第2話 とこしえの森の日常02
やがて泉のほとりに着くと、私の肩に乗っていたチッチが、
「チチッ!」
と鳴いて駆け出していく。
「あんまり遠くに行っちゃだめよ」
と微笑ましく声を掛けながら私は薬草を摘む準備を始めた。
腰に付けたポーチ型の収納の魔道具から麻袋と道具を取り出し、さっそく辺りに生えている薬草を探し始める。
(あら。アオナズナが生えてるわね。これは熱冷ましにいいからきっと重宝されるわ。あ。こっちはヒュリエ草ね。咳止めになるから、アオナズナと一緒に精製すればいい風邪薬ができるわ)
と、ほくほくした気持ちでそれぞれの薬草を摘んでいく。
他にもお茶にすると整腸作用が期待できる薬草や肉の臭み消しにいいハーブ、それにいくつかの果物を摘んでは麻袋に入れ、収納の魔道具に入れていった。
そうしてしばらく作業に熱中していると、私の後から、
「チチッ!」
と声が掛けられる。
「あら。もうご飯の時間なのね」
と返事をしてチッチを抱き上げ、泉のほとりに向かう。
そして、適当な岩に腰を掛けると、
「さぁ。ご飯にしましょう。今日のサンドイッチはけっこう上手にできたのよ」
とチッチに声を掛けてさっそくお弁当の入ったバスケットを収納の魔道具から取り出し、その場に広げた。
「チチッ!」
と鳴いてせかしてくるチッチに小さめに作ったサンドイッチを取り分けてあげる。
そしてさっそくそれにかじりつくチッチを微笑ましく眺めながら私もサンドイッチにかじりついた。
じゅわりと沁みだすトマトの果汁と、まったり気味に作ったマヨネーズの濃厚な味が口の中で混ざって爽やかなコクを生み出す。
(うん。美味しくできた)
と自画自賛しながら食べ進め、次は蒸し鶏とレタスのサンドイッチに手を伸ばした。
こちらも鶏肉のしっとりとした食感とレタスのシャキシャキ感の対比が面白い。
それにハニーマスタードの甘酸っぱさがよく合ってどんどん食べ進めたくなる。
そんな美味しい食事を大好きなチッチと美しい自然の中で味わう時間は何よりも尊いものだと心の底からそう思った。
やがて、お腹いっぱいになったチッチが、ゴロンと横になり私も食後のお茶を淹れる。
「うふふ。美味しかった?」
とチッチに聞くと、
「チチッ!」
と少し眠そうながらも元気な声が返ってきた。
そんなチッチを微笑ましく眺めながらゆっくりとお茶を飲み、
(さて。とりあえず十分な量も取れたし、あとはゆっくりお散歩しながら帰りましょうか。新しい薬草の群生地がないかも確認しておきたいし、午後のお散歩にはちょうどいいわね)
と、なんとなく今日の予定を頭の中で組み立てていく。
そして、目の前に広がる美しく穏やかな風景を見つめながら、
「マスター。私、頑張って生きていくね」
と微笑みながらつぶやいた。
やがて、立ち上がり出発の準備を整える。
「チチッ!」
と甘えたように鳴いてくるチッチを優しく抱き上げてローブの内ポケットに入れてあげた。
ふんわりと伝わってくるチッチの温もりになんとも言えない癒しを感じつつ、
「よし。いこうか」
と声を掛けて泉のほとりを後にする。
私は来た道とは違い、森の奥の方へと続く狭い道へと進んでいった。
やがて、道は険しくなり、獣道といった様相を呈してくる。
そんな道をしばらく進むと、岩の間から水がしみ出す小さな水場に出た。
(あら。こんなところに水場があったのね……)
と思いつつ、軽く水分補給をするため、その水場に近づいていく。
すると、その周辺にはいろんな動物の痕跡があるのがわかった。
(鹿にウサギ、狸もいるわね。ということは……)
と思って周囲を丹念に観察していく。
慎重に足元を見ながら周囲を探索していくと、案の定なにかの動物が暴れまわったような形跡を発見した。
周りには小さな人型の足跡もたくさんある。
「あちゃぁ……」
と思いつつさらに観察を続けると、どうやらその小さな人型の足跡は森の奥へと続いているようだ。
私はそっとため息を吐き、
「見ちゃったからにはしょうがないよね……」
と、つぶやくと、
「よし」
と軽く気合を入れてその足跡を辿っていき始めた。
やがて少し開けた低い尾根筋に出る。
そこから下を覗いてみると、少し先の空き地に予想通りゴブリンたちがたむろしているのが見えた。
(三十くらい? 食後の運動にはちょうどいいわね)
と苦笑いしつつそう思い、まずはチッチに、
「いつもどおりじっとしていてね。寝てても大丈夫よ」
と声を掛ける。
すると私の胸の辺りがもぞもぞと動き、少し遅れて、
「チチッ!」
と呑気な声が返ってきた。
そんなチッチをローブ越しに優しく撫でてあげてから剣を抜く。
そして私は、
「ふぅ……」
と軽く息を吐くと全身に軽く魔力を纏わせ、ゴブリンの群れへと突っ込んでいった。
音もなく駆け寄りまずは横なぎの一閃を放って一匹仕留める。
そして声も上げずに倒れたその個体を無視してさっさと次の個体へと剣を向けた。
左から掬い上げるようにして跳ね上げた斬撃にまた一匹のゴブリンが倒れる。
そして、別の個体の胴を抜きながら駆け、奥にいた少し大きな個体をまた下段からの一撃で黙らせた。
その辺りでようやく周りにいたゴブリンたちが騒ぎ始める。
「ギャーギャー」と喚きながら襲い掛かってくるゴブリンたちを仕留めるのにそれほど時間はかからなかった。
(自分で動かなくてもあっちから攻めてきてくれるんだから楽なもんよね)
と思いつつ、最後の一匹を沈黙させ、
「ふぅ……」
と息を吐き軽く拭いをかけてから剣を鞘に納める。
そして私は胸元のチッチに、
「終わったわよ」
と軽く声を掛けたが、胸元からは、
「チチィ……」
というかなり眠そうな声が返ってきた。
そんなチッチの声に軽く苦笑いを浮かべつつゴブリンの死体を魔法で灰に変えていく。
魔獣の死骸というのは不思議なもので、魔法の火を使うとあっけないほど簡単に灰に変わってくれた。
そんな灰の中から魔石を取り出す。
親指の先ほどの小さなくすんだ赤色の魔石だが、ランタンやコンロの魔道具の燃料として使えるから、一応、売れるものだ。
そんな魔石を無造作に麻袋にしまい、収納の魔道具に放り込む。
そして私は、
「そろそろ旅に出てもいい頃合いかもしれないわね……」
と、ひとりそうつぶやいて、なんとなく空を見上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます