凶弾

チリ、サンティアゴ




 震災が発生してから既に三週間目に突入し、中南部に較べれば震度も大人しかった首都のサンティアゴであるが、ようやく交通網の復旧に目処が立ち、倒壊や損傷した住宅の撤去や復旧に機械力を投入する段階に至りつつあった。そしてその方向は震源地から遠ざかる北に向けてであった。

 まぁ、これも当然ではあるがエネルギーにかかっている。パンアメリカンウェイとして南北アメリカ大陸を縦断するこの高速道路は、それに付随するものとして多数のガソリンスタンドを有し、鉱山の多いチリ北部地域は採掘能力を発揮するために高低差を利用した水力発電などの設備が整っていたからだ



『第一、第三師団はやはり駄目か。司令部が津波に飲まれてしまっては』

『第二、第四、第六師団は閣下の指揮下で動けるように、既に即応態勢にあります。ただ、第四師団は完全に孤立状態にあり、こちらから支援を行うには相当の時間が必要になります』



 そしてここ、陸軍の総司令官として君臨する大将軍。その被災した自宅に幕僚達が詰めて首都サンティアゴの復旧作業や指揮系統の回復に努めていた。他の軍の人員は殆ど姿が見えない。大将軍が政権を辞したクーデターでは、陸軍を除く全軍が離反して現政権に付いていたから仕方のない事ではあった



『第五師団はいかにします?政府に従って日本人の艦隊が既に到着して油を輸送しようとしているようですが』

『アコンガクアとビオビオの製油所が使えず、こちらに回すにも北部の使える港に回してこっちに運ぶ手間が大きすぎる。対アルゼンチンの前線だ、装甲部隊は惜しいがどっちだろうが動けはせん。無視しろ』



 彼らチリ陸軍はその軍隊としての自己完結性から、震災直後からその駐屯地周辺の復旧作業にあたり続けていた。故に、政府が諸外国に救援部隊を求めた事は一種の裏切りに見えていた。そういう意味でも、この国最大の人口を誇る首都の機能を健全化し、チリの国益を保証する北部鉱山地区を抑える事は、次の選挙へ向けての大きな一歩であった。事実、バルパライソに拘る政府は市民からの支持を着実に失いつつあった



『諸君、ご苦労である』

『将軍!』



 昼食と午睡を経て、大将軍が幕僚達の前に現れたのは、昼を大きく過ぎてからであった。御歳は既に九十余才、快気万全とはいかないが、顔を出せば周りも含めて引き締まった。陸軍の官舎に幕僚達が集まっていないのも、大将軍の年齢の為である



『まだあの小娘はバルパライソにこだわっているのか』

『は、むしろ将軍に出頭命令を繰り返し出すばかりで・・・』



 自身が動くのは儂を含めた軍の統率がとれている証明を果たしてからか、と苦々しく大将軍は吐き捨てる。かの政府と他の軍が我々より優れているのは艦艇等を利用した通信設備に他ならない。自分達の成果を喧伝するにあたって、当初は米軍、そしてそれに成功しなかったのではるばる日本軍にまで救援部隊を頼むというのはあまりにも他力が過ぎる

 ただこうしているだけであちらはあちらが信望した民衆の力というものを失っていくであろう。手元にある機材や兵員で、現地で被災し、統率が途切れている我が陸軍部隊に与すればより民衆を救えただろうに



『これまで通り回答せい。被災した議会場にこだわらず、早く大統領府に戻り政府の健在と責任を果たされたし。陸軍大臣は統制を回復しつつ復旧にあたるため、首都でその任にあたる。とな』

『ハッ!』



 もし、文官の直属上官にあたる国防大臣からの命令という事になればもう少し文章を練る必要があったのかもしれないが、その彼は津波に飲まれて行方知れずとなっていた。

 後任を据えようにも現政権は反陸軍で出来た政権故に適任はおらず、大統領自身が空軍閥で国防大臣経験者であるから、兼任とする事も出来なくはないが、リベラルを謳うあの小娘はその選択肢を採らん。事に及んで強権を是とするのであれば、今まで頑なに排斥してきた我々と同じだと自爆するのに等しいからだ



『日本軍についてはどう対応しましょう。第12歩兵連隊からは、連中の新兵器に関する信じがたい報告が上がってきております』

『構うな。どう足掻いた所で一個師団に満たぬ補給の細い部隊だ。やっておる事も真っ当で理解出来る。もし儂が大統領のままであれば、新兵器にちょっかいを出してやるような義理もあったかも知れぬが、そうではないからな。しかしそうだな・・・』



 第12歩兵連隊(サングラ)には対戦車部隊が付随していたことを思い出す。対戦車ユニットといっても、新型ジープにM40無反動砲を括り付けた程度の物である。待ち伏せには使えても、積極的に攻撃しに行くような種類の装備ではない



『対戦車小隊の一つでも監視代わりにつけて記録を残すだけにとどめよ』



 まあ、何が役に立つかはわからないので最小限の接触にとどめておこう。アンクルサムの動きが鈍いし、こちらにも接触してこないのは不可解ではあるが、手持ちのカードを増やす準備はしておくべきだ



『伝令、伝れーい!』



 そんなこんなで協議的な会合の場であるこの一室に、喧しいほどの声量で伝令が駆け寄って来る



『構わん、そのまま読め』

『ハッ!命令不服従のかどにより、閣下に逮捕命令が下されました!』


 幕僚を通すのも煩わしいのでそのまま読み上げさせたが、その内容に部屋がざわつく。いよいよ来るものが来たか、と言ったところだ


『落ち着け諸君。儂はこれを受け入れるつもりだ』

『しかし閣下』


 ここまでするかは疑問符がついていたが、逮捕状が出たというのは敗北宣言に等しい。この復旧の最中に指揮系統を取り上げて上塗りするような事をすればどうなるか。そしてそれを従容と受け入れる側の方にどれだけイメージの良化を受けるか。

 お前達の論理で儂がお前達を倒す。これ以上の愉悦は無かろう。そして、政権から退けられた過去の遺物としてでなく、現役トップとしてさして遠くない未来に死ぬ。それだけが望みだ



パァン!



 乾いた空気を弾くような音が部屋に響く。みれば、逮捕を告げに来た伝令の手に硝煙が昇る拳銃が握られている。気付けば胸に赤い花が咲き、喉奥から鉄臭く、赤い何かがこみ上げて来る。それが意味することを理解するのに、将軍には少しばかりの時間が必要だった



『将軍!?』

『そんなに・・・っ!儂が怖いかぁ!!!』



 絞り出すように年老いた将軍は言葉を吐きつけ、倒れこむ。床には胸からの鮮血が広がる



『取り押さえろ!』

『救急車だ!医者を呼べ!将軍が撃たれた!』



 下手人である伝令はそれを見届けると、制圧にかかる幕僚たちに立ったまま抑え込まれつつ、万感籠った雄たけびを放つ



『チリに自由を!』



 そう叫んだ刹那、屋敷の外から飛んできた大口径銃弾が彼の頭を破裂させた。もし、これが大地震被災後の武器携行を許された治安維持中でなかったら。もし将軍が高齢でなく、自宅から移動して官舎での執務であったなら避けれたかもしれない。

 この凶弾がチリにもたらす混乱は、その後に大きく尾を引く事となるのである




同刻・プエルトモント<<背振>>CIC



『うう〜ん、面倒くさいなァ』



 広げた地図(チャート)の画面と睨めっこしながら、いつもより科員が少ない中で阿久根がだれていた。非常に目障りなのだが、釘を刺すべき藤副長は空溝艦長と派遣期間中の乗員に、プエルトモントへ半舷上陸をどうするかに関する取り決めを協議したあと、尾栗参謀と一緒に現地に視察に行っており不在で、艦長もそのあとに深堀司令とプンタアレナスで十文字支隊が遭遇したアルゼンチン海軍に関する今後の対応について協議しているから、しばらくは出てこれないだろう



『なんで日本から到着するまでにやっていなかったんですか』



 凄く嫌な顔をしながら、綾部は阿久根に紅茶のカップを渡し、義務感から合いの手をいれる。阿久根がしているのは対地支援を行う際に地点のグリッド名称をつける作業だ。チリは海岸線が長いのと、本来帝國海軍はこの地域での戦闘を考えていなかったので、新規にそれを作成せねばならず、その分作成量が多いのは目に見えていた。とはいえ日本からの航海には長い期間があり、出来なかったわけではない



『そもそも戦闘任務ではないし、地上を撃つことは少ないと踏んでいたからねぇ。優先度の高いところはもう済んでいるんだが、フゥん・・・あとの端数というか、アルゼンチン領も考えるとなると頭が痛いよ』

『なら、どうして科員を動員しないの。飛行科とつるんでるみたいだけど』



 格納庫でなにかをやらかしているのは、雰囲気的に掴んでいた。阿久根の指示によるものなのだろうか、それで科員達が席を外していても阿久根が問いただすことはなかった



『ま、私にも上海沖での戦闘に含む部分はあったという事さ。それで細工を御覧(ごろう)じろというやつさ。あ、別に無断でというわけじゃないぞ、本艦だけでは終わらない話だからね』

『あまりサプライズは好きじゃないのだけれど、内容はそのうち伝えてもらえるのよね?』



 というより、この不信感極まる態度の中佐に色々いじって欲しくないというのが本音ではある。有能であるというのは間違いなさそうだというのが、厄介さを増していた



『んー、まあ、実(み)になるかはまだわからないところだからなんとも言えないねぇ。その時が来たら教えるとも』

『期待しないでおくわ。それで、おかわりは?』



 カップは既に空になっていた。どうせ作業は根を詰めて行っているので軽い脱水症状を起こしていたのだろう。唇がカサカサに荒れていた。リップクリームとか・・・しなさそうね、この人



『綾部さんは優しいねえ。出来うるならば、砂糖はたっぷりでいただこうか』

『それはスティックで勝手にやって』



 と、入れなおしたカップをそのまま渡す。なんというか、甘え癖みたいなものがあるように感じる。本当に面倒で勝手な人だわ



『ところで、そっちの方の作業はどうだったんだい。六分儀を出してきたときは驚いたものだが』

『天測ぐらいみんなしたでしょ。風が思ったより強いし、アンテナの補強はした方が良かったみたいだから上手くいったわ。それに衛星アンテナの有効な角度を得るのにも天測は有効よ』



 そんなものかねぇ、と阿久根は肩をすくめる。その割には南半球に入って見ることが珍しい星を観測しているようにも見えたが



『それにテレビアンテナの方も整えたから、民放も映るようになったはずよ。まあ、暇つぶしにもなるでしょ』

『それは朗報だね。早速試しに点けてみようじゃないか』



 ポチッとな、と、予備のモニターで設置したテレビのスイッチを入れると、緊急速報のテロップが流れる



『『・・・えぇ?』』


 

 それが第三十一統合任務部隊が、凶弾に対して初めて受け取った情報であった

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