第13話 青の衝撃
夜、家のチャイムが鳴った。
あれ、こんな時間に誰だろう?
「出よか?」
「いいよ私が出る。宅配便だったらサインしないとだし」
ケンが立ち上がろうとするのを制して玄関に向かう。
ドアを開けると、隣に住む留学生オニャカプンが立っていた。
「あら、どうしたの?」
「コンばんは、シハツさん。ジツは今日、ボクのふるさとの料理を作たんデスけど、ちょと作りスギちゃて・・・」
見れば、オニャカプンはアルミホイルを被せた皿を手にしている。
「ええ!?もしかしておすそわけ?」
「ハイ、それは日本の文化ダト聞きマシて」
「わあ、嬉しい!ちょうどいま今日の夕飯どうしようか話してたのよ」
「エヘヘ、お口に合うと嬉しいデス!」
オニャカプンも何だか嬉しそうだ。
「あれ、オニャカプンどうした?」
玄関先の声を聞いてケンも顔を出してきた。
「オニャカプンが手料理を持ってきてくれたのよ」
「へえ、それはすごいな。ちなみに何て料理だい?」
「『ンジャパニ』と言いマス。ボクの国の家庭料理デス」
「ンジャパニ。なんだか美味しそうな名前だね」
「ボクの国のコトバで『空』という意味なのデス。あ、ヤベ、そろそろワタシ行かナイト」
「あれ、一緒に食べてかないの?」
「コレから夜勤のアルバイトなのデス。また誘ってくれると嬉しいデス!」
そう言うとオニャカプンは急いで自室に戻っていった。
オニャカプンの後ろ姿を笑顔で見送りながら、ケンが言う。
「本当に気持ちの良い青年だな、彼は」
「故郷から遠く離れた国で、働きながら勉強も頑張って、日本の文化にも溶け込もうとしてる。私たちも見習わないとね」
「そうだな―――そろそろ彼のパートをボンゴからコンガに昇格させてやることも考えないとな」
「そうね―――コンガが上なの今知ったけれど」
* * * * * *
今、私たちの目の前にはオニャカプンの残していった『ンジャパニ』が置かれている。
ちょうど豆腐1丁ほどの大きさの直方体。
色は黒。あらゆる光を飲み込むような、黒。
お皿を持ち上げると妙に重い。豆腐と比較すると、体感で倍くらい重い。
「・・・シハツ」
「なに?」
「オニャカプンはこれを家庭料理って言ってたよな?」
「うん、そう言ってたと思う」
「ひと昔前のハードディスク―――じゃないよね?」
「なんでそれをおすそ分けするのよ」
「だよね―――」
そう言いながら、ケンは目の前に置かれた黒い物体に鼻を近づける。
クンクンクン
「どう?」
「わからん。なんだろう。嫌な臭いじゃない。ビレ○ジヴァンガードと同じ匂いがする」
「余計わからん」
「とりあえずケン、一口食べてみてよ」
「いや、ここは家主のシハツから行くべきでしょう」
「見た目はアレだけど、きっと味は美味しいわよ」
「そう思うならぜひアナタからどうぞ」
「アナタ、さっきオニャカプンのこと『気持ちの良い青年だ』って褒めてたじゃない」
「人間性の良さで料理が美味しくなるなら、ガンジーのカレーは世界一だと思うのです」
「屁理屈いうな」
その時、カーテンが揺れて風が吹き込んできた。
いつの間にか、窓辺にウェンディさんが佇んでいた。
「フフフ、相変わらず仲が良さそうね―――」
「お前は―――マダム・ウェンディ。どうしてここに?」
「このあたりから『暗黒物質(ダークマター)』の波動を感じたの」
「暗黒物質?」
「そう、暗黒物質とは世界の理、運命の螺旋の外側にあるもの。本来地上にあってはならないもの。人の手には余るものよ」
「そんな恐ろしいものがこの近所に―――?」
「そう―――念のために警告しておくわ。もし何か不思議で奇妙な物体を見つけても、軽い気持ちで触らないことね。運命を変えたいなら別だけど」
「ありがとうウェンディさん。それはそうと、ごはん食べて行きますよね?ちょうどさっきオニャカプンが持ってきてくれたのがここにあって」
そこで3人の視線がテーブル上のンジャパニに注がれる。
ゴゴゴゴゴゴ・・・
「―――なぜこんなところに暗黒物質が?」
「違います、ンジャパニです。オニャカプンの故郷の家庭料理」
ウェンディさんは表情を変えず、皿を持ち上げてンジャパニの匂いを嗅いだ。
「近いのは―――100年に一度咲くという魔界桜の花びら―――いえ、もっと近いのはビレッジヴァ○ガードかしら」
わからん。それメジャーなたとえなの?
「とりあえず!とりあえず切って中身を見てみませんか?」
「そう・・・だな」
「フフフ、遠慮するわ」
「いいから」
ナイフで切り込みを入れてみる。するとその瞬間、鮮やかな青色の液体が溢れ出た。
「うおおう!?」
「これは・・・何汁?」
「・・・配色がゲーミングPCみたいだわ」
正体不明の黒い物体から予想外な色の汁が流れ出るのを目の当たりにして戦慄する3人。
「フフフ、今日のところは帰らせて頂くわ。ふたりの邪魔をしたら悪いもの」
「いやいやいや、どうか遠慮なく。一口だけ、一口だけで良いので」
「いやよ離して・・・離しなさい!」
そんなやりとりを横で聞いていたケンがぽつりと言った。
「ンジャパニってさ―――『空』って意味なんだって」
「ケン?」
ああ、たしかオニャカプンはそう言ってたね。
「コレ、家庭料理って言ってたよな。つまりオニャカプンのお母さんの味ってことだ」
「・・・」
「親元を離れ異国の地で懸命に生きる息子を思う母親の気持ちってどんななんだろうな。俺にはまだよくわからないけれど、オニャカプンのお母さんはこの料理を作りながらいつも息子のことを思っているんじゃないかな。遠く離れていても、この空は繋がっているって」
「そう・・・ね」
「とりあえず割ってみようぜ。中身見たらすごい美味しそうかもしれないし」
「仕方ないわね、私にも見せて頂けるかしら?」
そう言ってウェンディさんもテーブルについた。
ナイフを入れて断面を披露する。
わあ―――青い。
そこには、名前の通り鮮やかな空の青があった。オニャカプンの故郷の空だ。
それはいいけど、青い食べ物ってなんだか食べるのに勇気が要る。
あまり自然界で見ない色だから、身体がDNAのレベルで身構えるのは仕方がないことなのだろうか。
勇気を出して食べてみると、ンジャパニはスパイシーなスイートポテトみたいな味で、とても美味しかった。
後日オニャカプンにお皿を返すときにそれを伝えると、今度『タオカッチャ』か『トンペニョス』作りすぎた時には持ってくヨと言って喜んでいた。
トンペニョスかあ・・・
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