173 ミナト、豚汁の流儀
豚汁――それはシンプルに見えて奥が深い、みそ汁の一種である。
必要な材料を切って煮込み、具材が柔らかくなったら、みそで味を整える――ただそれだけのことに思えるかもしれないが、それだけで済まされるほど豚汁という料理は甘くない。
俺も自分で豚汁を作る際には、何かと凝ってしまう。だからこそ何回も作ることとなり、結果的に豚汁の腕前が上がる。
施設にいた時も、俺の作った豚汁は子供たちに大人気だったものだ。
人数が多かったから、寸胴鍋で大量にこしらえていたっけか。久しぶりに思い出したものだが、施設の皆は元気でやっているのかねぇ。
それをひそかに願いつつ、これから客人に豚汁の流儀ってもんを教えていこう。
「まずは野菜から切っていきましょう」
いつもの如く土鍋ご飯を仕上げたところで、俺は畑で採ってきたばかりの、太くて真っ白な大根を取り出す。
「今回、皮をむくのは大根だけです。最初はこの皮むき器を使ってください」
「包丁は使わないのですか?」
「いきなりは難しいかと思って。ケガをしてもいけませんし」
「問題ありません。ドラゴンたるもの、少々の切り傷くらいならすぐ治ります!」
「あ、いえ、見ているこっちの心臓が持たないので」
せっかくの申し出だけど、今回は皮むき器の力を借りる方向で行かせてもらう。あまり具材をボロボロにさせてもよろしくないしな。
使える道具は惜しみなく使う――これも料理における基本なのだ。
「大根の皮をむいて、少し厚めのイチョウ切りにして……これを耐熱皿に盛り付け、電子レンジで三分くらい加熱します」
「なぜ、そうするのですか?」
「こうすると、大根が煮えやすくなるんですよ」
同じ理由で人参もそうする。根菜はどうしても火が通りにくいから、事前に熱を加えておいたほうが、結果的に時間の短縮につながるのだ。
レンジを使っている間に、他の具材も切っていく。
玉ねぎ、白菜、しめじ、そして長ネギだ。これらは火の通りが早いので、切ってそれぞれまとめておくだけでいい。
ただし白菜の白い部分は分けておく。こっちは煮えるのが少しかかるため、鍋の底に敷き詰める勢いで先に放り込んでおこう。
本来ならゴボウや里芋も、豚汁における定番具材なんだよな。
どちらもないので今回は省略する。そもそも俺自身、あまり好きじゃないし。
特に里芋はどうにもなぁ――あのねっとりとした食感は、いまいち受け入れられそうにないんだわ。ゴボウはきんぴらで行けるけど、そこまで好みではない。
現にダンジョンの畑でも、この二つは育てていないからな。
ま、それはどうでもいいだろう。
「続けてレンジでチンした大根と人参も鍋に放り込みます。そして玉ねぎとしめじも入れてしまいましょう」
「……蓋ができないくらい、溢れそうですよ?」
「それでいいんです。煮えたらクタッとなってきますから」
野菜って何気に水分の塊だからね。煮えたら本当にかさが減るんだよ。こればかりは実際に見てもらったほうが早いんだけどな。
「そしてもやしと、下茹でして一口大にちぎったこんにゃくも入れ、ハイドラが浄化した水を、鍋の半分よりも少ない程度に入れます」
「もっとたくさん入れたほうがいいのでは?」
「野菜からも水分がたくさん出るので、むしろこれくらいのほうがいいんです」
そしてそれこそが、豚汁における絶好のうまみとなってくれるのだ。
野菜の水分を甘く見てはいかんぜよってね。
「そしてここから火をかけて、弱火でじっくりと煮ていきます」
「……これ、結構かかりそうですね」
「えぇ。かかります」
時間をかけるのも、おいしい豚汁を作る大切なポイントである。水からじっくりと野菜を煮込む。シンプルに見えて結構奥が深い部分だと、俺は思っている。
「お肉と豆腐と……長ネギが残ってますが?」
「それは最後のほうに入れるので、今はまだ置いておいてください」
「分かりました」
さて、具材が少し煮えてくるまで、他のおかずの準備に取り掛かろう。
「残っているほうれん草のおひたしと漬け物……納豆も出しますか」
「随分とストックされているんですね」
「まとめて作っておくと、後で用意するときに楽ですからね」
冷蔵庫からそれを取り出して、皿にそれぞれ盛りつけていく。しょうゆと鰹節は後でかければいいな。
後は納豆の薬味に、小ねぎも切っておこう。
……正直、さっき豚汁の下ごしらえをしているとき、一緒に切っておけば良かったなぁと思えてならない。納豆を出すところまで考えていなかったからな。
ま、これもよくあることではあるが。
「――おっ、沸騰してきたな」
俺は豚汁のほうをチェックしてみる。うむ。具材も少し煮えてきているようだ。
「ここで出汁代わりのめんつゆを入れて……みそを少しだけ溶き入れます」
「え? もうみそを?」
「少しだけ入れて、具材に味をしみ込ませる感じですね」
これで豚汁の大まかな仕込みは終わりだ。そろそろメインディッシュの仕込みに入っていきましょうかね。
「豚汁と来れば、やはり魚でしょう」
本当はアジの開きを焼きたかったのだが、魚焼きグリルに五尾は入らない。なので今回は、フライパンでシャケの切り身を焼いていくことにする。
ここで使うのがホイルシートだ。
油なしで奇麗に焼け、しかもフライパンにくっつかないという優れもの。初めてお目にかかったときは驚いたもんだよ、全く。
「冷凍していたシャケが余っていたから、ちょうど良かったですよ」
「それは……もしものときのために、保存していたものでは?」
「全然いいですよ。いつかは調理して食べないといけないものだったんで」
戸惑うヴァルツさんに対し、俺は苦笑しながら言う。気を遣ったように聞こえるかもしれないが、結構な本音だったりもする。
もしものときなんて、意外と来そうで来ないものだからな。
食べるタイミングを逃して結局捨てる羽目になる――それだけはなんとしてでも避けなければならない。
だから今回は、渡りに船というわけだ。
「このシート……燃えたりしないのですか?」
「俺も最初はそう思ってましたけど、これが意外と大丈夫なんですよ」
「便利なものですね」
シャケを焼きながらそんな会話をする。
正直かなり楽しい。一緒に料理しながら会話するなんて、今までありそうでなかったからなぁ。俺にとってもこれは、貴重な体験と言えるだろう。
「さーて、そろそろ豚汁の仕上げといきましょう!」
切り分けておいた豚バラ肉、豆腐、そして長ネギを放り込み、みそで追加の味付けを行う。味が整ったら、チューブ入りのおろしにんにくとショウガ。そしてコチュジャンを入れる。この隠し味が決め手なのだ。
仕上げにごま油を二周ほどかけ回し、一煮立ちすれば豚汁の完成である。
「――うん。完璧♪」
ミナト印の豚汁は、今日も素晴らしい出来栄えでございます。
そしてもう一つ俺が思うところは――
「ヴァルツさんが手伝ってくれたおかげで、結構スムーズにできましたよ」
「いえ。私はほとんど見ていただけになってしまいましたし」
「野菜を切るのとか、普通にできていたじゃないですか。料理の才能ありますよ」
「そう言っていただけて光栄です」
これはお世辞なんかじゃない。包丁の使い方も少し教えただけで、あっという間に吸収してしまったのだ。これならもうちょっと勉強すれば、フレイルさんに料理を振る舞えるくらいになるような気がする。
そう思ったのだが――
「ここまで一緒に料理を作らせてもらっておいて、申し上げるのもなんですが……」
焼き上がったシャケを、五人分の皿に盛りつけていく中、ヴァルツさんが不意につぶやくように言った。
「やはり執事の自分がエプロンを着るのは、いろいろと合わない気がしますね」
「まぁ、そもそも料理をするための格好ではないでしょうし」
「そこなんですよ。どうも私は、執事という立場に縛られてしまっているようです」
情けなさと悔しさが入り混じったような笑みを浮かべるヴァルツさん。その気持ちは分からなくもないため、俺も否定のしようはない。
しかしながら、少し思うところもあるため、それを述べてみる。
「そこまで気にしているんだったら、メイドでもいいんじゃないですか?」
「え? いやいやミナト様、いきなり何を言い出して――」
ついでにずっと気になっていたことを、俺は問いかけてみることにしたのだった。
「だってヴァルツさん――普通に女の子ですよね?」
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