第26話 己の力

 ある日のクエスト。Aランク冒険者として活動する俺たちは、次なる大陸『トリニッタ』への進出に向け、定められた魔力量を満たすべく、ひたすらAランククエストを消化していた。本日の対象は「ラッシュルボラス」。ランク4の魔物でラッシュルボアの進化系、セコールに渡ってから幾度と相対した魔物だ。異常に発達した二対の牙を携え、巨体に似つかわしくないスピードで突進してくる様は脅威だが、攻撃に当たりさえしなければ制圧は比較的容易で、低ランク冒険者の経験値稼ぎにもってこいな魔物だ。つまり、通常はAランク冒険者が駆り出される必要がないはずなのだが、今回に限っては通常と異なる。依頼内容は、ラッシュルボラスの特殊個体討伐だ。

「なぁ、特殊個体といってもラッシュボラスだろ?言うほど難しくないんじゃないのか?」

「ダメだよリオン。特殊個体と付けられた魔物は、その魔物の範疇を優に越えている。別種の魔物と思って対処しろって、ギルドマスターに言われただろ?」

「ユリウスが真剣モードになってるってことは、そういうことなんだな…」

「ちょっと待って、僕はいつも真剣だよ!って、まぁいつもより緊張感を持っていることは事実だけどね。なんせ、5回も討伐失敗に終わってるらしいし、しかもその経験を積んでるだろうから、苦戦は免れないだろうね。さすがはランク5の強敵だよ」

 特殊個体は討伐難易度の高さから、通常のランクより1ランク上がる。ユリウスがいつもより緊張感を持つのも分かる。そんな会話をしながら、俺達は決して緊張の糸を緩めないように指定された出没地点へ向かった。しかし、そこに待っていたのは、予想を遥かに上回る光景だった。

「うげっ!」

「……し、死んでる……?」

 リオンの驚きと、リーラの呟きが全員の耳を刺激する。その原因は、草むらの中に横たわる巨大な死骸、討伐予定であったラッシュボラスの特殊個体だった。深々と刻まれた裂傷は、まるで鋼鉄の爪で大木を引き裂いたかのように荒々しい。さらに首元は、恐ろしく鋭い牙で噛み千切られたように裂け、肉は深く抉れ、骨が露出している。

一体、だれがこれを……。

「キィェーッ!!」

上空を旋回していたファルが、鋭く空を裂く鳴き声と共に警戒の合図を放つ。同時に、隣にいたクロールが地を震わせるような低い唸りを上げた。空気が一気に張り詰め、全身の肌が粟立つ。圧倒的な“殺気”が、森全体を覆い始めていた。その直後、樹々の間から、音もなく“それ”は姿を現した。

 白と黒の縞模様が陽の光を浴びて鈍く反射し、しなやかに引き締まった肉体が一歩進むごとに大地をわずかに揺らす。尾は重々しく揺れ、風を切るたび草が伏せていく。その両顎から突き出た、50センチはあろうかという真っ白な牙は、まるで氷の彫刻のように冷たく、鋭く、無慈悲な光を放っていた。

 黄色の瞳が獲物を射抜くようにこちらを見据え、その足取りからは絶対的な自信と威圧に満ちていた。その姿は、まさに森の王者の風格。

 ランク5 虎型魔物ファングタイガー

「ギャウオオオオォォッ!!」

 咆哮一閃。森中に響き渡る獣の咆哮は、ただの威嚇に留まらない。大気そのものを震わせ、他の獣が地面を駆け逃げ出していく。

「……まじかよ。あれ、ランク5の中でも最上位の魔物だぞ……」

 呟いたはずのリオンの声が、ひどく鮮明に聞こえた。

 魔物の脅威度を表す1~12のランクだが、厳密には各ランクの中にも序列が存在する。すでに殺されていたラッシュルボラスの特殊個体はランク5の『下位』。そして目の前のファングタイガーはランク5の『上位』。同ランクでも、脅威度の差は歴然である。

 あまりの強敵にメンバーが委縮する中、俺は心は、奥底から湧き上がる恐怖とは真逆の感情を抱いていることに気づいた。

(……俺の力を試してみたい…!!)

 俺がこの2年間で磨き上げてきた力。夢を叶えるため、仲間を守るための力。今ここで使わなくて、どこで使えと言うのか?

「なぁ、皆……危険なのは重々承知しているけど、今回は俺に任せてくれないか?試したいことがあるんだ」

 今まで相手にしてきた魔物の中で、間違いなく一番強力な魔物であることは間違いない。かつて無いほどの圧迫感の中で、発する言葉ではないことは分かっている。しかしこの先、常にこの魔物が可愛く見えるほどの魔物を相手にすることになる。ここで臆しているようではダメなんだ。ここで俺の力が通用することを証明させたい。

「はぁ…。相変わらず無茶するねセナは。分かったわっ!逃げ場なんて最初から無いし、やるなら徹底的にやりましょう!」

「いいぜ!乗ってやるよ!セナのそんなに自信のある顔を見るのは初めてだしな!」

「援護は任せてくださいね~。でも、無理はダメですよ~」

「……セナ…頼もしい…」

「了解!“あれ”をやるんだろう?それまでの時間稼ぎをしなきゃな!…と言うことで、ララとリオンで敵を引き付け、リーラは遠距離攻撃でアシスト。ゴーザはララとリオンのサポートを頼む!」

 ユリウスが俺の意図を理解し指示を飛ばす。俺が隠れてしていた鍛練もお見通しのようだ。パーティーが窮地の時、いつもユリウスが最良の判断を下してくれる。普段の軽妙な空気ら完全に消え、頼りになる影のリーダーとしてパーティーを牽引してくれる。

 ユリウスの指示のもと、ララとリオン前線に立ち、ゴーザは大盾を構えて前線のサポートに入る。ユリウスは支援スキルの発動準備を進め、リーラは魔術構築に集中し、遠距離攻撃の準備を進める。

 誰一人、俺の判断を否定しなかった。その信頼が、胸を熱くする。

「ありがとう…皆」

 その直後、ファングタイガーが咆哮と共に地を蹴った。開戦の火蓋が切って落とされる。

「来るよッ!」

ララが大剣を構え、リオンが低く腰を落とす。二人の目が、疾風のように襲いかかってくる白黒の影を正面から捉える。

 ファングタイガーの一撃はまさに雷霆。鋭い爪が空を裂き唸りを上げる。その猛撃をララとリオンは寸前で受け流す。だが、その一振一振が重い。鋼鉄の塊が雨のように降ってくるような、猛烈な連撃。受け止めるたび大地が軋み、2人の脚が地面に沈み込む。直後、歪んだ地面にリオンが足を取られバランスを崩す。

「うぉぉおおおおッ!!」

 そこへすかさず盾の化身となったゴーザが割り込み、リオンのカバーに入る。“護る”ことに特化したゴーザの力がファングタイガーの凶爪による猛攻を弾く。3人が互いを補い合いながら、命を賭して俺に時間を与えてくれる。

(3人とも耐えてくれ!)

 3人の攻防を目の裏に焼き付けたまま、俺は心の深奥に潜る。瞬き一つの間に俺の魔力の根源である湖へたどり着く。この2年間、来る日も来る日も訪れている場所。そこにはいつも通り、湖の底からまばゆい輝きを放つ二筋の光の線が、俺に向かって伸びている。その二筋の光の線の内、一つの線を握りしめる。強く、確かに。

(力を貸してくれ、クロール)

 すると、光の線が一際輝きを増す。まるで主に選ばれた喜びを表すように、美しく煌めいている。次第に自分と光が調和し、体に異なる魔力が流れ込み、境界が溶け合った感覚を確かめた後、現実へと意識を戻す。

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