第5話 閑話大魔導師ユリエラと魔導人形と
宮廷で日々繰り返されるごたごたに嫌気がさし、全てを放棄して逃げ出したのはもう三十年も前のことになる。
宮廷を飛び出した私は、放浪の旅の末、ここ「とこしえの森」にたどり着いた。
ここに至るまでかなり厳しい冒険の日々が続いたが、そこは大魔導師として持てる力の全てを注ぎ込んでなんとか小さな拠点を築くことに成功した。
これも密かに研究開発してきた飛行と収納の魔道具あったればこそだ。
現在のところ、どちらもかなりの魔力が無いと使いこなせないが、そのうちこの世界が進歩すればどちらも効率的に運用することができるようになるだろう。
しかし、それは今ではない。
私ごときが言うのもなんだが、この世界はまだこの技術を受け入れるには早すぎると私は率直に思っている。
いつか、この技術が平和的に使われる日がくるのだろうか?
そんなことを夢想しながら、私は今日もとこしえの森でひとり静かに暮らしていた。
そんな世捨て人の私だが、最近熱中していることがある。
それは魔導人形の開発だ。
このとこしえの森に来て、私は神獣たちと出会った。
最初は驚いたものだ。
なにせ、彼らは人の言葉を理解し操る。
いや、正確には言葉を理解しているというよりも、人に直接意思を伝えることができる能力を持っていると言った方がいいのかもしれない。
そんな神獣たちと出会い、私の人生は大きく変わった。
この世界には人が越えられない壁が確実に存在している。
そのことは私の研究者としての魂に確実に火を着けた。
そこで思いついたのが魔導人形の製作だ。
人が人を作るという未知の世界に挑んでみたい、と単純に思い研究に取り掛かる。
しかし、その道は想像以上に険しく、なんとか人型の人形を組み上げるだけでも十年の歳月を要してしまった。
そして、二足歩行や細かい動作といった課題を解決し、さらに簡単な挨拶程度の会話ができる魔導回路を組み上げるのにまた十年の歳月を費やす。
おそらく、私がこの短い人生のうちでやり遂げられるのはここまでだろう。
そう思って、私は人形を起動させる魔法陣を組み、そこにありったけの魔力を注入した。
その最中、明らかな事故が起こる。
魔法陣が暴走した。
完璧に組み上げ、何度も確認をしたはずの魔法陣が暴走するという事態に焦り、慌てて魔力を遮断し強制終了させようとしたが、暴走は止まらない。
魔法陣の暴走は続き、やがて私が見たことのない形に変容していく。
正直なことを言えば、
(終わった……)
と思った。
そんな私の諦めを他所に、魔法陣はどんどんとそこから発する魔力を増大させ、私の渾身の力作である魔導人形を包み込んでいく。
正直、なにがどうなっているのかさっぱりわからず、私はただただ死を覚悟した。
そして、その魔力の波動がいよいよ世界樹並みの光を放ち、大きく膨れ上がったかと思った瞬間、突如としてその現象が終わる。
人形を包み込んでいたはずの恐ろしいほど膨大な魔力が全て人形の中に吸い込まれてしまったように思われた。
呆然として人形を見つめる。
すると突然人形は目を開き、
「えっと……」
と戸惑いの言葉を口にした。
しばし人形と見つめ合う。
そして、私も、
「えっと……」
と戸惑いの言葉を口にした。
やがて、
「ひゃっ!」
と短く叫んで人形が自分の胸と股間を抑える。
私はその人形を作る時、必要のないものはいっさい作らなかったはずだが、一瞬見たその人形には明らかに人間の女性らしい部分が備わっていた。
私は人形が恥じらったとこや、自分がまったく創作していなかった部分が付け足されていることに驚き、しばし啞然とする。
そんな私に人形は、懇願するような目で、
「あの……。服、ありますか?」
と聞いてきた。
「え、ええ。ちょっと待ってて」
と、なにがなんだかわからないながらも、自室に戻り服を持ってくる。
服は一応人形が完成したら着せようと思って予め作っておいた。
それを人形に手渡すと、人形はどこかほっとしたような表情を浮かべ、
「ありがとうございます」
と言って自分でそそくさと服を着始める。
私はそんな様子をまだ理解できないままただただ見つめた。
そして、人形は服を着終わると、私を振り返って、
「えっと、ここってどこですか?」
と聞いてくる。
私が、
「……とこしえの森っていうところなんだけど……」
と答えると、人形は、
「え? あの、何県の……」
と訳の分からないことを聞いてきた。
私がその質問に答えられず、戸惑っていると、人形は、
「え? もしかして外国ですか!?」
と、また訳の分からないことを言ってくる。
そして、不思議そうな顔をしながら、
「あれ? でも言葉通じてますよね? 日本人……には見えないですけど、日本の方ですか?」
という質問の意味も理解できない質問をしてきた。。
私は、どうしたものかと思ったが、
「とりあえず、お茶でもいかが?」
と、かなり顔を引きつらせながらもなんとか笑顔でそう言ってみる。
すると、その人形は、
「あ。そうですね。恐れ入ります」
と言いつつ、丁寧に頭を下げてきた。
「大丈夫? 歩ける?」
と聞くが、人形は、平気な顔で、
「はい。大丈夫みたいです」
と言って手足を器用にぷらぷらと動かして見せる。
そんな様子に私は内心かなり驚かせられながらも、
「そう……。よかったわ」
と、なんとか微笑み、人形を案内するような形でダイニングへと向かった。
「えっと、紅茶でいいかしら?」
と一応聞いてみると、人形は、
「あ、はい。おかまいなく」
と言って礼儀正しく頭を下げてくる。
私はそんな様子にとりあえず何かを諦めて、紅茶とありあわせのクッキーを出してあげた。
「うわぁ。美味しそうですね。えっと、いただいても?」
と私の顔を覗き込むようにして聞いてくる人形に、もう何もかも諦めて、
「ええ。どうぞ」
と微笑んで返す。
すると人形は、
「いただきます」
と言い、両手の平を胸の前で合わせるというなにやらお祈りのような仕草をしてから、クッキーに手を付けた。
「ん! 美味しいです!」
と本当に美味しそうな笑顔でそう言う人形に、
「あら。嬉しいわ」
と、こちらも笑顔で応える。
すると、人形も嬉しそうに笑って、
「いやぁ。なにがなんなのかわかりませんが、とにかくお優しい人に助けられて良かったです」
と言ってきた。
そこから、私たちはお互いの話を始める。
私がこの世界のことや人形を作っていたということを話すと人形は驚き、人形の話を聞くと私が驚いた。
その話から、どうやら人形は私のいるこの世界とは別の世界の記憶を持っているらしいことがわかる。
ただ、人形の記憶は曖昧で、自分がどこの誰なのかということはわからないということだった。
そんな話が一段落し、
「そうだったんですね……。いわゆる転生ってやつなんでしょうか……」
と落ち込んだような感じで言う人形に、私はなんとも言えない哀しさのようなものを感じ、
「ええ……。でも物は考えようよ? ほら、もう一回人生がもらえたってことなら、それはとっても幸運なことに思えてこない?」
と励ますような言葉を掛ける。
すると人形はハッとしたような顔をして、
「そうですね。とりあえず、私は生きてますから、なんとかなりますよね?」
と言い、「あはは……」と少し苦笑いながらもなんとか笑顔を作ってくれた。
そんな人形の表情に私は安堵し、
「うふふ。自己紹介が遅れちゃったけど、私はユリエラっていうの。あなたの体を作った存在だから、さしずめあなたのマスターってところね」
と少し冗談めかしてそう自己紹介をした。
「はい。じゃぁ、マスターって呼ばせていただきますね」
と人形もその冗談を受けてそう言ってくれる。
それから私は、その人形に亡き母の愛称、ナッシュという名を付け、共に暮らしていくこととなった。
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