第3話 白い影③
母親はただ叫んだ。
「うちの子が自殺なんてするはずない!ちゃんと調べ直してよ!ねえ!」
顔は泣きはらし、声は枯れかけていた。綺麗な服とゆるく編まれた髪とは裏腹に、顔は鬼の形相そのものだ。
部屋に入ったとたん、居間に通されテーブル越しに詰め寄られる。鷹は慣れてはいたものの、彼女はただひたすらに圧倒されていた。
家の壁はドライフラワーとコルクの板に母娘の写真がびっしりと飾られていた。
娘が死んでからきっと焚いてはいないだろうが、甘ったるい芳香剤の匂いもする。
キッチンには白い陶器で統一された食器がきちんと整列していた。
沸かしたであろう青いやかんからは、ほんのりとほうじ茶の苦い匂いがした。
警官はなだめるつもりであれだこれだと言うが何言っても母親が収まることはなかった。
「携帯の履歴も全て調べましたが、確かに遺書と言えるようなものはありませんでした。」
「だから言ったでしょう!あの子は自殺なんてしない。犯人が居るのよ!犯人が!」
「いやしかし…」
警官が口ごもる。言ってはいけないことや、言わない方がいいであろうこととのせめぎあいで言葉を探していた。
その最中でも母親の罵詈雑言は止まらない。机をたたき、そしてまた泣き始めた。
「お願い。娘を!娘の無念を晴らしてよ!」
娘の無念。そう聞いて鷹は思わず母を睨んでしまう。
しかし黒く長い前髪の隙間から睨んだところできっと気づかれまい。
それに母親は警察ばかりに話をし、景の事も鷹の事も視界に入るだけで真っすぐ見ることはなかった。要は、信頼されていないのだ。
口火を切ったのは彼女だ。
「現場の公園の森で制服のネクタイで首を吊っているのを発見されました。」
警官から聞いていた内容をそのまま話し始めた。
「目立った外傷はなく、争った形跡もない。死亡推定時刻の夕方頃はまだ公園内も多くの人がいました。聞き込みももちろん行われましたが、言い争う声などは聞こえなかったとのことでした。」
ぽかんとする母親。
しずまりかえる部屋。
「また、交友関係もすでに調査済みです。ですが、友人の一人は母親であるあなたの愚痴をよく聞いていたと…。」
母親が手を振り上げるのを見て、警官と鷹はすかさず止めに入る。
人を殺しかねない、という目をしていた。
「あの子は!母親思いの優しいいい子なのよ!あなたみたいなあばずれに何が…」
歯茎の奥をかみしめる音が、正面に座っていても聞こえてくるほどだった。
「日記にもあなたのうらみつらみも書いてあったと聞いています。」
「あんなこと、思春期の娘だったら誰だって書く!あんなの自殺の理由にはならないわ!」
「そうですね。それだけが理由だとは誰も言ってません。」
机を叩き、景を睨みつけた。
「女手ひとつでずっと育ててきたの。あの子は自殺じゃない!母娘の絆は強いのよ。私にはわかるの。」
母娘の絆。そう聞いて鷹はやはり母親への視線が自分の意思とは関係なく厳しくなるのを感じた。
そして鷹は口を開いた。
「あなたが知りたいのは、都合のいい妄想ですか?それとも、真実ですか?」
母親は鷹を睨み、そしてようやくその姿にギョッとする。
その顔の半分は赤く火傷のように爛れ、左目は変色している。
しかし、驚いたのは一瞬でその後は目もくれない。
おや?と心の中で首をかしげる。
大抵の人間はこの姿に同情をしたり憐れんだり、蔑む顏をするものだが。
「…あなたが調査員?」
GSA員が直接的にGSAと名乗ることはしない。その時々に応じて名乗る所属は曖昧にしている。
「はい。奥様の意向を察して警察より特別に調査依頼を受けました。」
「あなたなら、佳代の、あの子の死んだ理由がわかるのね。」
耳障りの良い言葉を並べられたせいか、唐突に口を開いた鷹に警戒しているのか、先ほどより落ち着いた声色に戻った。
どこかほっとした顔と、そして、目には少しばかりの諦めがあった。
居間の遺骨の安置された場所へ通された。
沢山のお菓子、ぬいぐるみ、沢山の写真。残された沢山の幸せの残骸だ。はたから見ればこの子が自殺したとは到底思えない。
「こちらで調査を?」
「…いや?ただ見ておきたかっただけだ。」
「ではどこに行くんです。」警官が訪ねた。
「公園に行きます。」
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