第9話 クラッチ!

ある日のコンビニにて。



「258円になりまーす。お支払いは?」


金髪の店員さんが気怠そうに言う。


「交通系で」


ケンが答える。


「はーい、ここにタッチお願いしまーす」


店員さんが促す。


「あーい」


ケンが財布から銀河系共通運転免許証を取り出し、慣れた手つきで端末に押し当てる。


ピッ


「ありがとござっしたー」


飲み物が入ったレジ袋を取り、店を出る。




「待って。ちょっと待って」


「なに?どうした突然」


「今、ピッてやった」


「あれ、シハツ知らんの?最近は現金じゃなくてキャッシュレス決済が主流なんだよ」


「それは知ってる。銀河系共通運転免許証ってそんな感じなの?」


「ああ、そりゃ銀河系共通だからね。ポイントも貯まるけど?」


「ポイント!?」



甘く見ていた。銀河系共通運転免許証を甘く見ていた。


「もしかしてそれ、ホントに車を運転できたりするの?」


「おかしなこと言うね。運転免許証なんだから当然でしょ?」


「まじか」


「宇宙船、戦闘機、潜水艦。銀河系内なら大体どんな乗り物でも運転できるぞ」


「ほえー」


「あ、ただトラックは2トンまでね。あと牽引も不可」


「なんだその制限」



* * * * * *



なんだかんだで、レンタカーを借りてドライブに行くことになった。



「ほんとに運転大丈夫?」


助手席に座り、シートベルトを伸ばしながら私はそう尋ねた。


「大丈夫だって。それにイザとなったらシハツだって一応免許持ってるんだろ?」


ケンは少しも心配していないようだ。


「いや持ってるけれども。私5年前に取ってから殆ど乗ってないペーパードライバーよ?」


「大丈夫、大丈夫」


運転をすること自体はレンタカー屋の受付に提示した銀河系共通運転免許証でスンナリ借りられたので、問題はなさそうではあるけれども。法的に運転可能というのと技術的に運転可能ということは全く別の話だ。


「シハツ、心配しないで。日本の法定速度なんてせいぜい時速100kmでしょ?俺が銀河連邦で乗ってた機体の速度知ってるかい?時速2億kmよ?」


「2億km」


そうか。たしかに私もちょっと心配しすぎたかもね。過保護はよくないよ。


「それもそうね。今日はドライブを楽しもう!」


「イエー!―――あれ?」


「どした?」


「この車、ペダルが3本あるよ」


「そりゃ、マニュアル車だからね」


「ほう、マニュアル車、とな」


「えっ?」


「えっ?」


ケンの顔中から滝のように汗が噴き出してきた。




「・・・はい、以上がクラッチペダルの説明でした。何か質問は?」


「はい先生!」


「ケン君」


「やっぱりクラッチペダルの役割がよく分からなかったです。オフサイドと同じくらいわかりづらかったです」


「でも、さっき店員さんに『マニュアルだけど大丈夫?』て訊かれてダイジョブダイジョブ言ってたよね?」


「ごめん、テンション上がってて全然聞いてなかった」


「はい!まだ出発前だしオートマに替えてもらいましょう」


「いや―――」


「なぜにそこで抵抗するのさ?」


「それはすごくダサい気がするんだ」


「知らん!ここでしょうもない男のプライド的なもの出すんじゃないの!」


「頼むシハツ、1回だけチャレンジさせてくれ。やり方は知ってるんだ。それに―――」


「それに?」


「たまにはシハツの前でカッコつけさせてくれよ」


「ケン―――」



まあ、たしかにケンにも元連邦宇宙軍のエースパイロットとしてのプライドがあるでしょうし。


それをあまり無下にするのも可哀そうですし。



「1回だけよ?失敗したらすぐに替えてもらうからね?」


了解ラジャー、キャップ」



車内に妙な緊張感が走る。


「クラッチ踏む、エンジン掛ける、1速入れる、クラッチ上げる、アクセル踏む、クラッチ上げる・・・」


手順を呪文のように繰り返すケン。完全に目がキマっている。


アカン―――コイツ―――アカン!



「クラッチ!」



ブオンッ


「止め―――



「んっ」


「がっ」


「ぐっ」


「ぐっ」



車はコメツキバッタみたいな動きをしたあと、エンストして止まった。


「サ、サイドブレーキ―――」


「なにい―――」


「もうやめよう?ね、もうやめよう?」


「大丈夫だ。今のでコツは掴んだ。ポイントは回転数―――そうだろう?」


「サイドブレーキだっつってんだろ」


「いくぞ!レディ―――クラッチ!」


「それ止め―――」


ブオンッ


「んっ」


「がっ」


「ぐっ」


「ぐっ」




結局その後すぐオートマ車に交換してもらい、すっかり運転が怖くなって震えるケンを助手席に乗せ、代わりに私がハンドルを握って海老名SAまで行ってメロンパン買って帰った。

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