焔(ほむら)舞う

大学構内、戦闘団司令部(CTHQ)



 カルブコ山噴火は戦闘団司令部も揺るがしており、噴火当時司令部に詰めていたのは神幸戦闘長の高級副官となる八重野中佐だった。

 竹率いる捜索中隊の件で軍団長は昼夜続けて指揮所に詰めていたので、帰還と報告に合わせてようやく仮眠に入ったのもあり、振動で飛び起きてくるかもしれないが耳栓をして寝ているので従兵には叩き起こさずそのまま寝かせておくように命じてある。海軍と違い、陸軍は戦闘やらなにやら長丁場になりやすい。寝れるときには寝てもらうほうが良い



『こちらCTHQ、八重野。<<背振>>は何を始めているんですか』



 間を置きながら連続する発砲音は湾内に響き渡り、海に面する大学構内に設置したこの司令部でも朗々と響き渡っていた。八重野は噴火に驚きながらもまずは隊に集合をかけ、即時待機を命じたところで設定した共通バンドへ呼びかけた



<<本艦は現在火山に対し予防行動として砲撃を実施中。戦闘団は適宜避難準備、あるいは市民の誘導を行われたし>>



 予防行動、と言われてもなんとも。砲撃とは何を撃っているのか。火山相手に?どういう事だ。説明が足りない説明が、海軍さんはいつもそうだ



<<かわった。こちら<<脊振>>砲雷長。砲撃は火砕流を軽減する作用を期待している。車輌は戦闘団にフィルターが用意出来るのであれば活動を続けて構わないだろうが、吸気的におススメは出来ないねぇ。砲撃は噴煙中の立ち昇りを崩すためのもので、噴火が落ち着く、あるいは榴弾が保つ限りは継続するよ。市民の退避方向としては北西方向を勧める>>

『猶予時間はどの程度になります?そこを詰めておきたいです。それに私たちは運がいいです。雲仙での戦訓で西部軍には常備品としてフィルターを用意していたのでいくらかは動けます』



 以前参加した会合の際に聞いた事のある、怪しい声色の女性の声がしたが、彼女が砲雷長だったのか。と、合点がいく。そして最初の女性の声よりは説明に中身がある。何それをしろという意味では彼女の方が明確だが



<<それは重畳だね。フゥん、マージンをかなりとって3時間。ここまでは保証するよ>>



 3時間、3時間か。それで戦闘団に出来ることは何か。あまり計画を策定している時間はない、その時間の方が惜しい



『まず、戦闘団の戦闘ヘリをそちらで受け入れるよう手配できますか?戦闘ヘリ用のフィルターは流石に用意しておりませんので』



 ヘリ用のフィルターがあればいいのだが、あったとしても吸気の関係上どうしても車両より先に目詰まりしてしまう。車両ならエンストして止まってしまえばそれで終わりだが、ヘリが飛行中エンストしてしまえば地面に落ちるしかない。優先順位的にも後に回された弊害だった



<<わかった、手配しよう。ああそうだ、戦闘団が避難しないで市民の避難誘導を始めるというのであれば、その範囲はカルブコ山から20㎞を基準にするといい。フィリピンのスービックが壊滅した時の距離がそれだよ>>



 そう、軍事施設でも持たないような降灰が見込める範囲。それが数字として出てくるのはありがたい。元々用意していた地図にすぐ20㎞円を書き込む。プエルトモント市街の東部が範囲に納まる、一般家屋であればさらに10kmはみるべきかもしれない。この地域への避難の呼びかけをやるべきだ。まだ車が動かせる、そのうちに


『アッペン氏を捕まえましょう。今権利を持つのは彼だけです』



 プエルトモントの長である彼を使わなければどうにもならない。軍組織よりもここは行政システムの方に頼るべき事が大きい。それは軍組織というものが一種の道具でしかないのだから当然でもある



<<陸(おか)の事はそちらに任せるよ、いいかな司令。うん。了承は得たよ。ではこちらからは以上だが、まだ何かあるかな?>>

『いえ、軍団長にも達します。戦闘団司令部も以上です。通信終わります』



 そういってメモを書き取り脊振からの通信を切る。市庁舎には最初に展開した時点で連絡網を形成している。市長にキャッチを入れるのにそうそう手間はかかるまい。考えるべきは戦闘団が採れる行動だ

 これまで我が戦闘団はエネルギーの循環を回復させるべく、道路復旧に置いて活動を実施していた。しかしそれが頓挫し、今度は降灰からの避難となるとどうするべきか・・・人員と車両も限られている


『そうですね・・・』


 まずは生存。生活が破綻することが見えているが、生き残っていないとどうにもならない。情報が錯綜しているのは市民も我々も同様であるので、まずは情報の共有。戦闘大隊全ての歩兵中隊を動員して周辺から手あたり次第臨戸訪問し、状況説明と北西方面への避難指示。30km圏内の戸は強制的な退去を実施するとして、その輸送手段。APCが20両あるのでそれと、やはりあのバス会社は接収するしかないか。支援大隊はここからの退去準備にかかるとして、大型車両免許持ちが多い。バスの運転手が確保できないならこっちから引き抜いて充てる。APCだけで先行させてもよいが、載せれる人員が限定的過ぎてピストンする時間の方がまずい。やはり幹線バスが屋根もあって一番だ。よし



『大隊指揮官、各中隊長集合!』



 伝令を頼み、八重野は嘆息する。しかしまあ、いよいよ侵略者じみて来たな。人の家に押し入って、物品を奪い、家人に出ていけと命令するのだ。身体の拘束や暴力もあるだろう。場合によっては死人も出る。だが・・・よくありませんね、そういう鉄火場に燃えてしまう自分がいるのがわかる。烈しく燃えるも良いが、それでは長期間持たせることは出来ない。一つ一つの会戦で事は終わりではないのだ、特に陸軍では


『参謀命令を伝える。本日1100(ヒトヒトマルマル)を以て戦闘団は当プエルトモント市内の公共交通及び大型車両を全面的に接収。接収車両を以てカルブコ山より30km圏内の住民を拘束、強制排除を実施する』



 集まった戦闘団の幹部たちに八重野はそう伝える。まるでひと昔前の参謀を揶揄した、<<無謀・乱暴・横暴>>の三拍子がそろったような命令、しかも軍団長の裁可を得ていない参謀命令で実施するのか。と、一同面を食らったが反論は出ない。それは八重野自体の積み重ねてきた人徳でもあり、把握できた状況から当然とすら思ったからだ


『<<脊振>>が保証出来るとした時間は3時間しかない。責任は全て小官がとる。かかれ!』

『『『ハッ!』』』



 こうして戦闘団での語り草となった略取命令は始まり、後々本人の参考人招致へと繋がるがそれはのちの話である。しかしこの戦訓は緊急事態において一般市民をどう避難させるか。また、軍事組織として不規則に動く市民をどう確保するかの問題に一石を投じており、その共有に資する事となる。それは帝国陸軍にとって有意義なものに違いは無かった

 ただ、一石を投じた理由としてこれを添えなければならないだろう。プエルトモント郊外は森林開発に伴って拡大していったのもあり、中心路線に櫛の歯が伸びるように直線道路が広がっていき、そこに民家が連なって葉のように広がる構造をしている。比較的訪問に関しては容易な状況下にあって満足のいく結果を得ることが出来なかったのだ




気象衛星センター、清瀬市




 東京都北部、埼玉県に隣接する台地、清瀬市にある気象衛星センターは、軍用の通信衛星などの通信施設のメッカであった大和田から民生の衛星とその通信が行われるようになって新たに新設されたセンターである


『どうかな?<<背振>>の行動は効果がありそうか?』

『1時間の範囲であれば・・・次の観測は24時間後になります』


 いくら高松宮の豪腕でも軍用衛星の緻密なスケジュールに割り込んでの観測利用は流石に出来ず、隣国大韓帝国の白頭山観測などに利用される商用衛星を又借りする形となった。しかし、静止衛星というわけではないので観測にも限界があった


『三玖君がセンターに居てくれて助かったよ。で、火山学者としてはどうだい?』



 済 三玖、大韓帝国は白頭山を初めとして済州島など地質学的に特異な面があるため、観測衛星の打ち上げを始め力を入れている分野の一つで、女性として三玖はパイオニアの一人だった。故に、交友関係を広く持たされがちで、高松宮と知己だったのが災いしたというか、なんというか



『やはり、観測された歪みで計算されたエネルギーよりもかなり小さいです』



 モニターのデータを見つつ、高松宮に報告する。雲仙程度の噴火(VEI3)で済むようなものじゃなかった。ピナトゥボ(VEI6)かそれ以上の爆発が起きておかしくない状況だった。VEIは噴出量のレベルでの物差しなので、VEI3だと0.1㎞³、1m立米の水が1tとして100t以上の噴出物を伴うものを言う。VEI6となると100㎞³内と規模が1000倍にもなる。当然、噴出物は水より比重が重いので当然重量は倍加していく


『これで終わりではない、と』

『はい。むしろ、別のフェイズに至るのではと思料します』


 すくなくとも爆発的な噴火があったのは確か。であるなら、山の上物がとれた状態にあるという事。まだ緊張状態にあるマグマは残ったままだ。火山をニキビで言うなら膿や皮脂が残っている状態だ。もっと液体状ならそのまま流れ出るのだろうけど、そうでないなら粘性が、あるいは緊張が高いという事。出てくるときの爆発力にそれは関わる。ただ、そのタイミングは判らない。今かもしれないし、今しばらく先かもしれない。山体上部が吹き飛んでいる以上、その噴火口の外環にも亀裂(クラック)が入っているのは間違いない



『そこの所の情報、纏めてこっちに送ってくれ。<<脊振>>にも同様にだ』

『わかりましたけど、暗号化とか出来ませんよ?こっちじゃ。そっちでしてもらわないと』



 なんと言っても民間なのだ、こっちは。そこまでは出来かねる



『・・・暗号化の時間が惜しい。なるべく近い時間帯でのデータ送信を優先したい。平文のままで発信してくれ』


 多少考える間が空いたあと、高松宮はそう決断した。まぁ、子飼いの部下にしてやれる事はなんでも、は美徳でもあるかしら?などと不敬な市民としての感想を持ってしまうが、横紙破りが過ぎるのもどうか



『しょうがないですねぇ。あとで高くついても知りませんよ』

『ケツ持ちが趣味でね、良いケツなら尚更な』



 こうして火山情報について平文が深堀の統合任務部隊へと届けられたのだが、届けたのは情報だけではなかった。更なる火種、通信を傍受したアルゼンチンにもその情報が届けられた事に端を発する海戦、グアンブリン島沖海戦へと発展していくのである



焔(ほむら)は舞う、南米を燃やし尽くさんが如く

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