも、その仲間──翼人族の女と同程度はある様に見える。

 魔王軍の幹部クラスとタイマンはれるだけの戦闘力を持っているのだ。


(末恐ろしいな)


 まだ十七という若さで子の戦闘力とは、とヴィルトは恐怖する。


「それでどうだ? ローニャとやら。我らの旅路に加わる気はあるか? 魔王城を目指す旅だ」


 ヴィルトは慰めるようにアンタレスの肩に手を置いてから、何でもない事のようにローニャに話しかける。


「えぇっと、魔王城を目指す旅に加わりたいのは山々ですが……いいんですか?」

「何がだ?」

「いや、僕さっきその人深く斬っちゃいましたけど」

「別に気にしませんよ、人間。あれは油断した私が悪かったのです」

「えぇ……」


 アンタレスの物言いに思わずひく。

 普通の人間ならば自分の体を斬った相手と仲良くするなど無理だろう。だがアンタレスは本当に何でもない事のように振る舞っている。

 なまじ貴族としてある程度──本当に多少──人付き合いというものを学んでいるローニャにはそれがわかってしまった。



「そう言う事ならば……このローニャ・アルテリシア。貴女方に同行させて頂きます」




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