戦脚、大地に立つ
プエルトモント・チンキウェスタジアム
西部軍第二戦闘団が展開するこのスタジアムの、元々周辺施設で屋外のバスケットコートとされていた場所にいくつもの20フィートコンテナが並べられていた。駐車場のみならず、三つ分あるサッカー・ラグビーコート、スタジアム内のコートなどに機材は展開されつつあり、策源地としての整備は進みつつあった。本来であれば国際試合などで各国の旗が並ぶ称揚台には、チリ国旗と日本国旗、そしてシーサーを模した隊旗がはためいている
『竹少佐は何処にいるのだ!?』
そんな中、自身の幕僚達を連れて神幸はヅカヅカと作業場にやって来た。大声でわめいている。いや、元々声が大きいだけなんだが、誤解を生じやすい
『現在機材を調整中です。しばらくお待ちいただければ』
『構わんのだ、直接話す!そのまま喋って良いのだ』
そう言って神幸は視線を上に上げる。その先には5mほどの大きさをした、緑色の立像があった。20フィートコンテナが二つ分、あるいはハイキューブコンテナに収まる大きさでの開発要求は見事に満たされていた。その股の部分が上下に割れ、竹中佐と呼ばれた男の姿が表に現れる
『貴官たちの戦術脚甲(タケウマ)をさっそく使わせてもらう時が来たのだ』
『あまりにも急な話じゃないっすか?』
竹少佐は上半身だけ動かし、出てくる様子はない。それもそのはずで、下半身は淡いピンク、桜色に近い液体に濡れている。これはこの戦脚を駆動させる為に必要なもので、人工筋肉に対して末梢神経が搭乗者自身の足が発する信号を捉えて強調伝達させる役割を持つ液体であり、リンクジャムなど言われる
原材料はイルカやクジラの廃棄部位となる脳味噌などから作成されていて、劣化があるので透析を行いリサイクルする事で必要携行量を抑えている。利用者が拡大感覚的に神経過敏になる副作用はあるが、人工筋肉を反射のみでなく、自在に操るのに必要な技術開発であった。もう何年かすれば、四肢を失った者の義肢を上手く動かすための接合剤としての技術発展もみこめそうなのが幸いである
『動くのは最低限一体、出来れば二体で良いのだ。増強捜索中隊として編入し、街中を通って国道5号線にいる車両に示威行為を行ってほしいのだ。後続して工兵中隊が遺棄車輌の除去をするのだ』
『見えることが大事って事ッスね。示威って事は火砲は持っていかないッスよ?』
戦脚が運用可能なのは最大で57mm程度の火砲でしかない。それも展開したテールで支持しての話なので、火力も精度も正直大したことない。捜索中隊なら偵察警戒車の25mmの方がもしかしなくても高い。それが持てるだけのマニュピレーターはあるから、多少の重量物は除去出来る
『構わんのだ!捜索中隊のシチと繋がってさえいれば良いのだ』
捜索中隊の編成としては警戒車が進出して送ってくる情報を中継して後方に送るため、指揮戦車と同等の仕様にされた戦車をその後方に置く事になるが、戦車師団を除いて新型戦車を優先配備されている。シチはまさにそれで、主力戦車の区分が帝国陸軍で制定されから、シロ、シホを経ての三世代目だ。戦闘団でも取り回しのしやすいシホが戦車中隊の半数を超える主力である
『了解です。南方軍の顔を潰さない程度に頑張ります』
『頼んだのだ。行動開始は明朝0700からとするのだ!』
そういうと神幸は来た時と同じように踵を返して作業場から出て行く。南方軍はその管轄域が台湾の南海道、そして南洋庁の内南洋であるが、その性質上諸外国との付き合いが長く、戦脚の開発を進めているのもその主体は南方軍の派閥である。
理由は割と切実で、進出する先で監視哨の役目をする機材が欲しいという身も蓋もないものである。特に内南洋域ではすでに整備されているトラックなどの主要基地はともかくとして、対空ミサイルの発射機や、移動式のレーダーを残存性の為に各島嶼や環礁に動かすことは多いのだが、そういう時に問題になるのが侵入してくるであろう米特殊部隊。シールズやらグリーンベレーやらの破壊工作に対応しなければならないというのが頭を痛ませていたのだが、戦脚はそういう目的に合致するものだったのだ
そんな南方軍に所属する試験中隊を、立ち寄った統合任務部隊に淡水化装置と一緒に編入したのは神幸の噛みつきであった。絶対にこの場面で出せば映(ば)える、と。そもそもの開発経緯からこの戦脚は開発系統としては歩兵科であり、他の科と較べて非常に宣伝の目玉に困っているというのがあった。それに投入されるのが災害支援というのも戦闘ではないためボロが出にくかろうというという打算もあり、それに乗っかって我々はここに居る。しかし、それがいきなりの矢面に立たされるとは
『大変なことになってんじゃん。その戦脚だっけ、本当に動かせんの?』
『歩くだけなら問題ないっスよ。それに、戦術リンクについては船の中でやった通りっス』
頃合いを見計らってか、捜索中隊の中隊長でシチに乗っている金(キム)少佐が機体の裏から声をかけてくる。英国のアン王女の紹介がTVに流れてから増えた女性戦車乗りの第一陣だ。その見目の良さからキャンペーンガールのような事をさせられていたので、ひねくれてしまい戦技会でやらかして歩兵流れと呼ばれる捜索中隊に転属になったと聞いている。しかし、竹が付き合う分には真面目で新しい技術にも柔軟性があり、なにより歯に衣着せぬ物言いが心地よい戦車乗りとしか感じなかった。なにより、戦脚の事を一度も竹馬とも下駄履きとも揶揄する事が一度もなかった
『あれ、すごいよね』
『新型戦車用のコンペに落ちたやつのアテがついたんで、廃品利用ッスけどね。後々にはもっといいのがシチにも来るっスよ』
視線を見やると、機器に東芝のロゴが光っている。現有のシホ、シチ体制からシホを代替する新型戦車の導入に合わせて陸軍全体の戦術リンクシステムを更新する予定であり、シチの方にも増設できる機材であるのは必然だった。おかげでこの戦脚が発見した敵の情報をシチが把握して砲撃を行うなんて芸当が出来るようになる。なお、東芝の物がコンペに落ちたのは、パネル等を薄型にして軽量化する面には優れていたが、継続使用や、咄嗟に強く押しすぎると薄いがゆえに壊れやすいというのも敗因にあったようだ
『て、そういう事じゃなくて。新技術の塊なんだから無理に出なくてもいいんじゃないの?不具合なんて出して当然じゃん。アンタが思うところで出した方が絶対いいと思うんだけど』
『・・・心配してくれてるんッスかね?』
これまでの技術的なミーティングでも、金(キム)少佐が戦脚を頭から否定する事は一切なかった。当然新しい技術体系の兵器である以上、これまでも不具合を見つけては修正してきたのは確かだが、出来る出来ないについては誰よりも把握しているつもりだ。だから、先程のセリフは純粋に心配してくれているだけに違いない
『あ、アンタのそれは、アンタにとって大事な代物でしょ。使われるより使う側でいて欲しいだけよ!話はそれだけ!』
表情は見えないが、そう言って金(キム)少佐はツカツカと自分の持ち場に戻っていく。どうにも自分はそこらへんの機微に疎い。どこかのタイミングで食事などに誘って埋め合わせ出来れば良いが。まあ、どうにかなるだろ、と頭を掻く。そう考えるあたり傲慢さを自覚するが、それくらいはないと試験任務部隊などやってられない
『さて、もうひと手慣らししておくっスかね』
人工筋肉がリンクジャムを通じて何度も動かされる事によってこなれていく。これをすればするほど機体はスムーズに動きを運ぶようになるから、不具合がなくとも乗って整備した方がスムーズに動くことが出来るようになる。手をかければかけるほど返ってくるのが、竹にとって戦脚に入れ込む理由だった
翌0720 Av. Salvador Allende
その日、チリの人々、いや、世界の人々にとって初めて二足歩行兵器の実戦投入を目にする事となった
<<金獅子より各車、市営バスターミナルより啓開任務を開始する。思ったより道が広い。戦脚を中心にして北上する。障害物及び道路の破損に注意し、報告せよ>>
<<金狛(きんこま)1了解。アナウンス流します。許可されたし>>
符丁として狛(こま)をあてがわれた指揮下にある3両の四七式警戒偵察車にはアナウンスを流す放送器具がポン付けされ、録音された音声を流す事となっていた。
このサルヴァドール・アレンデ通りは、高速道路である国道5号線から、街を突っ切って海まで続く下り道になっており、その終着点がバスターミナルとして整備されていて長距離大型バスが行き来するためもあって道が広くとられていた。おかげで戦脚はともかくとして、戦車としても重量級のシチでも走り回るのに余裕があった
<<許可する。道中には自家用車だけでなく、長距離バスのような大型車両も立ち往生している可能性があり、その時は本車が出る>>
金(キム)少佐が乗るシチの方にも簡易なドーザーブレードが取り付けられており、除けられるものものは最悪それで道路上から除ける。そして
<<竹虎は阻害している車両に荷があって動けないなど、マニュピレーターで積載物の除去が可能なら前へ>>
<<竹虎より金獅子へ、了解>>
お互いの役割を本当に実施する前に確認するのは大事だ。そこのところを含めて彼女はプロであることは間違いない。しかし、金獅子や竹虎とかいうネーミング、芸能関係に詳しいのだろうか。いつかの機会に牡丹でも送るッスかね。
確認が続く中、そんなたわいもないことを考えながら周りを確認すると、食料などを手に入れに来ている住民たちが、この戦脚を見てあんぐりと口をあけてこっちを見ている。いいぞいいぞ、とくと御覧(ごろう)じろというやつッス
<<じゃあ行くよ!・・・捜索中隊第一小隊、全車前へ!>>
号令と共にΛの各頂点に警戒車、続いて中心に戦脚、そしてシチが最後尾の形で全車が動き始める。初任務、無事こなしてみせなければ。しかし、責任もあるがこれからどう転がるかの楽しみでもある。自然と口角が持ち上がり、堪えきれなくなって無線を切って竹は虚空に叫んだ
『これより戦脚、罷り通るッス!』
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