漆黒の守護神
下水道を、コンスタンスたちの足音が響く。
魔法石制御装置のおかげで、ゴーレムが次々と停止していくので、幸いといってはなんだが、下水道をあとひと息で突破できそうだった。
「アンネさん、それで……下水道はそのまま王城の厨房に通じているという話でよろしいですね?」
「はい……そこから、王城の玉座に向かったら、そちらに王族の皆さんが捕らえられているはずです。ただ……皆さん魔方陣に乗せられて次々と魔力を吸われていますから……魔力のない方々は皆命を吸い取られていますし……」
「……時間が思っている以上にありませんね。それで、殿下は命をどれだけ吸われてらっしゃいますか?」
コンスタンスはイリスのほうに視線を寄せると、イリスは困ったように目を下げた。
「僕の場合、兄上が『弟の命を吸った場合、我らは全ての犠牲を見なかったことにしてお前たちを殺す』と宣言したため、宮廷魔道士たちから命を吸われることはありませんでした。アンネに助けられるまで、幽閉されていただけで」
「そうでしたか……本当にありがとうございますね、アンネさん」
「い、いえ……」
アンネは必死で首を振りつつ、「見えてきました、出口です!」と伝える。
その中、クロが「ベルン」と声をかける。
「……あちらも馬鹿ではないようですね、近衛騎士団ではないようですが……戦闘員がこちらに向かってきます」
「了解。姫様、あちらは俺たちで食い止めますから、姫様は殿下たちと共に王城の階段へ向かってください」
「おふたりとも、どうかご無事で」
そう言うと、クロとベルンが先行して出口へと走り、それぞれ得物を取り出すと、それを一閃させる。途端にそれをガンッと受け止める者たちがいた。
近衛騎士団が着るような甲冑ではなく、クロやベルンのように私服に近いラフな格好をしている人々であった。
「……あなた方、正規の騎士の訓練を受けてないようですが……何者ですか!?」
元々騎士団所属のクロは、一度剣を交わしてしまえば、相手の素性をおのずと読み取ってしまう。それに彼女と剣を交わした男は笑う。
「そりゃまあ……宰相にお仕えしている身さあ!!」
「……なるほど、俺と同じような身分か」
「正義の味方ごっこはおしまい! さっさとここで死にな! ここは治外法権……いや、宰相様の天下だからなあ!」
宰相に心酔している者なのか、はたまた金で釣られて盲目になっているのか。
定かではないが、その間にコンスタンスは手を掲げていた。
「スタンダップ、白亜の守護神……!!」
魔方陣から手が伸びてくると、それがコンスタンスとイリス、アンネを抱える。さすがに魔方陣から手が出てきたのには、イリスもアンネもギョッとする。
「あ、あの!? これ……古代兵器の手!?」
「白亜の守護神ですわ。古代兵器の研究はこちらの国の管轄でしたからご存じとは思いましたが……」
「い、いえ……私はあまり詳しくはないのですが……殿下は?」
「すごいですね」
アンネはただただ困惑と混乱している中、イリスは目を輝かせて、白亜の守護神の手を抱き締めている。
「僕は古代兵器は得体の知れないおそろしいものだと思っていましたが……これは充分に義姉上により制御されています。そんな方法があったのですね!」
「はい。こちらはわたくしの国の召喚術の研究により、魔方陣で術式制御を行うことで、現代人でも扱えるようにしていますから……クロ、ベルン、後は頼みました。わたくしはおふたりに案内されて、殿下たちをお助けしてきます」
コンスタンスはイリスが目を輝かせているのに微笑ましく思いながら、従者たちに頼むと、そのまま厨房を出て行った。
本来ならば、厨房はいつでもどこでも食材に溢れ、その日の料理がつくられる場所だというのに、おそろしいほど寒々しい上に、目に入る範囲でも食材がないのがわかる。
コンスタンスは白亜の守護神の腕の中で、イリスとアンネのほうに振り返る。
「皆様……食事はどうされていたのですか?」
「……見張りを受けながら、ここに一緒に幽閉されていた行儀見習いたちで交替ごうたいつくっていましたが……王都が閉鎖されてからは、商人ギルドが全く入ってこなくなり……自然と食料が枯渇していきました」
「……わかりました。このことはわたくしの国にも報告致します。きちんと皆さんを援助しなければ、まず国が立ちゆかなくなりますわね。王城ですらこうなら、王都の皆さんの食料は……」
「一応王都の民には優先的に食料庫を開いて配りましたが、あと七日持てばいいほうです」
「……それもわかりましたわ」
本来王城はあちこちに人がいて、掃除婦があちこちで清掃に努め、メイドたちが洗濯物を抱え、貴族たちが会議のために右往左往するというのに、王城はどこまで進んでも寒々しい。
やがて、コンスタンスは肌に突き刺さるような痛みが出ることに気付く。それにアンネは顔をしかめる。
「コンスタンス様……?」
「……マナが」
「マナ?」
「マナが、おそろしい勢いでなにかを動かそうとしています」
元々召喚術に長けているコンスタンスは、マナや魔力の動きに敏感だ。その中。コンスタンスの近くで飛んでいたポチが、途端に「ウウウウウウウウウ……」と唸り声を上げることに気付いた。
「ポチ?」
「クワアアアアアア……」
ポチは口からエアブレスを吐き出している。威嚇行為だ。
それに気付いたコンスタンスは、肌が痛みを伴う場所に視線を送った。
王城の外……窓の向こう側だ。
コンスタンスは一旦イリスとアンネを白亜の守護神から降ろし、窓を開ける。そこで見たのは。
「あれは……」
「ああ……とうとう、とうとう起動してしまったんですね……!」
イリスが悲鳴のような、絶望の声を上げる。
それにコンスタンスは「殿下?」と訝しがる。
「……漆黒の守護神……かつて、エンシェントドラゴンを殺すためにつくられたとされる、最古の古代兵器です」
「最古の……古代兵器。待ってください! そんな古代兵器、魔方陣の制御もなしに起動させるには、まず膨大な魔力が……!」
「……リソースは、王都に住まう生きとし生けるもの全ての命です……いったい、これの起動のために、どれだけの人の生命力が食われたのか……!」
どうして王都を閉鎖したのか。どうして商業ギルドを閉め出すような真似をしたのか。どうして王城に籠城したのか。
それは簡単だった。王都全てをリソースとして計上してしまえば、古代兵器の魔力を賄えるからだ。
バルテルス王国はアルベーク王国ほどには、魔法自体の研究は行われていない。逆に言ってしまえば、魔力リソースの節約の方向の研究や技術開発が全く行われてない中でも魔科学の研究は、膨大なエネルギーリスクが付きものだというのに、宰相が古代兵器に魅入られてしまったがために、王都の民をリソースに使うなんて馬鹿げたことをしてのけてしまったのだ。
神殿に通報したら、いったいどれだけの罪状が並べられるか、コンスタンスにだってわからない。
「ハハハハハハハハハハハハ……! 遂に、遂に目覚めたぞ、我が妻……!!」
あまりに静寂に包まれた王城に似つかわしくない、その場を汚す騒音が轟いた。それに思わずコンスタンスは目を吊り上げる。
この男の顔には覚えがあった。
コンスタンスの婚姻が決まった際、アルベーク王国の王城に使者のひとりとして挨拶に来た、妙に鳥肌が立つほどの胸騒ぎを覚えさせた人物。
人がいいという顔つきに、糸目でニコニコとした口元。行儀見習いから戻ってきたばかりのコンスタンス以外は誰ひとりとして、嫌な予感がすると思わせなかった男。
バルテルス王国の宰相であった。
「あなたが……あなたが全ての元凶でしたわね……!?」
「おや。エンシェントドラゴンの餌になっていたと思いましたが……まさか雛をわざわざ王城まで届けに来てくださるとは思いもしませんでしたよ、姫様」
その声色はどこまで言っても穏やかだというのに、絶妙に人の神経を逆撫でさせる。
それに向かって、コンスタンスが声を荒げる。
「ポチはあなた方になんか渡しません! そして、この国の皆さんに、マナをお返しなさい! これは……現代の人の手には余るものです!」
「そう、人の手に余りますよ。今は。しかし、魔科学はたくさんの屍の上に成り立つ学問です。薬の開発のとき、薬の治験なしでどうやって広めるというのですか? はらわたに毒を持つ生き物を捌く際、いったいどれだけの人間が犠牲になってその技術を極めたというのですか? 同じです。やがて魔科学は全ての人間に叡智を、希望を、輝く未来を与える……!!」
「馬鹿なことはお止めなさい! 今を守らずして、なにが未来ですか!? なにが希望ですか!? そこに守るべき民がいなくては、なんの意味もありませんことよ!!」
「どうせどれだけ人が死んだとしても、死に絶えることなんてありませんよ。命の選別がされるというだけの話。魔力や生命力のない人間から順番に死ぬというだけの話」
「あなたとはもう、話したくはない……!」
コンスタンスは窓から飛び降りた。それにギョッとイリスとアンネが身を乗り出す。
「義姉上!?」
「コンスタンス様、いったいなにを……!!」
ふたりの悲鳴を聞きながら、コンスタンスは手をかざしていた。
「スタンダップ、白亜の守護神! 兵装……全解除」
それは、以前のポチを止めるためのものよりも、強い解除要請であった。
召喚術の際の魔方陣には、ありとあらゆる制約が刻まれている。
現代魔法において、世界からレアメタルもマナも枯渇しかかっている中、リソース節約は常識だからだ。
だが、コンスタンスはそれらを全て解除した。
……自身の持つ魔力とマナを、全て白亜の守護神に注ぎ込んだのだ。
やがて、魔方陣から、煌びやかな白い光が現れる。その光と共に、コンスタンスは浮上する。コンスタンスは腕を組み、堂々と立って、面前の漆黒の守護神を睨み付けた。
全て飲まれてしまいそうな、夜よりもなお暗い漆黒の守護神……これが本当に守護神として古代の人々を守ったのか、古代の敵を屠ったのかは、彼女のあずかり知らぬ歴史の話だ。
「わたくしは、あなたを絶対に許さない! この国の方々を困らせたこと! この国の良心を濁らせたこと! そして……王都の皆様の命を、簡単に弄んだこと! 絶対に、絶対に許さない!!」
好きな人が今、虫の息なのだとしたら、胸が張り裂けそうになる。
だが、今ここでこの古代兵器を止めなければ、更なる犠牲が出る。そして古代兵器を止めるには、古代兵器で止めるしかない。
コンスタンスは、最後の決戦に望んだのだった。
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