フリーライフ・オンライン 〜元鍛冶師はVRMMOでも刀を叩きたい!〜
作楽作
1本目
Episode 1 別れと出会い
その言葉をどうしても受け入れられず、私はもう一度問い返す。
「今、なんて?」
が、返ってくるのは、一言一句違わないセリフだった。
「
夏の暑さが肌を焦がす8月。
私は刀鍛冶をクビになった。
◇
いつかはこうなってしまうんじゃないかとなんとなく予想はしていた。
それこそ、刀鍛冶の見習いとして刀匠の元に弟子入りした7年前のその時から。
理由なんてシンプル。
私が女だからだ。
――国内の刀鍛冶は約170人いるが、現在、女性の刀鍛冶は誰一人として存在しない。
刀匠を見つけ、高校卒業後すぐに弟子入りした。
最初こそ渋られたものの、長きにわたる説得が功を奏して、晴れて弟子入り。
その後の7年間はあっという間だった。
覚えること身につけることの多いこと多いこと。
女ゆえに体力がないもんで、体力づくりは特に励んだ。
空いた時間はもちろんバイトだ。刀匠に弟子入りしても、それは就職とは違って、刀を打っても報酬はほとんど出ない。
無論生活費は自分持ち。
だから鍛冶とは別に稼ぐ必要があった。
そんな環境でも、めげる気なんて無かった。
刀が、刀鍛冶が、テレビ・マンガ・ゲームなんかよりよっぽど好きだったからだ。
学校の屋上で愛の告白をするより、金床を鳴かせることに焦がれた阿呆女だったからだ。
弟子になり、刀を打ち続けた。
一日6時間以上、年中無休で。
火の粉が舞って火傷をした。
槌を持ち上げる腕が叫んだ。
青春なんてかなぐり捨てた。
そうして得た、火と汗と玉鋼でできた7年。
「破門」
師匠のたった一言で失った7年。
絶望に打ちひしがれる私に、同情で顔を歪ませた師匠が言った。
「すまなかった」
師匠の方が泣きそうな顔をして、謝ってきた。
仏頂面のぶきっちょだけれど、これでも優しい人なのだということを嫌と言うほど知っている。
7年、弟子だったんだもの。
だから余計、悲しかった。
余計、悔しかった。
「お前には才能が、まあ、なかった。真面目だし、物覚えも良かったが」
涙を浮かべながら言うことではない。
こんな時くらい嘘をつけと思う。
それでも、師匠は嘘をつかないだろう。
だからこうして、泣きそうになってまで私の槌を折るのだ。
「こんなことなら、もっと早くに」
頭を振って、
「いや、そも弟子にすべきじゃなかった。本当にすまなかった。お前ならあるいはと夢を見た俺が阿呆だったんだ」
火傷で爛れた腕でいよいよ涙を拭って、彼は言う。
師匠にだけはその言葉を言われたくなかった。
言わせたくなかった。
「お前はどうしようもなく、女だったな」
◇
自分用にこしらえた鍛冶道具を引き取って、早々に鍛冶場を後にした。
やっと現実を受け入れられて、今後の人生方針も決めようというのに、見送りの最後まで師匠は申し訳無さそうに俯いていた。
こっちの方が申し訳なくなるからやめてほしい。
――女の刀鍛冶師なんて、こんなものです。いずれはと覚悟はしてました。
終いには私がこうやって慰める始末。
根はすごく優しい人なんだよ。顔はまあ、アレだけどさ。
蝉時雨が降り注ぐ8月のこと。
ともかく、私は無職になった。
◇
バイトは続けているから、正確にはフリーターということになるのかな。
帰る家だってある。賃貸だけど。
今すぐにどうこうなるってことはないだろう。
鍛錬が無くなって、当分は暇なくらいだ。
「どうするかなぁ……」
西日差すアパートの一部屋。
今は昼間、いやもう夕方か……。
床に大の字で転がって、ふける私。
天井の木目が刃文に見え始めたあたりで、ふと思い立つ。
「えーと、確かこの辺に……」
スカスカな押入れに頭を突っ込む。
押入れどころか、部屋には家具もろくに無く、生活感は皆無だ。
なので大抵、探し物には10秒も掛からない。
「お、あったあった!」
そこそこ大きな物品だった。
被った埃をはたき落として、ででーんと掲げてみる。
ヘルメット型に丸まった形のそれ。
以前、父が私の一人暮らしの記念にと贈ってくれた物だった。
つまり、7年前の代物。
埃がすごい。
名前は――フリーライフ・オンライン……だったかな。
大人気オンラインゲームの限定モデルVRデバイス。とかなんとか言っていた気がする。
生まれてこの方、ゲームなんてろくにやったことがなかったもんで、今日の今日まで押入れの肥やしになっていたコレの存在をすっかり忘れていた私。
お父さん、ごめんなさい。許してね。南無三。
父の善意を無下にしてしまったことを深く謝罪する。
触れる度に埃が舞う。
どこぞの中古商品よりも埃臭いが、拭けば新品同様に使えるでしょう。
多分ね……。
「よしっ、やるか! どうせ暇だし!」
思い立ったが吉日。それが私のモットーよ。
私に悩むという選択肢はない。
じゃなきゃ刀鍛冶なんかにはならない。
暇という名の地獄から逃げ出す一心で、私は電源ボタンに触れた。
「あれぇ、おっかしいな。付かないや」
後頭部から尻尾みたいに生えたコードが、どこにも刺さっていないことに気付く。
「あ、そか、充電しないと」
出だしはまずまずだった。
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