世界の境界を越えて

(……想像していたより、ずっと酷い場所だ)


 洞窟の奥。

 そこはもはや“自然”とは呼べない空間だった。


 地面は脈打ち、空気は重く、喉を焼くような瘴気が満ちている。


 俺はゆっくりと一歩を踏み出した。

 背後にはミチオと凛、そして生徒たちと朽木教授の姿。


 だが、誰一人として俺の隣には立っていない。


「……俺が道を切り拓く」


《ジョブ選択:アーケイン・エクソシスト》

《スキル構築中……完了》


 銀白の光が俺の体を包み、

 頭上には聖なる光輪、手には霊杖が顕現した。


 これはシステムによる投影武装。

 アイテム欄には存在しない。


「――行くぞ」


 * * *


 俺が踏み出した瞬間、地面がひび割れる。


 咆哮と共に、無数のアンデッドと魔族が地中から這い出した。

 その中央に、異様な雰囲気を纏った男が立っていた。


 深い蒼の瞳が、闇の中で妖しく輝く。


「……人間、か。ふふ……」


 低く甘い声。耳にまとわりつくようなその響きに、俺は答えない。


 浄化じょうか


 足元から純白の光が放たれ、アンデッドを焼き尽くす。

 その悲鳴の中、俺は叫ぶ。


「今だ! 全員、結界の中に!」


 ミチオは風火の複合魔法を発動、

 凛は聖障壁を展開。

 教師たちも即座に行動を開始する。


 俺は霊杖を地に突き立て、静かに詠唱する。


 聖環領域アルカナ・サンクタス


 魔法陣が展開され、味方の魔力を増幅し、敵の闇を打ち消す。

 魔王は呻き、頭を押さえた。


 退魔光線エクソシズム・レイ


 鋭い光線が霊杖から放たれ、魔王の胸を貫く――だが、倒れない。


「《ホーリー・バースト》!」


 まばゆい閃光が洞窟を包み、地面ごと敵を吹き飛ばす。


 だが――


《肉体負荷率:85%》

《警告:魔力拡張限界を超過》


 視界が揺れる。

 鼓膜が震える。

 熱い。……苦しい。……意識が霞む。


「……これで、終わらせる」


 俺は最後の魔力を込めて、霊杖を高く掲げる。


「魂縛の牢獄――黒曜封印」


 三重の魔法陣が魔王の足元に展開され、

 空から黒鎖が降り注ぐ。


 逃れようとする魔王を、光と闇の鎖が縛り上げた。


「ぐあああああああああッ!!」


 断末魔の叫びと共に、魔王の身体は霧のように消える。


《対象:魂縛完了》

《封印:特殊アイテムスロットに格納》


 ……終わった。


 その瞬間、膝が崩れた。


「……あああああああ」


 遠ざかる光。近づく足音。

 誰かが俺を呼んでいる――ミチオか? 凛か?

 もう、分からない。


 視界が暗転する直前、見えたのは――


 教師たちが俺へと駆け寄る姿だった。


 ◆◇◆


 ――沈黙。


 戦いの余韻が空間全体を支配していた。


 魔力の残滓が空気を揺らし、崩れた壁と焦げた地面が、すべてを物語っている。


「……これは、ただの戦闘の跡じゃないな」


 ギルドの教師がそう呟く。


 蒼白く揺れる魔素の残光。焼け焦げた地。

 まるで“小さな魔災”のようだった。


「この魔力……規格外だ……」


 震える声で、別の教師が言う。


 誰もが言葉を失い、

 中心で倒れる俺を、ただ見つめていた。


「……三日後」


「目、覚めたか?」


 その声で、まぶたの重さが少し和らいだ。

 聞き覚えのある声。天井のやわらかな明かり。

 優しい香り、そして静かな温もり。


「……ここ、医務室か?」


「やっと起きたな、ケイイチ」


 隣にいたのは――親友、ミチオ。

 その顔は安堵と、ほんの少しの怒りに満ちていた。


「そりゃ三日も寝てたら心配するだろ! あの魔力の暴走、教師たちも焦ってたぞ」


 ベッドの向こうでは、学院長アヤメが椅子に腰かけていた。

 微笑んではいるが、その目は冗談を許さない。


「ごめん……でも、みんな無事か?」


「うん。命を落とした者はいない。けれど、限界を超えたのは君だけだ」


 * * *


 それは叱責ではなく、警告だった。


「君の力は測定不能だ。

 そして、あの封印魔法――あれはもう“神話級”と分類していいレベルよ」


 アヤメの瞳がまっすぐ、俺を射抜く。


「……もう、学院の“普通の生徒”ではいられないの」


「……!」


 口を開きかけたが、すぐに閉じた。

 わかっている。自分の中にあるものは、この世界の枠に収まらない。


「君の中には、まだ巨大な魔力が眠っている。

 それを無理に押し込めたら……今度は、周囲を巻き込むことになる」


 ……言葉が出なかった。


 アヤメは穏やかに、しかしきっぱりと告げた。


「ケイイチ君。君には、学院を離れてもらう」


「――追放、か?」


「違うわ。これは“送り出し”よ。

 君にしかできないことがある。

 ここに留まれば、いずれ君自身が壊れる。

 誰も君を恐れているわけじゃない。けれど、その力は――世界の均衡すら動かしかねない」


「…………」


「だからこそ、外の世界で自分を磨き、制御する術を学ぶべきなの」


 それが、“決定”だった。


 * * *


 その夜、俺はミチオと凛に全てを話した。

 しばしの沈黙のあと、先に口を開いたのは――凛だった。


「……ケイイチ、戻ってこないの?」


「だったら俺も行く!」

 ミチオが勢いよく叫ぶ。顔、近い。


「ちょ、待て。お前が一緒に行ったら、凛の面倒誰が見るんだよ」


 凛の顔が一気に赤くなる。


「な、なに言ってるのよ……ケイイチのくせに……!」


「え、なに? もしかして、付き合ってるの?」


「付き合ってない!!」

 二人同時に叫んだ。


「……でも、見込みはあるんだな?」


「ないってばあああ!」


 三人で、大笑いした。

 それが、学院で過ごす最後の夜だった。


 * * *


 翌朝。アヤメから渡されたのは、一着の漆黒のローブだった。

 軽やかで、霧のようにふわりと動くその布地。

 左胸には、学院の紋章を模した銀のエンブレムがきらりと輝いていた。


「“特任礼拝(トクニン・レイハイ)”。学院からの特別任命装備よ」


 見た目は普通。魔力も検知できない。

 だが、手にした瞬間、周囲の空気が――変わった。


「今日から君は、正式な学院外派遣者となる。

 検索リストには載らないが、このローブを見れば誰もが理解する。

 ――君は、学院の意思を背負っている」


 それは“任務”ではなく、“選択”の始まり。


「正式な任務は、まだ決まっていない。

 なぜなら、この世界そのものが、君に試練を与えるから」


「……わかった」

 俺はローブを身にまとい、静かに門をくぐった。


 そのとき。


「――ケイイチッ!! 待てええええ!!」


 朝の静寂を破るように、二つの影が駆け出した。

 ミチオと凛――背中に大荷物を背負っている。


「アヤメ学院長! 俺たちも行きます!」

「ケイイチを一人で行かせたら、絶対バカなことするに決まってる!」


「……おい、なんで俺が犯人扱いされてんの?」


 アヤメはゆっくりと目を閉じ、十数秒のカウントダウンをしているようだった。


「はぁ……一人でも手がかかるのに、今度はパーティか……」


「俺、ちゃんと戦闘魔法も訓練してきました!」

「私だって、聖属性使えるんだからね! それに、ミチオの料理担当は私だけよ!」


「えっ、俺も料理できるけど?」


「インスタントは“料理”とは言わないのよ、ケイイチ」


 アヤメが大きくため息を吐き、目を開いた。


「……わかってるの? これは遠足じゃない。

 本当に命を賭ける旅になるかもしれない」


「わかってます。……それでも、行きたい」


 二人はしっかりと頷いた。


「……ケイイチ、君はどう思うの?」


 俺は二人を見つめた。

 学院で、ずっとそばにいてくれた仲間――


「……あいつらがいれば、俺も……迷わず進める」


「……了解」

 アヤメは小さく笑い、手をひらりと振った。


「追加で二着、特任ローブ用意して。高級仕様じゃなくていいから。未卒業だからね」


「ええっ!?」

「金刺繍のが欲しかったのに!」


「ファッションショーじゃないんだよ、ここはっ!!」


 * * *


 こうして、俺たち三人の旅は――始まった。

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