とりかえばやお嬢様
コンスタンスたちはヴァルナスに挨拶を済ませると、そのまま次の目的地へと向かう。
天領に継ぐ天領を目指して王都に向かうはずだが、なにぶん王都までの道に辻馬車が全く走っていない。そのせいで何度も野宿をする羽目になってしまった。
「ああ、姫様申し訳ございません。三日連続野宿というので」
「いえ。楽しいですわ。わたくし、こうやってお外で肉を焼いて食べて眠るのなんて初めてですし。ポチを枕にして眠るのは存外寝心地がいいんですのよ?」
「ああ、姫様……」
クロがしょげかえりつつ、手は黙々と拾ってきた薪で川で釣った魚を焼いていた。騎士団出身の彼女は野営に慣れており、ふたりと一匹を食べさせるのには問題ない腕前だった。
クロの姫様馬鹿に呆れ返りつつも、ベルンは火の番をする。
「まあ、明日一日歩けば、次の領地に着くはずなんで」
「天領ですか?」
「いえ。ただ他の領主みたいに、そう簡単に王族だからと領主交替はできないはずですよ。あちらも遠縁とはいえど王族ですから。そこから、王都であれこれとやっている王族の情報を掴めるかもわかりませんぜ」
「まあ……そうだとよろしいのですが」
コンスタンスはそう言いながら、ポチの頭を撫でた。
その仕草に、クロとベルンは顔を見合わせた。コンスタンスは基本的に物わかりのいいことばかり言うが、婚約者が心配じゃないはずないのだ。
現状、国王がきちんと動けていたら、王都閉鎖のような憂き目に遭う訳はなく、王位継承者であるコンスタンスの婚約者のフレデリクだって、ドラゴンに誘拐された彼女をすぐに迎えに来ていただろうに、それが一切ない。
王都の情報が全く入らない以上は、彼の安否を知る術がないのだから、一歩でも早く王都に到着するしかあるまい。
途端に手を組んだクロは目を潤ませる。
「姫様……お労しい」
「まあ、次の領主が情報を得ていることを期待しましょうや。ほら、食べ終わったら早く寝た寝た」
「わかりましたわ……おやすみなさいませ」
「おやすみー」
火の番はクロとベルンが交替ごうたいで済ませ、コンスタンスはポチを枕にして眠りにつく。基本的にポチはコンスタンスの肩に乗せていても重くないほどの大きさではあるが、丸まると小さな枕になりうる。その中すやすやと眠りについたのだった。
その日は曇り。星のひとつも浮かんでいない夜だった。
****
コンスタンスが目を覚ましたとき、火の番をしていたベルンは水を汲みにでも行ったのか、焦げた薪を残したままいなくなっていた。クロはいつでも起きられるよう膝を抱えて眠っている。
それに彼女はクスリと笑うと、近くの川で顔を洗いに出かけた。
三人と一匹で旅をするようになってから、知らないことやわからないことをたくさん知る。王族は基本的にどこにだって馬車で行き、護衛付きなため、こうやって歩きながら市井の人々の営みを眺めながら旅をする機会なんて、そうそうない。
「こんな機会一生ないでしょうけど……駄目ね、殿下の安否がわからないのに」
楽しんでいる自分に、チクリと咎める気持ちが芽生えたときだった。
ガサッと茂みから音がしたのに振り返った。それにコンスタンスはちらりと地面を見る。ちょうど川の近くに拓けた場所……おそらくは落木のせいでまだ生え替わっていない。そこでならば白亜の守護神を呼び出せるだろう。
そう判断してから、静かに声をかけた。
「どなたですか? 顔を洗っているのを見ているのはいささか無粋が過ぎますよ?」
「はわわわわわわ……」
「はわわ?」
聞こえてきたのは存外甲高い少女の声だった。
そのままコロンと出てきた少女に、コンスタンスは目が点になった。質のいいドレスを着ているものの、足下はボロボロになっている。靴底が外れてしまい、そこから覗いている爪先はあちこちにひっかき傷をつくっている。
「まあ……どちら?」
「お、姫様みたいな、人!」
どうにも彼女の言葉が要領を得なかった。
コンスタンスが不思議がっている中、「姫様ー」と声をかけられた。ベルンだった。
「水汲みに行ったらいなくなってたんで心配しましたよ。せめてポチを連れていってくださいよ」
「ごめんなさい、それより」
「おやあ? なんか、こう。姫様そっくりな方ですね?」
「はい?」
思わずコンスタンスは目を瞬かせた。
ボロボロな足下に身なりのいい少女は、たしかにコンスタンスと瓜二つの顔をしていたのだ。その中。
グリュリュリュリュ~……。
ひどい腹の虫の声が響いた。
「あら、まあ……」
「はわわわわわわわわっ……! すみませっ、ごめんなさ! 水だけでお腹を満たしてたんで」
「いや、駄目でしょ。川の水は汲んでから一日置いておくか、煮沸消毒してからじゃないと危ないですぜ」
「くみ? しゃふつ?」
どうもこのコンスタンスそっくりな少女、野営の技術も持っていなかったらしい。そもそも長旅にはあからさまに合わない靴を履いているのがいい証拠だ。
コンスタンスはお腹を減らして顔を真っ赤にしている彼女を見かねた。
「あのう、ベルン。クロに伝えてくださいますか? お客様をひとり連れ帰りましたから、朝ご飯ひとり分追加と」
「クロ、かなり怒りそうですけどねえ~、まあ、了解です」
ベルンがひと足早く野営地に戻っていったのを、彼女はぽぉーっとした顔で見送っていた。
この男、基本的に顔がいい上に女性に対しては紳士だから、モテるのである。女ったらしっぷりにクロにたびたび苦言を呈され、コンスタンスはそれを呆れた顔で見送るばかりだが。 そんな立ち去るベルンにコンスタンスはお礼を言う。
「ありがとうございます。あのう、あなたのお名前は? どちちから参ったのですか?」
「あ、ああ! 私はアンジェリカと申します! 家出中です!」
「まあ、そうなんですね……」
コンスタンスは小首を傾げた。
****
よほどお腹を空かせていたらしく、クロの用意した野営用のパンもスープもすごい勢いで食べていく。
ガツガツガツガツという音を立てて食べる様を、クロは顔をしかめ、コンスタンスはキョトンとした顔をし、ベルンは半笑いで眺めていた。
「ありがとうございます! ごちそうさまです。ええっと……お礼お礼と……」
「いえ。お礼は情報をくださればと。アンジェリカさんは、いったいどうして家出を?」
「お父様、私に無断で結婚を取り決めていたんですっ」
アンジェリカはフスゥーッと頬を膨らませた。コンスタンスだって婚約を決めたあと、手紙でやり取りをした末に嫁いだのだから、婚約も飛ばされて結婚を取り決められたら、穏やかじゃない気持ちはわからなくもない。
「それは大変でしたね……」
「はい! 私神殿に行儀見習いで出かけたら半年も経たない内に呼び戻された末に結婚しろって! いくらなんでも最低です!」
「それで荷物もそこそこに着の身着のままで家出してしまったと? 姫様が見つけたからよかったものの、もしも盗賊やらすけこましやらに拾われていたら大変なことになっていましたよ。あなたわかってらっしゃいますか?」
「クロ。クロ。そういう説教は多感な年頃の女の子には効かないよ。それはそれは……大変だったねえ。でも君ももし、結婚相手がいい人だった場合は、了承してたの?」
「それは……さすがにお父様も年の差三倍……とかはしないと思いますし」
「うんうん。本当に切羽詰まってない限り、愛娘をおっさんの後家に送り出すことはないと思うよ」
「ですけど……」
アンジェリカはなおも納得いかない顔をして、スカートの裾を掴む。
「私、初恋だってまだなんですよぉ。せめて他の方みたいに文通の二往復くらいしてみたかった。なのにいきなり結婚なんて……あのう、コンスタンスさん」
「はい?」
突然の指名に、コンスタンスは目を瞬かせた。そしていきなり彼女に手を掴まれる。
「ちょうど私とコンスタンスさんは顔がそっくりですし! 私とコンスタンスさん。三日くらいでいいので入れ替わりませんか!? コンスタンスさんから見て、私の結婚相手がいい人かどうか見極めてもらえればと!」
「ま、まあ?」
「ちょっと! いくらなんでも図々しいにも程があります!」
クロが怒ってアンジェリカを引き剥がそうとするものの、ベルンが「まあまあ」と彼女の肩を叩いた。
「いいんじゃない? 入れ替わって」
「ですが!」
「……姫様に動向探ってもらおうよ。俺たち、今は王都の情報ひとつでも欲しいのに、手詰まりだからさ。あのお嬢さん、足下からしてそこまで遠出してないし。ここの領主の娘でしょ? あそこは国王の遠縁なんだから、なにか少しくらい知ってるかもよ」
「ですが! ……姫様に危険な目に遭わせろと?」
「ポチ連れてけばいいでしょ。知らん人にはデカいトカゲにしか見えないからさあ。なあ、ポチ」
「あぁーん」
ベルンに頭をこちょこちょされると、ポチは嬉しそうに目を細めた。
それをクロはじっとりと眺める。
「……姫様はそれでよろしいですか?」
「ええっと。わたくしもアンジェリカさんのお気持ちはわかりますし。わたくしでお役に立てるのならば」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
かくして、とんだ入れ替わりがはじまったのである。
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