邂逅
<<脊振>>CIC
一路、チリはプエルトモントへ向かった艦隊は、主計の曰く、消費量の計算に違いがあるとわかりトラックで食糧品の積載、及び海水の淡水化装置があった方がいいのだ!と言う神幸軍団長の意見もあり、予備機を同様に南洋庁の支庁があるトラックで受領の上で出航してはや一日が過ぎていた。
『面倒なのに捕まりましたね』
チャートを使い、速力を計算し終わった綾部がプロットボードに相手の速力を入力して副長の藤に話しかける
『公海上にいるだけだし、併走する自由はあるさ。ちゃあんと距離は取っているしね』
艦隊へ併走しているのはそう、英国は香港を根城としている英東洋艦隊の戦艦、<<ヴァンガード>>であった。ニュージーランドへANZAC海軍との演習へ行った帰りらしい
『ロイヤルネイヴィーの方々としては、南米には並々ならぬ思いがあるだろうからねぇ。うぅん。一緒に来てもらえれば15in砲8門の火力だ。僕達としてはかーなーり、楽になるだろう』
阿久根が楽しげにモニターに映る<<ヴァンガード>>・・・こちらは光学モニターからだ。を、見ながら会話に参加してくる。南米はイギリスにとって第一次世界大戦では海戦に勝利し、フォークランド紛争では敗北を喫した場所だ。もう一戦とはやる気持ちはわからなくもない
『あくまで私達のすべきは災害派遣。エスカレーションを煽るような話はするべきでは無いわ』
『綾部クンはつれないねぇ。だが、天災時こそ乱に備えるものだヨ』
変わらず楽しげに阿久根はカチカチとモニターをいじっている。なにに対しても傍若無人ではあるが、誰に対してもだる絡みしてくる阿久根の存在もあってか、新任の綾部はCICで浮かずに済んでいた
『おや・・・ヘリの用意を始めたようだねぇ』
艦載ヘリであるリンクスを用意するためか、甲板が騒がしくなっている。同時に通信員が耳をヘッドフォンにあてる。何か受信したようだ。その通信員の傍に綾部は向かう
『船務長、先方から連絡です・・・・その、お茶会(ティータイム)の招待だそうです』
『はぁ?』
その内容に、綾部は引きつった顔で固まった
20分後
『このような南洋で、まさかお茶会の誘いがあろうとは考えておりませんでしたよ。カナロア伯』
『これは心外な事です、空溝艦長。我々にとっても重大な関心事でもある事です。貴国にとって通常ではない範囲での派遣。主力艦初めての女性艦長。植民地海軍(コロニアンネイヴィー)な艦隊編成。どれをとっても興味深い』
迎えに寄越されたリンクスを降りると、艦長自らが降りて出迎えに来ていた。空溝が握手して答える。メンツは尾栗参謀と綾部船務長の3人だ。ついさっきまで、お茶会なのにこの私を外すのかい!?えぇー!?とごねた阿久根が空溝から拳骨を脳天に貰っていたのを考えると、空溝自体もたいした役者かもしれない
『重大な関心事なのでー、広報用にいくらか写真撮らせていただきますから、よろしくお願いしまーす♪』
『ちょ、ちょっと』
いきなり自撮りするかの如く写真を撮られる。銀髪の英海軍らしい半袖の防暑服がしごく似合う女性中佐がカメラを片手にいたずらっぽく舌をだして綾部の側を過ぎると、カナロア伯の横にならぶ
『カレン中佐です。本艦の砲雷長になります』
『どうも♪カレンでーす。後でまた皆さんで笑顔くーださいっ』
カナロアの顔に不快感はない。どうもこれがこの艦では常態らしい。会議室まで丁寧に案内され、席に着くとすぐさまお茶の用意が整い、会議室に芳醇な香りが漂う
『もうそろそろ香港へ向けてとって返す予定であったので、ただ別れるのでは申し訳ないかと思いまして』
『だいぶ艦を振り回しておりましたね』
基本的に長距離航海の為、巡航速度で陣形を維持したまま進む艦隊に、<<ヴァンガード>>は優速を生かして襲撃機動を繰り返していた
『いえいえ。着任されたばかりと聞きますが、見事な操艦でした。<<脊振>>の名、正にSea furyとはかくの如くを言うのでしょう。実に稔りのある時間でした』
『それならばこちらの綾部中佐をお褒めください。CIC操艦の際は彼女の手によるものです。航海長操艦と、二種、組み合わせて対応させていただきました』
劣速の中、どう横腹を見せずに・・・砲力に劣る側であるこちらが横腹を見せようものなら手痛いダメージを被りかねないのは当たり前だ。動かす訓練にもなった
『あ、それで感触が途中で変わったんですね♪』
『ええ、カレン中佐。現代の砲戦は対砲レーダーの発展上、予測の乱数を増やす事に意義があります』
速力の増減、左右への転舵とその角度、砲射界の確保。その振り回し方には指揮者の個性が滲み出る。パターンを読ませないことが大事なのだ。そして空溝の言は、まだ自分。艦長操艦を残しているという事でもある。手の内の全てを見せたわけではない
『実に正しい。故に惜しい。どうです?外交交渉上既に動いているのですが、統合任務部隊、ついでに諸外国との、を足して我が艦ひいては英日共同にしてみては』
にこやかにカナロア伯は爆弾を投じてきた。しかし、それには意外な人物が反駁した
『すまないが、丁重にお断りしてくれと深堀司令から聞いているんだ』
『尾栗中佐ですか。しかしですね、利点はあると思うのです。一つに火力。先程の見事な艦隊機動があってなお、仮想敵が2隻の同等艦を持ち、海上航空戦力を持つとなれば劣勢は否めない。二つに、我々が同道したならば、いざ損害を受けた際には南アフリカへの避退が可能になる。そして三つ、艦の規模から言って本艦に仮想敵の集中度はまし、貴国の受ける被害は減る。現場意見として挙げていただければなお外交筋も動きやすかろうというものです。当然ながら指揮系統はそちらの下に入りますとも』
恐らく癖なのだろう。指を一本ずつ立てながらカナロア伯は意図を説明する。確かに言う通り利点は多い
『心配は感謝するが、どう言ったら良いのかな。まず話としてはチリに通さないといけない。少なくとも私達はチリ政府の要請を受けて動いてる。別途そちらも言ってみたらどうだろうか。それに私達は戦う為に派遣される訳じゃない。国際情勢上やむなく戦う、そんな場合もあるかもしれないが、カナロア艦長。それを避けるのには一番良い方法がある』
『と、言いますと?』
どういう答えが出てくるか、面白そうにカナロア伯はテーブルに膝を組んで尾栗に向き直る
『簡単さ、敵から逃げれば良い』
『えー!?逃げちゃうんですか!?陸軍さんも居るのに!?そんなのひどくないですか?』
大仰にカレン中佐が驚いてみせる。すぐさま逃げ出せるように兵員の宿泊地を輸送船のままにしていたのだが、先日の協議と内地の許可により船を降りるとなった以上、簡単には退けないのはあの場に居た尾栗にもわかっているはず
『逆に聞いても良いかな?現地政府に認められて、災害派遣で領土内にいる我々の戦力を攻撃したら被害を受けるのは我々だけで済むだろうか?』
『それはー、無理じゃないかな?』
尾栗は大きく頷く。寝起きをする宿舎はチリのものだ。どう攻撃してもチリ自体に損害は出る
『それはもう国際紛争だ。しかも災害時に付け込んで火事場泥棒も良いところの。こんな格好のつかない事をしてはどこからも良い顔はされない。違うだろうか?』
『まあそれは確かに。しかし、世界とは驚きに満ちているものです』
先走るもの、認識の違い、様々な要因はあって、そしてそのすべてを我々は知っているわけではない。英国としては米国とも対峙するとなると日本海軍が消耗する事態だけは避けたい。そして我々を巻き込むことでグローバルな問題になるぞ、という抑止になる
『うーん。カナロア艦長の気に触るかもしれないが。我々は彼の地へ勝ちに来ては居ないんだ。だから、すまない』
尾栗はすまなそうに頭を下げる。その姿に空溝は認識を多少改める。原則をおおよそ改めないで表裏なく突っぱねるというのは、なかなか胆力が無ければ出来はしない。これ、と言い含めてから交渉させる分には役に立ってくれるだろう
『・・・やれやれ、振られてしまいました』
カナロア伯は片目を瞑り、こめかみに手を当てて苦笑する。面倒を背負い込むのはこの日本人達だが、それを本人達が肯定しているなら引きさがるしか無い
『ご一緒した方がいいと思ったんだけどなぁ〜』
『そもそもやり口がいささか強引では?』
腹に据えかねてか、綾部がポロっと毒を吐く。まあ、それはそうだ。<<ヴァンガード>>がしゃしゃり出てくればたとえ背振の指揮下にあっても英国が表に出てもろもろかっさらっていくことは想像に難くない。我々の為というが、それだけではないだろう。当人たちがそうでなくても二枚舌三枚舌を考えなければいけない。が、それを口に出してしまうあたり綾部も若いな、とこちらの方の認識も空溝は改める
『そこはお茶で流してほしいなぁ、なんて♪あ、クリームもありますよ、ふわふわホイップの』
『・・・』
綾部はそこで留まり、ホイップクリームを口に運ぶ。流すというよりかは濁す形になってしまったか
『有意義な時間を記念にしたく。貴艦に我が艦の蔵書から差し上げましょう』
『これは?』
空溝はカナロア艦長から一冊の本を渡される。題名は<<Revenge of Canopus >>カノーパスの復讐か。はて・・・
『コロネル海戦などに参加したクラドック艦隊を、所属する戦艦カノーパスから見た史書になります』
『持ち帰り、ゆっくり熟読させていただきます』
カナロア伯は満足したように頷く。人、艦どちらかのシュペーの本でも渡してくるかと勘繰ってしまった。
『それでは、艦内をいくらか視察いただいてお開きといたしましょう』
『有意義なお時間でした』
その後、<<ヴァンガード>>のCICで兵員が全員目出し帽を被ってる事に尾栗中佐が恐怖したり、写真を撮りすぎたカレン中佐が綾部中佐にウザがられていたり、と艦内視察でも諸々あったのだが、卒なくこなし帰艦する
20分後
『登舷礼で見送る。手隙のものは右舷上甲板へ』
<<ヴァンガード>>が全速を出し、艦隊先頭から折り返して反航する形で香港へとって返すのに合わせて空溝が命じる。<<ヴァンガード>>も同じく登舷礼で、と思っていたら、ワラワラと艦内から日に焼けた屈強な半裸の男たちが出てきたかと思うと、英語ではない鬨の声のような叫びと、統制の取れたダンスのようなものをしている。訳がわからないまま、相対速度は40kn近いので<<ヴァンガード>>は過ぎ去っていく
『あれはハカだよ艦長。してやられたねぇ。こっちも何かお返しで披露したら良かった』
『せんでいいわたわけ!』
後で藤副長にそう聞いたが、しばらく屈強な男達が夢に出て体調を落とした空溝だった
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