第4話 「亀裂の向こう側──最初の選択」

世界は、音もなく壊れる。

気づいたときには、もう元には戻れない。


壊れゆく世界の中で──

僕たちは、選ぶしかなかった。


進むか。

抗うか。

それとも、諦めるか。


──異能暴走事件から一夜明けた、天鏡学館(てんきょうがくかん)。


校舎は、まるで何事もなかったかのように、静かな朝を迎えていた。


だが、暁 蓮司(あかつき れんじ)も、暁 霞(あかつき かすみ)も知っていた。


昨日までとは、何かが決定的に違うことを。


──世界が、静かに、確実に、壊れ始めている。


昼休み、学館の中庭。


普段なら生徒たちの声が賑やかに響く場所も、今日は妙に静まり返っていた。


蓮司は、ベンチに腰掛けながら空を見上げた。


青空に、一筋の白い亀裂が走っているように錯覚する。


(……いや、違う。錯覚なんかじゃない)


霞は、その隣でタブレット端末を操作していた。


「コード反応、異常値上昇中。……学館内、四箇所」


「四箇所……?」


蓮司は顔をしかめる。


「昨日の暴走だけじゃない。これは、侵食が加速してる」


霞の声は低く、冷静だった。


夜。


霞は、ひとり校舎裏の巡回に出ていた。


いつもなら二人一組で行動するが、

この夜は、なぜか直感的に「自分だけで行かなきゃ」と感じた。


──そこに、異変が現れた。


闇の中。

空間が、きしむような音を立てる。


(……来る!)


警戒する霞の前に、

"それ"は現れた。


侵食体。


異界のヒビから漏れ出した、形容しがたい存在。


人の形をしていない。

だが、本能でわかる──あれは敵だ、と。


侵食体は、音もなく接近してくる。


霞は即座に防御態勢を取った。


だが、侵食体の動きは異常なほど速かった。


鋭利な爪が、霞の防御フィールドを切り裂く。


(まずい──)


身体が後ろに吹き飛ばされる。

着地と同時に立ち上がろうとするが、足元がもつれる。


そこへ──


「霞!!」


怒声が響いた。


蓮司だ。


全力で駆けてくる兄の姿を見た瞬間、

霞の緊張が、ほんのわずかに緩んだ。


蓮司は、迷わず侵食体に飛びかかった。


拳に、重力を纏う。

だが──


その瞬間、蓮司の中で"何か"がはじけた。


(……何だ、これ!?)


全身の血流が沸騰するような感覚。

重力制御とは違う、異質なエネルギーが暴れ出す。


それは、

まだ完全に目覚めきっていない"双星コード"の共鳴だった。


戸惑いを振り切るように、

蓮司は拳を侵食体へ叩きつけた。


衝撃。


侵食体は悲鳴を上げ、

異界の裂け目へと引きずられながら消えていった。


「霞、大丈夫か!」


蓮司が駆け寄る。

霞は、苦笑してうなずいた。


「……助かった。ちょっと、油断してた」


「油断していい相手じゃねぇよ、あれは」


二人は、廃墟のように静まり返った裏庭を見渡した。


ヒビ割れた空間。

異界と現実の境界線が、もうすぐ崩れ落ちそうなほどに脆くなっている。


世界は、確実に終わりに向かって進み始めていた。


屋上。


月明かりの下、

霧神 零(きりがみ れい)が静かに空を見上げていた。


その顔に、かすかな笑みが浮かぶ。


「さぁ──選べ。

 運命を壊すか。

 壊されるか」


冷たく、無慈悲な声。


その背後、異界の裂け目が、さらに深く口を開いていた。


(第4話・完)

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