第3話


「起きたか」


 女──名をリアという女が起きて最初に目にしたのは変わらぬ痴女であった。

 一瞬さっきのは夢かと思うが、濡れた下着が現実だと主張してくる。


 リアは仰向けに倒れた状態であり、それをヴィルトが覗き込むように見ている。


「それで、人についていつ教えてくれるのだ?」


 ワクワクと親からのプレゼントを待つ子供の様にヴィルトはリアに問いかける。


「……貴女、一体何なの?」

「ん? さっき名乗ったであろう。我こそは魔王ヴィルト・シュヴァインである」


 その名に聞き覚えがある──というか自らの研究テーマであるリアは思わず頭を抱えたくなるも必死に抑える。


「破滅の王……やっぱり実在していたんだ……」


 キラキラと、何処か童女染みた目でリアはヴィルトを見つめる。


「破滅の王……あぁ。人間共がそんな名で呼んだこともあったな」

「すごい! じゃああの神話は嘘じゃなかったんだ!」


 リアは跳ね飛び、驚きの感情を動きで主張する。

 両手を振り、ガッツポーズをした後、恥ずかしそうにする。

 人間のそういった感情の動きについて知らないヴィルトは何とも思わない。


「えっと、何故貴女がここに居るか聞いても?」

「わからん。勇者に何かされたらこの平原に居た」


リアは学者である。

神話の時代について探求している者であり、上流階級の出身だ。

そんな彼女は歴史が好きだ。過去の人間の歩みが今を作っているのだと思うと興奮さえする。

そんな彼女がーー上流階級の出で暮らしに困らぬ彼女がこんな辺鄙な所に居るのには理由がある。

神話の時代において。魔王と勇者が対決した。

そのかつての勇者の歩みを自身もまたなぞりたいと、そう思って彼女はここに居る。


つまるところ彼女は歴史オタクであり、勇者のファンなのである。


興奮冷めやらぬ彼女は、本物の魔王を前に興奮を隠せなかった。

だから、彼女は魔王を相手に先の恐怖も忘れて話しかける。


「なるほど……最初に言うと、まず、貴女が居た時代から約一万年が経っているわ」

「──なんだと?」


 一万年という言葉に、ヴィルトは驚愕する。


「一万年というと……あれだろ、一年が一万回過ぎたってことだろ?」


 え、とヴィルトは両手で指折り数え始める。


「そう。貴女にとって当時の出来事は今になっては神話の時代のおとぎ話。信じない者も居る……というか、殆ど信じられてないわ」

「えぇ……」


 自らの野望の果てがそんな扱いをされていることに、ヴィルトは呆れとも取れる感情を抱く。


「…………まぁ、それはいいか。我の今の目的は人を知る事だ」


 まぁいいか、とヴィルトはそれですませる。


「人を知る事?」


 リアはヴィルトの言葉に疑問を抱き、問いかける。


「先も言ったであろう? 我は人について知りたい」

「へぇ、そうなの……」


 リアは顎に手を当て、少し考える。


「……具体的にどうやって知ろうというの?」

「わからん!」


 勢いよく断言され、リアはえぇと困惑する。

 こほん、と咳をつき、リアは自分の考えを口にする。


「それなら、人間の旅に同行するってのはどう? 人について知れるんじゃない?」


神話の時代の生き証人。自らが追い求めて来た者。

それを前にしてそれじゃあと去るのは彼女の欲求が許さなかった。

歴史オタクであり、神話の時代を知ろうとする者として魔王を手放すなど有り得ない。

だからこそ、自分の旅についてこないかと提案したのだ。


「む、それは……」


 ヴィルトは考える。この女に着いて行って大丈夫か、と。

 だがヴィルトの知性はそこまで高くない。ほんの少しだけ考えまぁいいかと思考を放棄した。


「別に構わんぞ。じゃあ行こうか」


 魔王ヴィルト・シュヴァインはよく考えもせず、それもいいかと肯定した。


「私はリア。学者よ」

「我は魔王ヴィルト・シュヴァイン! 破滅の王であり混沌の支配者である!」


 よろしく、とリアは手を差し出す。

 流石にヴィルトも握手をしたいとわかり、その手を握る。


「いててててて!」

「あ、すまん」


 そして力強く握った為、リアの手の骨に罅が入ったのだった。



 ■


「まずその力何とかしないと日常生活出来なくない?」


 リアは聖力を活性化させ、自己治癒能力を強化する。

 そうする事で罅の入った骨を治していく。


「というか、まず服よね……全裸のままじゃいけないし」

「いかんのか?」

「駄目に決まってるでしょう」


 全裸のままでも問題なくないか、と主張するヴィルトにリアはそれは駄目だと懐から袋を取り出す。

 袋から取り出されたのは外套だ。小さな袋には到底入らないであろう大きさの外套である。


「取り合えずこれ羽織っときなさい」


 リアは真っ黒な外套を手渡すと着る様に促す。

 わかった、とヴィルトは承知し外套を羽織る。


 これでヴィルトは全裸の痴女からマントの痴女にランクアップした。

 寧ろマントの痴女という事で背徳感が煽られているかもしれない。


「で、この先どうするんだ?」

「私の旅に付いてきてもらうつもりよ」


 一拍おいてから、リアは語り出す。


「私の旅の目的は神話のおとぎ話とされた魔王ヴィルト・シュヴァインと勇者レーレの物語……その真相を解き明かす事こそ私の目的!」


 リアに話される事で自分を倒した勇者の名を知ったヴィルトはへー、と思う。


「まぁ今その当事者本人に会ったから半分目的達成したようなもんだけど、今度は勇者について調べないとね!」


 ワクワクと、高揚を隠さずリアは饒舌に喋る。


「まずは近くの街まで行きましょ。服も買わないといけないしね」


 その前に着替えなきゃ、とリアは袋から変えの下着を取り出し下着を履き替える。

 着替え終わるまでヴィルトは大人しく待ち、リアは着替え終わると「行きましょうか」と歩き始めた。



「そういえば、何故盗賊に襲われていたんだ?」


 歩く間暇なので、ヴィルトは話題を切り出す。


「あぁ。彼らが塒にしていた遺跡に私が踏み込んだのよ。それで彼らの反感を買ったって訳」

「なるほどな。しかし遺跡なんてものがあるのか」

「貴女が生きていた時代から一万年よ? 今も残っている当時の建造物なんかが遺跡になってるわ」


 二人は雑談を楽しみながら歩いて行く。


「そういえば先の袋は? 見た目より容量が大きそうだが」

「これも聖具せいぐよ。聖別された獣の皮をなめして作られた袋で聖力持ちなら見た目より容量が多く物が入るの」

「ほー。今の時代には武具以外の聖具があるのか……技術の進歩というのはすごいな」


 聖具とは聖力の使い手が作り出す特殊な道具の事だ。

 形状は様々であり、剣や盾などの武具の形をする物から髪飾りや鏡などの道具の形をするものもある。

 魔王が君臨していた一万年前は武具の聖具しかなかったが、一万年の月日によって聖具も進歩している。

 それに反する魔具まぐというのもある。


 そうして二人が歩く事二時間程。街に辿り着く。


 堅牢な城壁に囲まれた城塞都市だ。城壁も三十メートル近くはあり、本来の姿の魔王と同等の高さを持つ。

 城門は開いてあり、誰でも歓迎という雰囲気が出ている。


 二人は門の前まで歩くと、門を警備している者達が目に着く。


「……魔族?」


 其処に居たのは人では無かった。

 いや、外見は非常に人間に酷似している、というより人其の物だ。

 だがこめかみからは黒い角が生え、背中からは蝙蝠の用の翼が生えている姿は紛れもなく人間ではない。

 更にヴィルトの探知能力で分かるのは人間が持つ聖力ではなく魔の者が持つ魔力を有しているという事。

 ヴィルトの常識であれば魔力を持つ者は魔族と一括りにされている。



 魔王ヴィルト・シュヴァインが知る限り魔族とは二種類いる。


 一つが魔王の権能をもってして人から転生、転化させた存在。最も忠信熱いアンタレス等がこれに当たる。

 もう一つが自然に存在する魔力によって変異してしまった動植物全般だ。

 人だろうと動物の一種であり、人が魔力によって変異したのが吸血鬼だったりもする。


 それら全て、魔王の支配下にある。魔に属するもの全て魔王の配下なのだ。


 その権能と単純な探知能力で相手が魔族だとわかる。


 そこでヴィルトはここは魔族の街で、だから魔族が門番をしているのか? と疑問を抱く。


「えぇ。魔族ですが、何か?」


 と、門番の魔族は疑問を口にしたヴィルトに対し優し気に答える。


「あー、この子田舎から出たばっかりで魔族の方と会うの初めてなんです、それでちょっとね」


 へへへ、とリアが前に出て魔族と話す。

 そうでしたか、と魔族は軽く返すと「ようこそ、ルテンラの街へ。歓迎いたします」と返した。


 ヴィルトはリアに手を引かれ、街の中へと連れていかれた。



 ルテンラの街は、ヨーロッパのような街並みの作りだ。

 煉瓦の屋根に白い壁という、ヨーロッパと言えば、風の作りである。

 その街を二人は歩く。道中ヴィルトはリアに尋ねる。


「何故魔族が人の街にこれほどいるのだ?」


 ヴィルトが道を歩く人間を見る。

 其処には多種多様な種族が居た。


 尖った耳を持ち、人よりよほど長生きな聖力によって変異した生命体である森妖精エルフ

 創造神が自らに似せて作ったとされる基本形の人間。

 人型、だが耳が本来あるべき場所には無く、代わりに獣の耳が頭の上から生え、獣の尻尾が臀部から生えている獣人。

 こめかみからは角が生え、背中からは蝙蝠や鳥の翼が生えている魔族。


 ヴィルトの知識ではこれは有り得ない事だ。


 魔族とは世界に害を成す者。世界の敵である。それが人と仲良く暮らす等有り得ないし、有り得ては成らない事だ。


「一万年で世界も変わったのよ。今となっては魔族も普通に人の世界で暮らしているわ」


 リアの言葉にヴィルトは絶句するしかない。

 自らの配下であり、人間を全て殺せと命じた者達が人と仲良く暮らす等、想像すら出来ない事なのだから。


「……そうか」


 ヴィルトは複雑な気分のまま、街を歩く。


「それで、今は何処に向かっているんだ?」

「先ずは服ね。貴女の服をどうにかしないといけないじゃない」

これ外套じゃいかんのか?」

「真っ当な服と下着を付けないとまず痴女として牢獄にぶち込まれるわよ」


 等と話しながら、二人はある店の前で止まる。

 ガラスで出来たショーウィンドウがあり、中には服を着たマネキンがある。


「服屋か」

「そうよ。まずはここで貴女の服を用意するわ」


 ドアを開けるとベルの音が鳴り、入店を知らせる。


「いらっしゃいませ。何か服をお探しですか?」


 入店と同時に女の店員が目ざとく二人に話しかけてくる。

 勢いの良さにヴィルトは少々ビビる。


「この子の服を買いに来ました。それと下着も……出来ればサイズ測定からお願いしたいのですが」

「畏まりました。ではこちらへ」


 店員に案内されるまま、試着室にヴィルトは案内される。


 試着室の中に入ると、店員が計測器具を手にヴィルトに話しかける。


「ではまず胸のサイズを測りますので、上の服を脱いでください」

「わかった」


 拒否する理由もないので、ヴィルトは大人しく外套を脱ぐ。

 ばさり、と外套が地面に落ち、ヴィルトの裸体が露わになる。


「──お客様……もしやここまでその格好で……?」


 店員は恐る恐る尋ねる。


「そうだが?」


 えぇ、と店員は言葉を飲み込む。

 新規の客だと思ったら痴女だったショックは店員には大きいのだろう。無論ヴィルトにそんなことはわからない。

 こほん、と店員はワザとらしく咳払いをする。


「では両手を上げてください」

「わかった」


 ヴィルトは大人しく両手を上げ、万歳をする。

 そこに店員がメジャーで胸囲を図る。


「……Bの八十五、Bサイズですね」

「そうなのか」


 Bだの何だと言われてもヴィルトにはわからない。そもそも服を着るという行為自体したことが無い。


 店員はヴィルトに外套を羽織らせ、試着室のカーテンを開ける。


「お客様。まずはブラジャー……いえショーツから用意した方が良いと思いますが、構いませんね」

「大丈夫です。この機会にみっちり教えてやってください」


 二人の会話に、ヴィルトはどことなく恐怖を感じたのだった。

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